2016年9月25日日曜日

Re: 立正佼成会看板の脱法ハーフ蓮舫

林田です。
「根っこは一つ、命を大事にしない、個人を大事にしない」ことを問題視する御意見に賛同します。
自分に都合の悪い主張を「あてにならない」と切り捨てる論理の通じない左翼教条主義者こそが他者を認めず、「個人を大事にしない」存在です。
問題は前時代的な昭和の感覚に、昭和のパワハラ親父的な暴言を個性と受け入れてしまう感覚があることです。
その感覚を押し付けてしまうならば、まともな市民からは受け付けられないでしょう。
それが革新が成長しない原因です。
「どうぞ大きな目で日本の将来を見てください」とありますが、他者を認めない左翼教条主義者に対して、こちらが一方的に大目で見ることが公正かという問題があります。
左翼教条主義者が変わることは不可能です。何が何でも角付き合わせてはならないということを優先するならば、こちらが変わらなければならないでしょう。
しかし、大目に見なければならないならば、反動政治の問題も大目に見ることも成り立ちます。実際、大目に見た結果が民意の現実でしょう。

世代ギャップの問題は以下の書評でも言及しました。
『親子経営 ダメでしょモメてちゃ』
http://www.honzuki.jp/book/240233/review/159237/
親の方は子の論理を理解しようとせず、それを周囲からも頑固さや年を理由に容認されがちである。ところが、子には親の論理を理解することが期待される。これは片務的であり、フェアではない。これを当たり前と考えるならば甘えである。

この問題は同族経営に限らない。組織の世代交代、世代継承でも同じである。むしろ、親子ならば甘えも成り立つが、単なる世代対立に置き換えたら、若い世代にばかり期待することは、それ自体が世代対立を激化させる原因となる。

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■ 林田力 Hayashida Riki
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/

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