2017年1月14日土曜日

立正佼成会附属佼成病院裁判控訴審

立正佼成会附属佼成病院裁判控訴審

日時:2017年3月13日(月)10:30開始
場所:東京高裁424法廷(地下鉄・霞が関駅A1出口1分)

佼成病院裁判は、患者本人の承諾がなく、患者の長男の要請だけで患者を死に追いやったとして、患者の長女が起こした訴訟です。佼成病院の経営主体の立正佼成会と患者の長男夫婦を一緒に訴えました。高齢者の命の尊厳を守る重大な裁判です。

高齢化社会そして、人生の一番大事な最後の場面をいかに生きるか、患者がどのような医療を選択するか、老若を問わない問題を扱う裁判です。看取りとは、家族とは、親子とは、兄妹とは、が問われています。医療被害者の多くは、愛する大切な肉親を失った方々です。裁判に踏みきるのは、世間に知っていただいて、「正すことがあるのではないか」の思いがあるからです。

長男は、意識があり自力呼吸もできていた母親の数々の治療を拒否しました。母親の息が苦しくなれば、経鼻酸素吸入までも拒否しました。佼成病院の担当医師は、息が苦しくて喘いでいる患者を放置しました。患者の面前で「苦しそうに見えますが、今お花畑です」とも、言い放ちました。

佼成病院では、酸素マスクは他者の要望で取り外しするのでしょうか。疑問です。9月3日の医師記録には「ファミリー(長男)の要望通り酸素投与もおこなわない。当直時間帯だけ許可」と書かれていました。母は夜間だけ酸素をしてもらえるが、昼間にははずされるという苦しい日々が続きました。

長男が酸素マスクを拒否したため母は、苦しそうに必死に息をしていました。息ができなくても生きるために目を剥きだして自力呼吸で頑張っていました。生きようと目を剥きだして必死に息をしていました。夜だけ少量の酸素を投与してもらえました。そして朝になると外される、という苦しい日々が続きました。原告は何も知りませんでした。

母の喉に痰が絡んで「ぜーぜー」していたのですが、長男がすぐに看護師を呼ばなかったため、母の喉に痰が詰まって母は目を剥きだして「ヒェ」と声をあげてから、看護師が痰の吸引にきましたが、間に合わずに母は亡くなりました。息ができないで苦しみもがいた母の死に顔は、恐ろしいほどひどい形相になりました。

自発呼吸ができなくなった人にとって人工呼吸器は、大切な福祉用具です。足が悪い人にとっての車イスと同じです。病院の医療は、入院患者の為を考え、24時間最善の医療を提供するものではないのでしょうか。苦しくても手当をしてもらえず、訴えることもできず、死ぬがままにされている恐怖は、尊厳のかけらもない姥捨てではないのでしょうか。

佼成病院では、高齢者の「命」があまりにも簡単に処分されていることに驚きを禁じ得ません。佼成病院では、高齢者の命を処分する治療中止の手続きを、厚労省の定めによるガイドラインに沿って適正に行ったのか。患者の治療には、最善を尽くしたのか。

佼成病院裁判は、植物状態で呼吸ができなくなった患者に、人工呼吸器のような機械による延命措置をするか、しないかの問題ではありません。その手前の延命に続く治療からすべて拒否したこと。酸素マスクもしないでことさら苦しめて命を縮めて絶った、という担当医師と、長男夫婦の話し合いでなされた残酷な死なせ方が問題です。

誰でも安らかな死を望みます。しかし、担当医師と兄夫婦の話し合いでなされた母の死なせ方は、到底血の通った人間のすることではなく、残酷極まりない恐ろしいことです。このままでは、母は浮かばれません。

患者の事情は、一人一人違います。家族の事情も一人一人違います。患者に早く死んでほしいと思っている人、反対に生きていて欲しい人がいます。家族全員に確認せず、家族の一人の要請で治療中止ができるのであれば、都合の良い殺人方法になってしまいます。患者本人が生命を放棄していないのなら、たとえ長男であっても、他者による「死を与える要請」に、担当医師は簡単に実行してはなりません。
http://beauty.geocities.jp/souzoku_nakano/
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■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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