2012年2月29日水曜日

不見当

「不見当」は提出を要求された書類や証拠物が「見当たらなかった」ことを指す言葉であるが、当該物件を提出したくないときに「ない」と嘘をつかずに誤魔化すために使われる言葉である。
この「不見当」は主に刑事裁判で弁護人側の証拠開示要求に対して検察側の回答で使われるものである。たとえば痴漢冤罪事件を扱った映画『それでもボクはやってない』でも弁護人側の要求に検察が「不見当」と答えている。
冤罪事件・佐賀市農協不正融資事件でも弁護人側が要求する供述調書を検察側が不見当と答えた。これは2006年3月5日に放送されたテレビ朝日『ザ・スクープスペシャル』「検証!日本の刑事司法 ~ 布川事件39年目の真実 ~」でも取り上げられた。
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光市母子殺人事件、死刑確定後の実名報道の違和感 林田力、権力犯罪をマスコミは放置している

死刑廃止は理想としては支持できます。権力犯罪を追及すべきという点にも賛成です。しかし、それを光市母子殺害事件の文脈で主張することには疑問があります。光市母子殺害事件に対する私のスタンスは昔から以下の通りです。

「私は硬直的な司法制度と戦い続けた本村洋氏を尊敬する。私自身、民事訴訟であるが、マンションの売買契約をめぐって東急不動産と裁判闘争をした経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。

引渡しが終わった不動産取引では契約の白紙撤回が認められることは難しいと指摘されたが、泣き寝入りしなかった。消費者契約法に基づく契約取消しを貫き通し、売買代金の全額返還を勝ち取ることができた。新たな先例に踏み出させることの大変さを実感しているため、本村氏の活動には感服する。」(林田力「オーマイニュース炎上史(4)光市事件中編」PJニュース2010年8月15日)

オルタナティブの世界では普通に酷い問題が逆に問題とされずにスルーされてしまうことがあります。今はヒステリックにハシズム批判の大合唱です。ハシズムを擁護するつもりはありませんが、官民格差への怒りなど支持される理由を直視しなければ、既得権を守るための批判に映ってしまいます。普通に酷いものを酷いと言う感覚は持ち続けたいものです。東急不動産だまし売り裁判も「マンションだまし売りは酷い」という感覚が出発点でした。

死刑廃止論からは「いかなる残虐非道な犯罪者であろうとも国家が死刑を科すことは許されない。故に元少年も死刑にすべきではない」という結論になります。犯罪者憎しで世論が沸騰する中で上記の議論を展開するならば、その勇気を認めます。しかし、光市母子殺害事件の弁護団は異なりました。「殺意はなかった」などの不合理な主張を展開することによって死刑を免れようとしました。

現在の判例の枠組みでは死刑が合法であることは固まっています。それ故に弁護団が死刑の非人道性や違憲性を格調高く論じたところで、勝てる見込みは限りなく低いものです。それ故に法廷戦術として殺意を否認したのでしょうが、遺族感情や世論を無視した独り善がりな主張でした。嘘のつき得になっている日本の裁判において、最高裁判所が主張の不合理を理由の一つに認めたことは支持できます。

弁護団の反社会性は散々批判されていることですので、もう一つの視点を追加します。弁護団の所業は裁判闘争に真面目に取り組む市民をも嘲笑するものです。現在の枠組みでは可能性は限りなく小さいことを知りながらも日本国憲法の可能性を信じて闘っている市民がいます。現行の法律や判例の枠組みでは否定されていても、日本国憲法上の幸福追求権や平和的生存権などの人権を拠り所として、日本国憲法の実質的な適用を求めて闘っている市民は大勢います。

たとえば東急電鉄・東急不動産主体の再開発・二子玉川ライズの差し止めを求める裁判が最高裁判所に係属中です。ここでも憲法第13条の生命・自由・幸福追求権や第25条の生存権を基礎とする良好な環境の下に生活し続ける権利、環境権、まちづくり参画権を拠り所にして判決の見直しを求めています(林田力「二子玉川ライズ反対運動が学習決起集会開催=東京・世田谷」PJニュース2011年5月9日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20110508_4

マスメディアは権力犯罪を大いに追及すべきという点は賛成しますが、やはり光市事件と比較する文脈で述べるものではありません。被害者遺族を目の前にして「犯罪者を憎むよりも東京電力を憎め」とは言えません。

また、権力犯罪という言葉にも難しいものがあります。小沢一郎氏の政治と金の疑惑を延々と追及するジャーナリズムも当人達にとっては権力犯罪を追及しているつもりです。戦後日本で最も有名な権力犯罪の追及は田中金脈問題ですが、これも今の小沢氏と同じく対米従属派による田中角栄追い落としの一環という見方もあります。

ベースとなる社会観が備わっていない状態で、単純に権力犯罪にシフトさせるだけでは、かえって危険な結果になる可能性もあります。その点では『東急不動産だまし売り裁判』著者としては消費者問題など身近な企業犯罪にも目を向けて、生活者の視点を養ってほしいと考えています。

実名報道については、マスメディアというものは制約がなければ実名で報道したがるものです。権力の陰謀以前の問題として、5W1Hを明確にするように訓練されています。

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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Re:「不自由の象徴」星飛雄馬

世代的価値観が理解できるものとして、興味深い記事でした。CMがウケている若い世代に近い立場からコメントします。
「日本の高度成長期、社会と個人が試練を乗り越え成長していく姿を投影した、サクセスストーリー」というガンバリズム精神自体が否定すべきものと映っています。それ故に不自由の象徴にすることは、「ちょっとした思いつきでおもしろ可笑しく使われる」という以上の意味があります。この種のCMが登場したことを歓迎します。
昨年同時期に放送されたドラマ『南極大陸』の不評と『家政婦のミタ』のヒットから似たようなことを感じました。
『家政婦のミタ』のエゴと『南極大陸』の協調性
http://npn.co.jp/article/detail/65519029/
『家政婦のミタ』『専業主婦探偵』ガンバリズム否定の労働者像
http://npn.co.jp/article/detail/82400422/

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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2012年2月28日火曜日

