2016年11月11日金曜日

電話番号流出事件

すっかり自分にとって都合の悪いことを忘れているようですが、私は電話番号流出事件を覚えています。やった側は忘れるが、やられた側は覚えているという一例です。このような人間が日本軍の戦争犯罪を云々することに説得力があるのか甚だ疑問です。
私は電話番号流出事件の態度には大いに不満を抱いています。それでも流出先への電話番号削除という現状回復措置がなされたことで我慢して沈黙していました。しかし、何事もなかったかのように粘着してくるならば、私の我慢は無意味だったことになります。よって言わせてもらいます。
私にとって腹立たしいことは本人への連絡が皆無であることです。急いでいたと言い訳します。百歩譲って、その言い訳を認めたとして、事後的に連絡したかと言えば、それはしていません。急いでいたから、順序が逆になったという言い訳は成り立ちません。
安保法制の議論の最中に電話番号流出事件を糾弾したことが、唐突に感じたのかもしれませんが、事後連絡すらもせずに安保法制の議論をしていることが異常です。安保法制について議論する暇があるならば、まず連絡すべきでしょう。それができない相手には議論をぶったぎって電話番号流出を糾弾する意義があります。
電話番号流出事件を困った人がいて、私の知恵を借りたかったと正当化しますが、仮に困っている人に知恵を出すにしても、事前に説明がなされた方が良い知恵が出されると思わないのでしょうか。知らない人から事前準備もなく話を切り出されて、何とかなると考える方がどうかしています。普通ならばヒントを教えられるのに自分だけノーヒントでクイズの難問を解かされるようなもので、それで解けたとしても公正ではなく、喜ぶことはできません。東急不動産だまし売り裁判原告だから、不利な条件でも取り組むべきと言うならば差別であり、イジメです。
困っている人を皆で助けることは結構なことです。それは各人が各人の持ち場で各人のできることを行えば良いものです。他人の電話番号を流出させるだけで自分は何のフォローもしておらず、それで困っている人が助かったから良いと言うのでは不公正です。
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■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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