2017年7月15日土曜日

Re: 希望のまち東京in東部市民カフェ第150回「新自由主義」

問題提起への返答が遅れましたが、問題意識は持ち続けており、市民カフェで議論を重ねて整理できました。市民運動が何を目指すべきかを考えることは、とても価値のあることと思います。というのは昭和の回顧が目的ではないかと感じられることがあるためです。それでは懐かしがる世代ではない私には関わる資格も意味もなくなります。

その上で新自由主義批判を主軸とすることには二つ課題を感じています。最初に第一の課題を述べます。

第一の課題は、古い昭和の体質への問題意識を持っているかです。個人よりも全体を優先する集団主義や、強権体質、経済成長優先主義を批判することには大賛成です。それは新自由主義以前の古い昭和にも色濃く存在します。ところが、新自由主義批判と自己定義すると、それがすっぽり抜け落ちてしまいます。

東京都知事選や都議選の民意は内田ドン的な利権政治への批判がありました。それは新自由主義ではなく、古い昭和の体質です。私自身もどちらかと言えば古い昭和の体質に苦しめられています。古い昭和の体質の打破の方が現実感のある喫緊の課題に映ります。

韓国について言及されましたが、保守層が新自由主義を推進する韓国と、が政官業の癒着で土建国家を支え、新自由主義的改革の抵抗勢力にもなる日本の差異を感じます。これは「日本と韓国の保守層の落差」で書きました。
http://www.hayariki.net/poli/korea.html

私にとって新自由主義批判を主軸にすることの恐怖は、「新自由主義と対抗するために、昭和の保守とも手を組もう」という考えが出てくることです。それこそが古い体質が温存されることになり、普通の市民感覚との乖離が激しくなります。

これは単なる空想ではなく、そのような主張は現実になされています。たとえば渡辺治『安倍政権の改憲・構造改革新戦略 2013参院選と国民的共同の課題』は「良心的保守層」との長期的な共同を主張しています。これに対して私は以下のように批判しました。

「伝統的保守は地域のムラ社会を形成し、マジョリティにのみ手厚い福祉を提供する「旧い福祉国家」を支え、女性らマイノリティを抑圧している面がある。「新しい福祉国家」を目指すならば、伝統的保守よりも、既得権益の打破を目指す真性の構造改革・新自由主義論者との共闘が必要になると考える」
http://www.honzuki.jp/book/211247/review/110455/

■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

0 件のコメント:

コメントを投稿