2016年11月5日土曜日

Re: 昨日は「世界のウチナーンチュの日」

沖縄の思いについて興味深く拝読しました。第二次世界大戦の沖縄戦から振り返るのではなく、琉球処分を取り上げる視点を支持します。日本の左翼にも司馬遼太郎的な明治栄光論を支持する浅薄な傾向があるため、これは重要です。

書評『NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う』
http://hayariki.sa-kon.net/nhk.html

通俗的なマルクス主義の影響が強いと、近代化や中央集権化を根本的に批判できないのではないかと感じています。

その上で疑問点があります。琉球処分に歴史を遡る視点は素晴らしいですが、琉球の苦難を歴史的に振り返るならば慶長14年(1609年)の島津の琉球侵攻に行き着きませんでしょうか。沖縄の独立も喪失を考えた場合に琉球処分よりも琉球侵攻の方が重大に感じます。琉球処分によって形式的に独立国でなくなりましたが、実質的な独立は琉球侵攻で奪われました。
琉球処分を問題として強調すると、ヤマトの従属国(付庸国)であることの批判にはならないのではないかという気がします。メーリングリストでは過去に他の方からも琉球侵攻から問題提起する意見がありました。私だけの特異な意見ではないと思います。この辺りの沖縄人の感覚を知りたいと思います。

琉球を侵攻した島津家久(忠恒)は歴史マニアからは戦国DQN四天王の一人に数えられています。日本唯一大物大名三首級の島津家久と区別するために「悪い方の家久」「悪久」「家久(悪)」と酷評されています。だから琉球侵攻の不当性を訴えることは、ヤマト側の共感も得られるのではないかと思います。

この問題意識を私が持つ理由は沖縄の自立というもののイメージを知りたいためです。アイデンティティーを掲げて米軍基地押し付けに抵抗する沖縄の動きに私は共感します。一方で翁長知事が国に予算配分を要求したり、東京五輪の空手会場を沖縄に求めたりする話を聞くと、本当に自立の覚悟があるのかと疑問になります。自立は良いことばかりではありません。親方日の丸から脱却してこそ自立と考えます。

池上永一『テンペスト』という幕末の琉球を舞台とした小説があります。テレビドラマにもなりました。

男装ドラマ対決の意外な伏兵、仲間由紀恵のNHK『テンペスト』
http://npn.co.jp/article/detail/09135373/

この小説では薩摩の琉球支配への問題意識は見られません。逆に琉球王府の役人が薩摩に金を借りに行きます。そのような状態を望ましい姿とするならば、自立についてかなりギャップがあります。逆に私の自立意識の方が19世紀的で古く、意識改革した方がいいのか悩んでしまいます。

■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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