「橋下人形と新自由主義の大実験」に賛同:林田力

ゆりひなな「橋下人形と新自由主義の大実験」『軒づけ日記』に賛同する。この記事は記事の第一文であり、転載先ブログのタイトルにも使われた「橋下さんは、ほんまに『独裁者』なんかな〜?」でも知られている。

橋下徹・大阪市長は独裁者と批判され、ハシズムという造語まで生まれている。これに対して『軒づけ日記』では橋下市長の問題点の本質を新自由主義と分析する。その上で独裁を批判することはハシズムの本質を見誤らせると警告する。この視点は貴重である。私も東京都知事選挙の後に、東京都知事選挙直後に石原東京都知事の勝因を類似の分析を行った(林田力「反石原慎太郎の多義性と曖昧性」)。

『軒づけ日記』は独裁批判では本質的な批判にならず、ハシズムの本質は新自由主義と分析する。この主張を展開するために独裁と新自由主義を対比的に扱っているが、独裁の害悪を否定している訳ではない。「橋下さんのやろうとしてることが、『独裁』ではなく、その逆の『完全自己責任化』による『責任放棄』」「人形橋下さんを操る財界の目的は、『独裁』ではない」との表現もあるが、究極の目的は独裁ではなく、独裁は新自由主義の手段と主張しているに過ぎない。

実際問題として、新自由主義と独裁は相性がいい。現実に新自由主義の政治家は揃いも揃ってタカ派であり、発展途上国で進められたグローバリゼーションは独裁的な強権そのものである。新自由主義者の語る小さな政府は警察権力の小さな政府では決してない。公務員の腐敗を目の前にすると純粋な理論としての新自由主義経済政策には魅力を感じるが、政策としての新自由主義の実態は宣伝する価値がある。

ここからは独裁批判が新自由主義批判にもなる、それ故に独裁批判の大合唱に加わるべきという考えも成り立つ。それでもハシズムに対して独裁批判よりも新自由主義批判という『軒づけ日記』の主張は正当である。何故ならば独裁を批判する側が自らの独裁的体質に無自覚であるためである。

一般に独裁者とのレッテルは権力者に対して付けられる。権力のない独裁者は白い黒猫のような論理矛盾になる。しかし、権力を持たなくても独裁者的体質が感じられるケースはある。たとえばメーリングリストにおいて自分のことを棚に上げ、俺がルールと言わんばかりに審判になりたがり、他人の表現を批判するような人物を目にしたならば、何ら権力を持っていなくても独裁者的体質を感じてしまう。辞書的な意味を厳密に追及すれば、それは独善であって独裁とは異なるが、問題は一般的なイメージである。

この種の独裁者的体質は残念なことに石原都知事や橋下市長を批判する側にも存在する。むしろ大多数の市民は石原都知事や橋下市長を批判する政治勢力側に独裁者的体質を感じている現実がある。そのような人々が声高に独裁を批判したところで、まさに「独裁?はぁ〜?何言うてんの。」となってしまう。反対に新自由主義の政治家にとっては独裁者のレッテルが貼られることで無機的な市場原理主義者のイメージを回避でき、イメージアップになるというメリットさえある。

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反石原慎太郎の多義性と曖昧性
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2011年4月の東京都知事選挙では反石原がキーワードの一つになりながらも、石原慎太郎氏が再選を果たした。反石原という論点が生じながらも、それが大きなうねりにならなかった要因として反石原という言葉の曖昧性・多義性がある。
反石原の声は大きく3パターンに分類できる。
第一に「大震災は天罰」発言など数々の暴言への反発、つきつめれば石原慎太郎という人格に対する嫌悪感である。これが一般的には最も強い反石原イメージであるが、好き嫌いの問題である。石原氏を嫌っていない大多数の有権者の心には響きにくい(「石原慎太郎支持層に届かなかった石原批判」PJニュース2011年5月9日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110508_5
第二にタカ派と呼ばれる石原氏の保守・反動思想への批判である。しかし、これも首長選の選挙戦術として前面に出すことは難しい。保守・反動思想への対抗軸は平和主義・護憲運動になるが、それらは市民派結集の軸になりにくい。
反戦・平和主義は十五年戦争当時に侵略戦争に反対したかをめぐり、旧社会党系と共産党系で溝がある(林田力「共産党と社民党の大きな溝」PJニュース2010年3月22日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100321_5/
護憲運動は日本国憲法自身が国民主権や法の下の平等に矛盾する天皇制を規定しているという矛盾と歴史的限界を抱えている(「中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化(下)」PJニュース2010年12月5日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101202_5/
どちらも突き詰めると市民派の団結よりもセクト的対立を誘発しがちである。現実に対立をもたらしてきた経緯がある。
第三に石原都政の新自由主義・構造改革路線への批判である。『空疎な小皇帝−石原慎太郎という問題』の著者・斎藤貴男氏は、石原都政が小泉純一郎政権の構造改革を先取りしていたと指摘する(東京を考えるシンポジウム実行委員会主催シンポジウム「もう、ごめん!石原コンクリート都政」2010年2月13日)。築地市場移転や東京外郭環状道路(外環道)などの開発優先と、都立病院廃止などの福祉切り捨ては構造改革路線に合致する。
石原氏を構造改革派と位置付ければ、そのタカ派姿勢もレーガン、サッチャー、中曽根康弘、小泉の各氏ら従前の構造改革派と共通する要素と理解できる。石原氏をウルトラ保守の異常な政治家と位置付けるよりも、既に出尽くしている構造改革派の亜種と位置付けた方が、そのカリスマ性を奪うことができる。
そして小泉政権に対しては靖国神社参拝や自衛隊のイラク派兵よりも、格差拡大や貧困の批判が強かった。それを踏まえれば、反石原も構造改革路線への批判を前面に出すことが効果的である。
しかし、構造改革批判は第一の人格批判によって相殺されてしまう危険がある。構造改革路線の問題は全てを金銭的価値で評価する市場原理主義である。血も涙もない非情な市場原理主義に対して、批判者は人間性を対置する。構造改革派を無機的な金の亡者と描けるならば構造改革批判は成功である。
ところが、石原氏の暴言が逆に彼の人間味として受け止められ、構造改革派の非情さを見えにくくしてしまう。石原氏の批判者にとって石原氏の暴言は彼の冷酷さの表れであるが、人間としての冷酷さである。差別感情をあらわにすることで、無機的な市場原理主義者のイメージを回避できる。構造改革路線の成功者の小泉氏も首相就任当初は変人というキャラクターが国民的関心を集めた。
東日本大震災後の自粛選挙によって構造改革批判の論点を深められなかった点が反石原陣営にとって残念な点になるだろう。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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贋作に明日はない

