2016年10月13日木曜日

希望のまち東京in東部市民カフェ第114回「HOPE第2号」

希望のまち東京in東部市民カフェ第114回「HOPE第2号」のレポートです。

本日の市民カフェではジェンダー論が議論されました。
そこで議論された日本社会の男尊女卑の風潮は、その通りと思います。
それは日本社会にとって深刻な問題です。

ただ、新しい世代には全く違う価値観が自然なものとして生まれています。
以下は私が面白いと思った漫画作品です。
ゼロ年代から連載された作品です。
『赤髪の白雪姫1』
http://www.honzuki.jp/book/208976/review/161023/
所謂「進歩的勢力」とは無関係なところに本当の意味で進歩的な動きがあるのではないかと思っています。

希望のまち東京in東部市民カフェ第115回「シン・ゴジラ」
希望のまち東京in東部市民カフェは誰でも、いつでも、無料で話し合える市民の場です。今回は大ヒット映画『シン・ゴジラ』をテーマに自由に語り合います。『シン・ゴジラ』について語りたい、他の方の意見を聴きたいという方は是非お誘い合わせのうえ、ぜひお運びくださいますようお願い申し上げます。軽食をご用意しておりますので、お気軽にご参加ください。
日時:2016年10月15日(土)午後2時〜4時
場所:希望のまち東京in東部事務所
住所:東京都江東区東陽3丁目21番5号松葉ビル202号室(永代通り沿い、1階がお寿司屋さんの建物の2階です)
最寄駅:東京メトロ東西線木場駅徒歩4分、東陽町駅徒歩6分、東陽三丁目バス停留所の目の前
参加費:無料。カンパ大歓迎。

『シン・ゴジラ』について書いた文章です。
『新世紀エヴァンゲリオン』との対比としては、『新世紀エヴァンゲリオン』はセカイ系作品であり、人類の存亡よりも自分探しが大切という物語でした。それに比べると『シン・ゴジラ』は現実社会の物語です。
一般のエンタメ作品も大きな物語の中に恋愛や親子の情などを盛り込むものですが、それらの要素は希薄です。私は逆にセカイ系作品として『新世紀エヴァンゲリオン』を評価していたため、純文学作家が大衆文学を書くような意外感を覚えました。
自衛隊の強さですが、自衛隊の通常兵器はゴジラに歯が立ちません。この点は20世紀の『ゴジラ』作品と同じです。一方で20世紀の『ゴジラ』作品はゴジラが勝手に他の怪物と戦い、消えていく傾向がありました。ゴジラは、ひたすら耐えていれば過ぎ去る災害でした。
これに対して『シン・ゴジラ』は日本国が主体的にゴジラの活動を停止させる措置を講じなければ日本国が滅びてしまいます。この点で20世紀の『ゴジラ』作品よりは自衛隊は活躍します。活躍しなければ物語が成り立ちません。ただ、これは自衛隊の活躍というよりも日本の官僚機構の活躍です。警戒するならば自衛隊よりも、官僚機構の肥大化になるのではないかと考えます。このため、「もっと自衛隊を強そうに描いてください」という宣伝要素が露骨とは感じませんでした。
『シン・ゴジラ』における日本国の技術力の活躍は、自衛隊宣伝というような政略的なものではなく、20世紀と21世紀のエンタメ作品のトレンドの相違があると思います。20世紀は科学技術の発展の時代でしたが、『南極物語』のような自然の抵抗で後退を余儀なくされ、逆に科学技術による人類の滅亡が真剣に考えられた時代でした。そのために未知なるものへの恐怖も強かったと言えます。オカルトの隆盛もありました。オウム真理教事件も時代背景を無視することはできません。
これに比べると21世紀のエンタメの受け手は生まれた頃から科学技術が一般化しています。ノストラダムスの大予言も外れてオカルトも失墜しました。だから未知なる物に対して20世紀の作品よりも現代社会側の善戦を描くことが自然になります。典型的な作品は『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』です。自衛隊が剣と魔法、モンスターの世界を圧倒しました。相対的に強い自衛隊が描かれることは政略的なものというよりも時代の変化と思います。

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■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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