2017年1月24日火曜日

小池百合子政経塾「希望の塾」第四回講義

小池百合子政経塾「希望の塾」第四回講義は海洋都市と待機児童の話であった。

山田吉彦「海洋都市東京」は文字通り東京が海洋都市であることを再確認した。東京には歴史的に山の手を上等とする傾向があるが、海とつながっている地域に可能性を感じた。印象に残った地図は日本列島を大陸側から見た地図である。大陸から見れば日本列島が海への出口を塞いでいる形になる。日本は地政学的に有利なポジションにあることが理解できる。しかし、有利なポジションにあるということは裏返せば相手国にとっては存在自体が脅威となるということである。相手国の主観では日本に攻撃的になることが防御的な姿勢になるかもしれない。隣国との付き合い方に難しさを感じた。

小池百合子塾長の話ではクールビズが印象に残った。クールビズは服飾産業への経済効果があったと指摘する。この指摘は重要である。実はクールビズの実施時にはネクタイやスーツの関係者から抵抗があった。規則や慣行など外部からの強制によって物を買い、それによって経済が回ったとしても消費者は幸せになれない。それは無駄な公共事業で建設業を維持する土建国家の発想である。それよりも消費者が自分の欲しいものを自分の選択で購入する経済の方が健全である。

鈴木亘「東京の待機児童問題」は需要と供給の観点から待機児童問題を説明しており、説得力があった。保育料が安いことは消費者にとって良いことであるが、公共セクターが政策的に安く抑えるならば供給不足という歪みが生じる。認可保育園に入れた人はいいが、入れなかった人は不幸である。認可保育園の質の高さは保育園を落とされた人々の犠牲の上に成り立っている面があることは直視しなければならない。

待機児童問題は空き家を活用した小規模保育の推進が解になると考える。希望の塾は様々な講師が話しているが、経済の観点から政治を語る姿勢は一貫している。まさに政治塾ではなく、政経塾である。

海洋都市の話と待機児童の話で共通した点としてマクロの視点がある。海洋都市の話では大阪港と神戸港をバラバラに考えるのではなく、まとめて考える必要性が示唆された。待機児童では東京都特別区の保育料ダンピングなどの競争が資源の効率的な利用を妨げていると批判された。

私は中央集権的な官僚支配を嫌い、分散型を好む。人間は身近な物事についての方が正しい判断ができるから、分散型の意思決定が望ましい。一方で分散型を志向する論者からも道州制や都構想など、一定の範囲内で集権的な主張がなされることがある。初回講義で鳥の目と虫の目を紹介されたように、どちらも意味がある。どのようなところで分散型を採り、どのようなところで集権型を採るのか深めてみたいと感じた。
http://www.hayariki.net/kibou.html

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