「贋作に明日はない」は贋作ミステリーの二作目である。主人公は世界的な贋作者の孫娘で、駆け出しの画家・装飾家である。舞台はサンフランシスコである。芸術の話題が豊富である。話題となる芸術はヨーロッパに特化されているが、登場人物にはアフリカ系やアジア系もおり、人種のサラダボールとしての米国を描いている。
主人公の祖父などは会話にフランス語が入るフランス愛好者であるが、一方で本書ではフランス語を扱き下ろすことも忘れない。
主人公は家賃滞納気味であるが、家主は「この先、家賃支払いの都合がつかないような状況に陥ったら、ちゃんと言ってきてくれ」とまで言う。58頁。僅か一日の滞納で高額な違約金を請求し、追い出し屋に豹変するゼロゼロ物件業者とは大違いである。人情味ある家主の存在によって新たなストーリーが生まれる。現代日本の閉塞感はゼロゼロ物件などの貧困ビジネスが横行する住まいの貧困が大きな要因である。林田力
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2012年2月27日月曜日

東急電鉄・東急不動産の住民トラブル

品川区の東急大井町線の高架下の住民らは東急電鉄(東京急行電鉄)に立ち退きを迫られている。十分な生活保障もなしに長年住み慣れた家を追われ、路頭に迷う苦境に追い込まれようとしている。

世田谷区では東急電鉄・東急不動産主体の再開発・二子玉川ライズが住環境や自然を破壊している。高層ビルのビル風に吹き飛ばされ、骨折した老婦人もいる。東急電鉄の秘密主義や住民への不誠実な対応が紛争を拡大させている(「「ブランド私鉄」東急沿線で住民反対運動が噴出するワケ」週刊東洋経済2008年6月14日号)。

静岡県裾野市では、東急電鉄が下水処理費用をめぐってニュータウン管理組合と紛争になる。管理組合では2005年に東急電鉄の施設の汚水処理費の負担が異常に少ないことに気付き、是正を求めている。

渋谷駅桜丘口地区市街地再開発の対象地域の渋谷区桜丘町では暴力団員による賃借人への暴力的な地上げが行われた雑居ビルを東急不動産が地上げ会社から購入した。賃借人は東急不動産に抗議した(山岡俊介「本紙既報の東京・渋谷再開発地区違法地上げ(最終とりまとめは東証1部大手不動産会社?)で、暴力団組員など逮捕に」アクセスジャーナル2008/07/18)。

東急リバブル・東急不動産は隣地建て替えなどの不利益事実を隠して新築分譲マンションをだまし売りし、購入者とトラブルになっている。江東区のアルス東陽町301号室だまし売りは、消費者契約法・不利益事実不告知で不動産売買契約が取り消されたリーディングケースとなる(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』)。

この裁判を契機に「自分もこのような目に遭った」と上記訴訟の枠を越えた東急への批判が続出して炎上状態になった(「ウェブ炎上、<発言>する消費者の脅威」週刊ダイヤモンド2007年11月17日号)。

同じ江東区の東急ドエル・アルス南砂サルーテでも東急リバブル・東急不動産が隣地建設で日照0時間になることを説明せずに販売し、購入者とトラブルになった(「入居後に環境激変で住民訴訟 どこまで許される営業トーク」週間ダイヤモンド2000年10月14日号)。横浜市のアルス横浜台町でも隣地建て替えを隠して販売し、購入者と裁判になった。

千葉市緑区あすみが丘の分譲住宅地ワンハンドレッドヒルズ(チバリーヒルズ)の住民らが、警備体制が契約に反するとして東急不動産に売買代金の一部返還を求める訴えを東京地裁に起こした。
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東急不動産は分譲マンション建設時に周辺住民から問題を指摘された。横浜市栄区のブランズ本郷台では平均地盤を操作して、法律が許す20m以上の建物を建てようとしていた。東急不動産は横浜市役所からも平均地盤は一番低い部分を取るようにと指導された。

川崎市宮前区で建設を予定していた鷺沼ヴァンガートンヒルズでは鉛やヒ素、六価クロムなどの土壌汚染が発覚し、建設が中止された。

江東区のプライヴブルー東京では東急不動産が江東区の協力要請に応じずに建設を強行したマンションとして江東区から名指しされた(「江東区の協力要請に応じないマンション事業計画に係る公表について」)。

平塚市の湘南袖が浜レジデンス、文京区のブランズ文京小石川パークフロント、守谷市のブランズシティ守谷では建設反対運動が起きた。

2012年2月26日日曜日

市民が求め創るマニフェスト解説

私が参加している市民が求め創るマニフェストの会では市民が求め創るマニフェスト「政権公約」(案)を作成しています。市民の意見をまとめて作り上げてきたもので、メールでも流してきました。

市民が求め創るマニフェスト2月6日版
http://hayariki.net/hayariki2.htm#9

脱原発やTPPなどタイムリーな話題も取り入れて進化しておりますが、内容が幅広くなったために解説を作ってみました。
http://hayariki.net/mani/mani.htm
興味ある点に付しているだけで、まだまだ解説書も途上ですが、よろしくれば御笑覧ください
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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建礼門院徳子

平清盛の娘にして、高倉天皇の中宮、安徳天皇の母親である建礼門院徳子を描いた小説である。平家物語のラストを飾る大原御幸で幕を開け、徳子の幼少期に遡る。
政治的な事件は淡々と描かれる。平家は最終的には源氏に滅ぼされるが、それ以前に自社勢力などの旧来の支配層を敵に回していた。そのきっかけを本書では高倉上皇が上皇になってから最初に参拝した神社が平家の信仰する厳島神社であったためとする。石清水八幡宮などの伝統的な神社を軽視したと見なされた。東急不動産だまし売り裁判で東急不動産はマンションだまし売り被害者本人を無視して話を進めようとし、被害者から反発を受け、提訴された。順番を間違えると、まとまるものもまとまらなくなる好例である。林田力
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東急不動産ブランズ田園調布にオンライン詐欺の指摘

