2016年10月9日日曜日

豊臣政権と官僚機構

豊臣政権と官僚機構
豊臣政権の不思議なところは、竿入検地を行うなど強力な中央集権を志向し、官僚組織は整備しなかったことです。
石田三成ら五奉行のような能吏は存在しましたが、あくまで個人の有能さに依拠しました。
秀吉は独裁体制を作りたかっただけであって、また将来、秀頼が官僚組織に担がれるだけの存在になることを恐れたと考えられますが、そこが弱点になりました。
後の歴史を知る人からすれば徳川家康を五大老筆頭にし、政務を委ねたことは危険極まりない悪手に見えますが、秀頼が官僚組織に担がれるだけの存在になることを第一に避けようとしたと考えると納得できます。
北条家の滅亡を考えれば片桐勝元の言うように秀頼が江戸に参勤することが豊臣家の存続の道です。北条氏政が抵抗すると時勢を読めない愚か者になりますが、豊臣秀頼が抵抗し、真田幸村が闘うとなると誇り高い行為に見えることは不思議です。
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