2015年8月2日日曜日

島根県津和野町

島根県津和野町は古い城下町の街並みが残り、山陰の小京都と呼ばれる。島根県の南西に位置する。メインストリートの殿町通りは通りに面して白い土塀と掘割が続く。殿町掘割には白壁や並木の緑が映り込み、赤、白、金、黒など大小様々の色とりどりの鯉が悠々と泳いでいる。大岡家老門は津和野藩の家老職を勤めた大岡家の表門である。

津和野町は津和野藩4万3千石の城下町である。津和野藩は石見国鹿足 (かのあし) 郡津和野地方を領有した。関が原の合戦までは毛利領であったが、慶長5年(1601)に坂崎直盛が3万石で入封し津和野藩を立藩した。坂崎直盛は大坂の陣でも徳川家康の孫娘・千姫を大坂城から救出するという功をあげた。

ところが、救出したものに千姫を再嫁させるという約束を反故にされ、本多忠刻に嫁する千姫の奪還を計画するが未遂に終わり、改易となった(千姫一件)。元和2 (1616) 年のことである。代わりに因幡鹿野藩主の亀井政矩が藩主となった。亀井政矩は亀井茲矩の息子である。政矩は元和5年(1619年)5月、福島正則が広島城の無断改築で改易となると、城受け渡しの役を務めた。
http://www.hayariki.net/cul/tsuwano.html
藩校養老館は島根県津和野町後田口にある。八代藩主・亀井矩賢が天明6年に創設した。人材養成に力を入れた十一代藩主の亀井茲監は、嘉永2年に規模を拡張した。嘉永6年の大火で焼失したが、安政2年(1855)に再建された。文豪・森鴎外や哲学者・西周を輩出した。武道教場と御書物蔵が現存し、島根県指定史跡になっている。現在は民俗資料館になっている。
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