東急不動産の分譲マンション「ブランズ田園調布」のウェブサイト(ホームページ)がオンライン詐欺と関係しているとの指摘がなされた。広告リンクをクリックしてブランズ田園調布のサイトに移ろうとしたところ、ウイルスバスターが以下の警告を出してアクセスをブロックしたとする。

「このWebサイトは、有害なプログラムを転送するか、オンライン詐欺に関係していることが確認されています。

この画面を閉じてください。」

この警告は有害なクッキーの使用やIPアドレス等の情報を自動取得するサイトに対して表示される。ブランズ田園調布のサイトが海外の怪しげなサイトと同等ということになる。ウイルスバスターにブロックされるようなサイトではブランズ田園調布は売れないのではないかと指摘された。「他社のホームページはブロックされませんし、やはり上場企業として、東急不動産に問題があるように感じました」との感想も寄せられた。

東急不動産は不利益事実を隠して新築分譲マンションをだまし売りした(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。子会社の東急リバブルには「頼みもしないDMを送りつけてくる」との批判がある(「ウェブ炎上、<発言>する消費者の脅威−「モノ言う消費者」に怯える企業」週刊ダイヤモンド2007年11月17日号39頁)。

東急不動産の物件情報提供サイトでは2010年1月20日に改ざんされ、閲覧者にウイルス感染の可能性が生じたこともある(「東急不動産の関連サイトが改ざん - 複数の物件紹介ページが被害」Security NEXT 2010/01/22)。対象ページの閲覧者は「Gumblar」(ガンブラー)亜種に感染した可能性がある。

改ざんが発生したのは、「東急不動産の住まい」や「東急不動産の住まい・関西エリア」など複数のサイトである。「ブランズ川口栄町パークフロント」をはじめ、「Osaka福島タワー」「ブランズ西大津レイクテラス」「ブランズガーデン王寺スカイヒルズ」「ブランズタワー香里園ロジュマン」「VOX-City」など物件紹介ページが改ざんされた。また同社の商業施設「阿倍野プロジェクト」のページも含まれる。
http://tokyufubai.bakufu.org/branz5.htm

林田力の言葉は強烈

林田力は開発業者のパーティーに招待された。別の用事で遅れてしまい、階段を急ぎ足で上っていると、会場から拍手喝采が聞こえてきた。林田力はパーティーに一時間遅刻したことを心から喜んだ。運がよければ受け狙いの演説の大半を聞き逃せたかもしれない。
出席者の中には悪徳不動産営業もいた。悪徳不動産営業は東急リバブル・東急不動産の新築マンションだまし売りを繰り返し擁護していた。何故か彼は、それがパーティーの出席者皆が賛同する話題であると勘違いしていた。
悪徳不動産営業の身勝手で退屈極まりない駄弁に対し、林田力はパーティーの主催者か他の誰かが話の腰を折ってくれることを期待した。しかし、誰も一言も口を挟まない。この場合に林田力に残された選択肢は一つである。至る所に存在する良識ある人々を代弁して悪徳不動産営業の口を塞ぐことである。
悪徳不動産営業に対する林田力の言葉は強烈で、恐ろしく響き渡った。その時に飲んでいた酒は健康的とされる黒豆マッコリで、林田力の口は滑らかになっていた。「消費者の敵」などの言葉がポンポン飛び出した。ようやく口撃が一段落した時には室内は水を打ったように静まり返り、居合わせた全員の視線が林田力に向けられていた。その中には旧友のニヤケ顔もあった。数年ぶりの再会である。
「ここで、君に会うとは驚きだなあ」
「ああ、自分でも驚いているよ」
「実際には、驚くにはあたらないかもしれないがね。分かるだろう、俺の言っている意味?」
「一体、何の話をしているのか」
「ほら、東急リバブル・東急不動産を悪者に見せようとする試みさ」
「東急リバブル・東急不動産は不利益事実を隠して、新築マンションをだまし売りした。消費者の信頼を裏切った。東急リバブル・東急不動産は自分さえ良ければ後はどうなろうと気にしない。東急リバブル東急不動産は批判されるだけのことはしている」
「素晴らしいスピーチだ。だが、だが、素晴らしいスピーチの例に漏れず、実社会にはあまり通用しないね」
旧友の流れるような話しぶりは、あたかも練習を重ねたかのようであった。
「東急リバブル・東急不動産が不誠実であるという事実は、消費者にとって有益な情報だ。これを広めることは消費者の知る権利に奉仕することになる」
http://hayariki.net/109/

2012年2月25日土曜日

フランス政府のマドモアゼル廃止を歓迎:林田力

フランス語は未婚女性の敬称をマドモアゼル、既婚女性の敬称をマダムと言うが、フランス政府はマドモアゼルを廃止し、マダムに統一すると2月21日に決定した。行政文書を対象とするが、民間企業にも呼びかける。男性は未婚・既婚に関わらず、ムッシューで統一されているが、これまで女性は未婚と既婚で区別されていた。平等の立場からマドモアゼル廃止を歓迎する。

英語でも未婚女性はミス、既婚女性はミセスと分かれていたが、差別ということで既婚・未婚関わらず、ミズが政治的に正しい表現として定着している。フランス政府の対応は「今更」の感がある。実際に英語でコミュニケーションする場合、ミズでないと非常に不便である。未婚か既婚か分からず、そもそもコミュニケーションの性質上、未婚か既婚かは全く問題ない場合も多い。ミスかミセスかとなると間違えたならば失礼であり、無駄なところで気を遣ってしまう。

マドモアゼル廃止は女性団体が求めていたものであり、それに対しては伝統の破壊、言葉狩りなどの反発も予想される。日本でもマドモアゼル廃止のニュースに対して言葉の豊かさが失われるとの反発がなされた。この種の反発は進歩的な立場からも共感される。中には昭和30年代の少年時代に観たフランス映画でマドモアゼルという言葉にトキメキを覚えたとし、それが同年代の男性の共通感覚でないかという意見まである。

私にとってマドモアゼルはミスと同じく、ありふれた言葉でトキメキは感じられない。一方で私にとってフランス語以上に馴染みの薄いドイツ語の未婚女性を意味するフロイラインという響きにトキメキに似たようなものは感じられる。

