2017年4月3日月曜日

佼成病院裁判控訴審第2回口頭弁論

立正佼成会附属佼成病院裁判控訴審が始まりました。佼成病院裁判は、患者本人の承諾がなく患者の長男の要請だけで患者を死に追いやったとして、患者の長女が裁判を起こしました。佼成病院裁判は、高齢者の命の尊厳を訴えています。「医師の説明義務」「患者の自己決定権」等を訴えています。人として一番大事な最期の場面をどう迎えるかは自分で決めたいです。

立正佼成会が運営する佼成病院では、高齢者の命を絶つ決定も手続きも簡単で裁判になりました。原告は母の死後カルテを見ることができたから分かったものの佼成病院のやりかたでは、長男だけに患者の生死が握られてしまい危険過ぎます。佼成病院の手法では、まだ生きられる患者まで死んで行く危険があります。患者に死んで欲しい家族にとっては、都合の良い殺人が出来てしまいます。

長女の原告は、母の死後カルテを見て初めて母の治療が中止されたことを知りました。母は、呼吸が苦しそうでしたが、生きようと頑張って息をしていました。原告は、母が肺炎であることも、治療が中止されていることも、長男が酸素投与を拒否したから担当医師は、母に、酸素マスクもしてあげず、自力呼吸をさせて、死ぬがままにしたことを知りませんでした。長男が酸素マスクを拒否したから担当医師は、母に自力呼吸をさせていたことを知りました。酸素マスクは他者の要望で外すのでしょうか。

酸欠状態でもがき苦しむ患者の姿を目にしながら「苦しそうに見えますが今お花畑です」と言って何の措置もしない医療者がいます。高齢者に対して憐みの情も尊厳のかけらもない残酷な死なせ方には、恐怖を感じます。怒りを覚えました。医療従事者として許されるものではない。患者の苦しみをあらゆる手段を尽くして取り除く努力をするのが医師の使命では。何もせず、死ぬがままにした行為は、医療の本旨から逸脱していると思いますが、どうでしょうか。

欧米は個人主義ですので、戦前より「患者の自己決定権」が優先されていましたが、日本では昭和40年に唄孝一教授の論文が発表されました。日本の医療現場では、医師は患者を抜きにして家族と治療方針を相談していましたが、本来の医療は、患者が主体であり最終決定は患者が決めるべきです。法的には、家族に代行する権限はなくあくまでも自己決定権が優先されます。

日時:2017年5月31日(水)10時開始
場所:東京高裁424法廷(地下鉄・霞が関駅A1出口1分)
http://beauty.geocities.jp/souzoku_nakano/
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■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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