それ故にマドモアゼルという表現にトキメキを感じる人がいることは理解可能であるが、特定世代の共通する感性として押し付ける考えはいただけない。全共闘世代など自分達の世代的価値観を押し付ける体質が、社会意識ある若年層を右傾化させてしまう要因になっている(林田力「若年層右傾化の背景と限界(下)」PJニュース2010年10月18日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20101014_9

「ミス」「ミセス」や「マダム」「マドモアゼル」が差別になる理由は女性だけ未婚と既婚で分けられるためである。このためにマドモアゼル廃止を惜しむ立場からは男性も未婚と既婚で敬称を分ければ差別にならないとの発想が生じるかもしれない。しかし、これは未婚者と既婚者の区別を残存・増大させてしまう。

英語にミズが登場し、フランス語がマダムで一方化されたとしても、敬称の悩みは終わらない。相手が男性であるか女性であるかで敬称を使い分けなければならないためである。この点で「さん」で統一する日本語は中立的である。日本は男女平等の後進国であるが、それは主として近代に作られたものであり、日本語には平等を実現する豊かな可能性がある。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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酷いことを酷いと言う

オルタナティブの世界では普通に酷い問題が逆に問題とされずにスルーされてしまうこともあります。今はヒステリックにハシズム批判の大合唱です。ハシズムを擁護するつもりはありませんが、官民格差への怒りなど支持される理由を直視しなければ、既得権を守るための批判に映ってしまいます。
普通に酷いものを酷いと言う感覚は持ち続けたいものです。東急不動産だまし売り裁判も「マンションだまし売りは酷い」という感覚が出発点でした。林田力
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言葉は惜しむが、言葉未満の優しさ

東急不買運動家は必要な言葉を不愛想にならないように注意深く相手に届ける。言葉は惜しむが、言葉未満の優しさが見え隠れしていた。東急リバブル・東急不動産に対する激しい告発者であり、当意即妙のフットワークを見せる東急不買運動家であったが、最も得意なことは人と心の絆を作ることであった。
東急リバブル・東急不動産に対する彼の話は激烈であった。どこがどうということなしに東急不買運動家は尊敬や畏怖の念を聞き手の心に呼び覚まし、しかも、ごく自然な態度のうちに聞き手を気楽にさせようと気を配っていた。林田力は東急不買運動家とならば、いくらでも会話を続けられそうな気がした。
「東急リバブル・東急不動産は、どうしようもない屑だ。東急リバブル・東急不動産が絡んでいる取引ならば、たとえ表向きはまともだろうとも、きっと裏に何かある。絶対だ。東急リバブル・東急不動産の手口は断じて許せないし、忘れようにも忘れられない」
「酷い話です。全然知りませんでした。聞いているだけで怖くなります」
東急不買運動家は林田力を哀れむように笑みを浮かべた。自分は何と狭い世界で生きてきたのか。世の中には東急リバブル・東急不動産のトラブルが溢れていた。この時ほど林田力は自分がちっぽけで、情けない人間に感じられたことはなかった。恥ずかしくて身の置き場もないような気持ちになった。
「私には東急リバブル・東急不動産の姿勢が理解できない。東急リバブル・東急不動産は私をケチなペテンにかけたが、私は泣き寝入りしなかった。侮り難いと思っただろう。しかし、消費者側にどれほどの才覚があっても、トラブルは避けられない。連中は物事を倫理的に考えようとせず、井戸の水を全部欲しがるからね」

エレベーターの恐怖

林田力は東急不動産のマンションでは、きしむエレベーターよりも陰惨な階段を使う方が多かった。名目は健康のためだが、本当は怖かった。あの鉄の檻に一晩中閉じこめられてしまうことが。
悪徳不動産営業の顔を見ていると、痰を吐き出して、脇の下をボリボリ掻くのではないかと半分本気で思ってしまった。悪徳不動産営業の名前を聞いた時、世の中には多数の名前があるのに、何で彼が聡仁という名前なのかと思ってしまった。課長は貧相なウサギという印象である。目が抜け目なく鋭く光り、頭のてっぺんから足の先までジロジロと見られる。まるで正真正銘のウサギである。かわいらしいウサギではなく、「ウサギとカメ」に登場するような底意地の悪いウサギ。
東急不動産工作員は風呂に入っていないどころか、賭けてもよいが、シャワーも浴びていないようであった。鼻をグズグズと慣らしていた。東急不動産工作員の嘘で塗り固められた自慢話に如才なく相槌を打っていたが、本当は吹き出したいのを懸命に堪えていた。
法の網の目をくぐろうとする輩への怒りに燃えたノンフィクション東急不動産だまし売り裁判には一読の価値がある。筆致は精緻を極め、言葉の使い方には迫力があり、さらには鋭い目で切り取った裁判の洞察力ある描写である。静かな文章にも容赦のない怒りが込められていた。東急不動産が飾り立てた高層マンションを建設するために、一体どれだけの資源が無駄になったのか。
ソウルの市場ならば張り切って出掛けていくし、上海の露店では嬉しくて舞い上がり、パリの蚤の市ならば構えることなくくつろげる。しかし、東急百貨店や二子玉川ライズショッピングセンターに足を踏み入れようものなら、化粧室にこもり、香水に辟易した挙げ句、出口に向かって一直線ということになる。
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2012年2月24日金曜日

渋谷東急プラザの椅子は嫌になるほど

会議室は縦長の部屋で、中央に長机を設置し、左右に椅子が並べてあった。出入口から見て奥の側には既に四人の男性が座っていた。出入り口から遠い側が上座であり、来客はそちらに通し、社内の人間は出入り口に近い側に座るのがビジネスマナーである。
しかし、四人とも上座から動こうとせず、林田力を下座に着席するよう薦めた。この時点で東急不動産が相手に敬意を全く払う気がないことは明白であった。悪徳不動産営業には常識も社交儀礼も欠けていた。
「人との出会いを大切にし、相手を敬うという気持ちは、もともと日本人に備わっている寛容の心です」(出光昭介「同門会法人設立三十周年記念茶会に寄せて」同門2007年2月号26頁)。
東急リバブル・東急不動産従業員には日本人に備わっている寛容の心が根本的に欠けていた。代わりに常人の数倍ほど厚い面の皮と太い神経を持ち合わせていた。協議が最初から非友好的な雰囲気で始まったことは当然の成り行きであった。相手の自尊心を傷つけ、怒らせて自制心を失わせることで、協議を有利に進めようとの作戦であった。挨拶もなければ、コーヒーの一杯も勧められなかった(但し、しばらく経過してから茶が出てきた)。渋谷東急プラザの椅子は嫌になるほど座り心地が悪かった。ここは敵地であった。
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林田力は不謹慎な冗談が大好きな友人に

林田力のメールアドレスに不可解なメールが届き始めた。このアドレスは東急不動産への問い合わせで使用したもので、それ以外では使っていない。送られたメールには辻褄の合わないことばかりが書いてあった。
「一体、何の目的だろう」
その後も、訳の分からないメールが送信された。東急不動産だまし売り裁判への嫌がらせだろうか。別に何を書こうとも構わないが、理詰めで批判しなければ、単なる酔っ払いの戯言と思われるだけである。
嫌がらせメールの次の匿名電話であった。林田力は自宅の番号を非公開にしていた。
「緊急の要件だ」
電話に出ると不気味な声が響いた。林田力は不謹慎な冗談が大好きな友人にビシッと言うべく深呼吸した。
「望琉ですね」
決めてかかる。
「冗談は止めなさい」
沈黙。
「望琉ではない」
その声には、微かに広島の訛りがあるような気がした。東急不動産工作員による本物の脅迫電話かと思った瞬間に心臓がドキドキした。
「どちら様ですか?」
「是非とも話がしたい」
「今、話しているでしょう」
「話し合うべきだ」
背筋が寒くなるような冷たい声が唐突な主張をしてきた。
「だから誰ですか」
「敵か友人か。そちらで決めろ」
「知らないね。何を言っているのか分からない」
「大きな間違いだぞ。君には全体像が見えていない」
「あなたに見えているとも思いませんね」
「人生は人の好意を受けるか受けないかのゲームだ」
「誰かに救いの手を差し伸べられたら、ありがたく頂戴しろ」
「私は私のすべきことをするだけです。二度と電話しないでくれ」
林田力は電話を切った。匿名の脅迫者に紳士的な礼儀を尽くすつもりはなかった。しかし、すぐにまたかかってきた。同じ声であった。
「幸福に暮らしたいならば、よく聞くがいい」
「悪いな、嘘つき野郎。お前が何を売り込もうとしても、その手には乗らない」
「切らないでくれ。話がある」
それでも林田力は電話を切った。また電話がかかってきた。
「これ以上、東急不動産の問題を調べるな」
林田力は腹が立ってきた。
「名前を名乗りなさい」
「分かるはずだ」
「分かっていたら聞くことはない」
「東急不動産の問題を調べ続けると酷い目に遭うぞ」
林田力は遊んでやることにした。相手が何を言っても答えない。しびれを切らした相手が「もしもし」と言った後で口を開いた。
「少し考えさせてくれ」
「考えている時間なぞない。何をしたらいいか、分かっている筈だ」
悪徳不動産営業の発想が丸出しである。自分達は「会社に持ち帰って」と時間稼ぎする一方で、消費者には即決即断を要求する。
「考える時間はいつだってある」
林田力は微笑を浮かべて、言い放った。
「やっぱり電話のかけ違いだ。用件が分からない。相手を間違えて吠えてもダメだ」
林田力が匿名電話を相手にすることはなかった。しかし、それでも嫌がらせは終わらなかった。林田力は傾きかけている悪徳不動産業者にとって危険すぎる人物であった。
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経産省前テントひろば開設から間もなく半年

「Occupy Wall Street」の掛け声と共に世界中に広がった抗議運動。日本でも2011年9月11日に東京都千代田区霞が関の経済産業省前に「経産省前テントひろば」が登場し、メンバーが交代で寝泊まりしながら現在も脱原発を訴えている。東日本震災の半年後に開設された「テント広場」も間もなく半年を迎える。林田力は2月14日に「テントひろば」を訪問し、話を聞いた。

「テントひろば」は経済産業省の玄関脇のオープンスペースに設置されている。敷地は国有地であるが、通行の邪魔になる道路でも業務の妨げになる経済産業省の構内でもないという絶妙の地点である。「テントひろば」の内外には「子どもを放射能から守れ」など様々なメッセージや旗が並び、藤波心や制服向上委員会ら脱原発を鮮明にした芸能人のものもある。

外側ではギターを手に歌を歌う参加者もおり、にぎやかな雰囲気である。林田の訪問時にはフランスのメディアも取材していた。日中は勤労世代が少なく、高齢者が中心であるが、中学生も訪れており、多彩である。この点について参加者の一人は「現代日本では乏しくなった世代間交流ができる空間」と語った。

女性の存在感が大きい点も特徴である。2011年10月には「原発いらない福島の女たち」の座り込みが行われた。12月1日からは「未来を孕む女たちのとつきとおかのテントひろば行動」が続いている。「とつきとおか」は10ヶ月10日のことで、胎児が母体にいる期間を象徴する。男性の参加者も女性の存在が「青筋立ててバリケードを築いて籠城するような運動とは雰囲気を変えている」と評価する。

原発全廃を掲げ、当面は再稼働阻止を目標にする「テントひろば」であるが、関心は広い。元々は護憲・平和の市民運動家が大きな役割を果たしている。「テントひろば」では日米安保反対や憲法第9条会見阻止、イラク戦争批判のビラも配布された。

福島県いわき市に高齢の知人がいるという参加者は「自主避難をせずに住み続けている、または一時避難から戻った人々も福島が放射能汚染で住めない地域になっていると認識している。そのような住民意識をマスメディアは報道しない。逆に報道は住民が復興に向けて頑張っているという視点ばかり」と語る。この状況に「15年戦争中の大本営発表と同じ」と反戦平和運動と共通する問題意識を見出していた。

また、江東区による竪川河川敷公園での野宿者強制排除に抗議するビラも配布された。公有地であるという理由で平穏に生活していた野宿者の小屋を強制撤去する江東区に抗議する運動と、公有地にテントを設置して原発推進政策に抗議する運動は重なる。林田も自身の経験した東急不動産だまし売り裁判など東急グループの問題を話したところ、参加者から「様々な問題はつながっている」との反応があった。

「テントひろば」は撤去を求める行政だけでなく、右翼からの攻撃にも晒されている。この日も街宣右翼から攻撃されたばかりという。「テントを河川敷に持って行け」など口汚く罵られた。一方で伝統的な街宣右翼よりも新興のネット右翼を問題視する声が上がった。「彼らの多くは非正規雇用の労働者で、格差社会の犠牲者である。本来ならばフリーターの労働組合などで一緒に闘ってもいいのに、『在日外国人が生活保護で不労所得を得ていることがけしからん』と攻撃の矛先をマイノリティに向けている。天皇制に対する意識など右翼としての思想は貧弱」と語っていた。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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東急不動産・東急電鉄のトラブル

東急電鉄が東京都品川区の大井町で高架下に長年居住・営業していた住民に立ち退きを要求。
東京都世田谷区では、東急電鉄・東急不動産主体の再開発・二子玉川ライズが住民の反対を無視して建設強行される。住環境・自然環境が破壊され、ビル風で骨折した老婦人もいる。
静岡県では、東急電鉄が下水処理費用を巡り、ニュータウン管理組合と紛争になる。
東京都江東区では東急リバブル東急不動産が隣地建設を説明せずに新築マンション・ドエルアルス南砂サルーテを販売し、購入者とトラブルになった。
同じ東急リバブル東急不動産が不利益事実を隠して新築マンション・アルス東陽町301号室をだまし売りした。消費者契約法・不利益事実不告知で不動産売買契約が取り消されたリーディングケースとなる。林田力「東急不動産だまし売り裁判・こうして勝った」。
東急リバブル東急不動産は横浜市のアルス横浜台町でも隣地建て替えを隠して販売し、購入者と裁判になる。
平塚市の湘南袖が浜レジデンス、文京区のブランズ文京小石川パークフロント、守谷市のブランズシティ守谷では建設反対運動が起きた。鷺沼ではマンション建設予定地から土壌汚染が発覚し、建設中止となった。
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従業員過労自殺で問われる渡辺美樹・ワタミ会長の経営姿勢

ワタミフードサービスが経営する大手居酒屋チェーン「和民」で働いていた26歳の女性社員の自殺が過労死と認定されました。女性社員は神奈川県横須賀市にある店に勤め入社2カ月で自殺しました。この自殺に対し、神奈川労災補償保険審査官は労災適用を認めると決定した。この中で渡辺美樹・ワタミ会長が改めて問われています。既に東京都知事選出馬時に問題提起しました(林田力「都知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価」)。
http://hayariki.net/poli/tokyo.html
渡辺美樹・ワタミ会長が2011年4月10日に投開票される東京都知事選挙への立候補を表明した。渡辺氏は「東京を経営する」をキャッチコピーとしており、有権者は渡辺氏の経営の内容を冷静に評価する必要がある。

カリスマ経営者ともてはやされる渡辺氏であるが、雑誌『週刊金曜日』上で痛烈に批判されたばかりである(村上力「居酒屋ワタミが事故を隠蔽工作」『週刊金曜日』2010年11月5日号)。東京都世田谷区の居酒屋「語らい処 坐・和民」三軒茶屋駅前店では2010年9月に20名の発症者を出すノロウイルス食中毒事故を起こして営業停止処分を受けた。しかし、一時閉店を知らせる店頭の張り紙は「設備改修および店内清掃」を理由とし、食中毒の事実に触れなかった。

記事はワタミの隠蔽工作を批判した上で、従業員に渡辺氏の個人崇拝を行っているなどとワタミの企業体質に踏み込む。渡辺氏は「何があってもウソはつかない。それは利益よりも大切だ」と語っていた(「社長の腐敗 「安易な道」を選ぶから不祥事が起こる」日経ベンチャー2007年12月1日)。そのカリスマ経営者の矛盾を暴露した力作記事であり、都知事選候補者の判断材料としても有益である。

記事はカリスマ経営者の率いる企業の隠蔽工作ということで話題になったが、行政処分などの都合の悪い事実を隠す体質は日本企業でありふれたものである。

たとえば賃貸仲介不動産業者・グリーンウッド(吉野敏和代表)の事例がある。グリーンウッドは賃貸借契約書に記載なく退室立会費を受領したなどとして宅地建物取引業法違反で東京都から業務停止処分を受けた(東京都都市整備局「宅地建物取引業者に対する行政処分について」2010年6月8日)。業務停止処分期間中はウェブサイト上での物件紹介も禁止される。ところが「住まいの貧困に取り組むネットワーク」によると、グリーンウッドは自社ウェブに以下の表示をしたという。

「只今 ホームページ調整中です。物件リストを6月19日には掲載いたしますので、今しばらくお待ち下さい。」

これに対して同ネットワークは「ふざけた記載」と怒りを顕わにする(住まいの貧困に取り組むネットワーク ブログ「シンエイエステートとグリーンウッドに対して東京都が行政処分」2010年6月8日)。
http://housingpoor.blog53.fc2.com/blog-entry-106.html
東京都の報道発表資料によると、グリーンウッドは資本金0円で、東証1部のワタミとは比較にならない。それでも行政処分隠しという点で同レベルの活動をしていることは興味深い。ワタミの隠蔽工作をカリスマ経営故の異常性を捉えるならば視点を誤ることになる。実際、ワタミでは給料未払いなど労働紛争も起きており、ブラック企業とする指摘もある。革新的な経営者というよりも、日本企業の醜い点を巧妙に活用したというイメージが近い。

この視点は都知事選の候補者評価としては非常に重要である。石原慎太郎都知事が欠点の多い政治家であることは、石原氏の支持者も否定できない事実である。それでも過去に石原氏が当選した理由は欠点を認めながらも、それを上回るカリスマ性を感じる有権者が多かったためである。

既に食中毒の隠蔽工作などに基づく渡辺氏の批判が始まっているが、カリスマ経営者故の異常性と位置付けてしまうならば、型破りの候補者を求める有権者に逆に魅力的に映ってしまう。これは石原氏の当選と同じ道である。反対に隠蔽体質の日本企業と変わらないと位置付けることで、つまらない保守系候補の一人としてカリスマ性を奪うことができる。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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足尾から福島−公害の歴史から原発震災を問う

第67回市民憲法講座「足尾から福島−公害の歴史から原発震災を問う」【転載】
お話:菅井益郎さん (國學院大学教授)
福島では現在も原発事故による危険や被害は 「収束」 せず、放射能汚染によっていまだにたくさんの人びとが危険にさらされ住む場所を奪われたままです。
さらには汚染された土地をどうするのか、健康被害をどう補償するのか等についてもまったく見通しが立っていません。
こうした中、明治の「富国強兵」政策の中で起きた足尾鉱毒問題をたたかった田中正造の思想があらためて見直されています。
今回の講座では、足尾など日本の公害の歴史を永年研究されてきた菅井益郎さんに歴史から何を学ぶべきなのか、
原発のない社会をつくるための運動に何が求められているのか、をお話しいただきます。
ぜひご参加ください。
http://hayariki.net/index.html 
日 時:2012年3月17日(土)6時半開始
場 所:文京区民センター 3C会議室
参加費:800円
主催◆許すな!憲法改悪・市民連絡会

弁護士のアンフェアが断罪された光市母子殺害事件最高裁判決

1999年に山口県光市で起きた母子殺害事件について、最高裁判所は2012年2月20日、元少年の上告を退ける判決を言い渡した。元少年の死刑が確定する。

この問題が大きく注目を集めた要因は被害者遺族の本村洋氏に負うところが大きい。私自身、民事訴訟であるが、マンションの売買契約をめぐって東急不動産と裁判闘争をした経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。

引渡しが終わった不動産取引では契約の白紙撤回が認められることは難しいと指摘されたが、泣き寝入りしなかった。消費者契約法に基づく契約取消しを貫き通し、売買代金の全額返還を勝ち取ることができた。新たな先例に踏み出させることの大変さを実感しているため、本村氏の活動には感服する(林田力「オーマイニュース炎上史(4)光市事件中編」PJニュース2010年8月15日)。

判決では事件の社会的影響や遺族の被害感情を死刑是認の要素として判断している。裁判上の争いは裁判内で展開すべきという考えがある。林田力は二子玉川ライズ差し止め訴訟の証人尋問をネットニュースで報道した。これに対して東急電鉄・東急不動産らで構成される二子玉川再開発組合は上記のように主張した(林田力『二子玉川ライズ反対運動』マイブックル、34頁)。

二子玉川再開発組合のような考えは、自分達の都合の悪い事実を広められたくない事業者に都合の良いものに過ぎない。裁判外を含めた本村氏の活動が判決をもたらした。裁判は裁判の中だけで進行するものではない。社会に広げていくことも重要である。

本村氏とは対照的に醜悪さを露呈したものは被告の弁護団である。殺意を否定し、「ドラえもんが何とかしてくれると思った」と主張する弁護団の主張は常識外れの悪あがきにしか聞こえない。弁護団の目的が死刑廃止であれ、被告人の減刑であれ、その目的のために何でも主張していいというものではない。弁護士の主張はフェアなものでなければならない。それ故に判決が被告の不合理な弁解を死刑判断の一因としたことは正当である。

弁護士がフェアでなければならないことは以下の規程が定めるとおりである。

弁護士法第1条(弁護士の使命)「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」

弁護士職務基本規程第5条(信義誠実)「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。」

弁護士倫理規定第7条(真実の発見)「弁護士は、勝敗にとらわれて真実の発見をゆるがせにしてはならない。」

光市事件刑事裁判の弁護団主張は社会的な関心がある中でなされたために大きく批判されたが、残念ながら裁判で弁護士が依頼人に有利になるようにデタラメな主張をすることは珍しくない。東急不動産だまし売り裁判でも虚偽証拠や偽証が登場した。

光市母子殺害事件のルポタージュ『福田君を殺して何になる 光市母子殺害事件の陥穽』の出版差し止めなどを求めた仮処分では弁護士の作文との疑いの濃いワープロ打ちの陳述書が提出され、手書きの陳述書が再提出されたことがあった(林田力「『福田君を殺して何になる』仮処分事件での陳述書の信憑性」)。

弁護士法人アヴァンセ・リーガルグループ(金崎浩之代表)のように「弁護士は公平中立な立場ではありません」を理念として掲げ、自らフェアであることを放棄する弁護士事務所まで現れている。今や弁護士は自ら公正中立な立場から職務を遂行する専門職として高い評価を受けるに値しない存在と自ら宣言している状態である。

日本の裁判では弁護士の嘘の付き得になっている。その中で不合理な弁解を問題視して判決は弁護士のトンデモ主張にペナルティを課す点で高く評価できる。この論理が犯罪者の厳罰化のためだけに使われるのではなく、消費者訴訟における企業や行政訴訟での行政にも向けられることを期待する。
http://hayariki.net/hayariki2.htm#19

2012年2月23日木曜日

馬耳東風

それは分かりません。相手が真意を全く理解しないかもしれません。ただの擁護意見として、批判で返すかもしれません。そもそも自省する能力があれば、あそこまでならないと思います。問題を理解させるだけでも大変です。ダメージという点では本人には馬耳東風でも、周囲にアピールできればいいと思います。自分のメディアに対して独り善がりな注目を要求していたのですから、周囲は分かってくれるでしょう。
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2012年2月22日水曜日

脱原発と自然エネルギーの話 林田力

【転載】脱原発と自然エネルギーの話 林田力
__脱原発後、電力は自然エネルギーで賄えますか__

林田「脱原発の代替電源として自然エネルギーが出てきますが、現実問題として自然エネルギーはまだまだ不安定です」

__簡単には代替えできないのですね__

林田「自然エネルギーが発展途上であるという現実は、政府が原発に偏って自然エネルギーの研究を促進してこなかったためであり、自然エネルギーが悪い訳ではありませんが、直近の代替としては力不足です」

__事故や事件が起きた時こそ、電力が必要です、どうしたらいいでしょうか__

林田「現実的な選択肢は天然ガスです。脱原発の陣営が天然ガスへの代替を指摘することは現実的視点に立つものとして支持できます」

___今、天然ガス以外にも、代替えエネルギーのアイディアがでていますが_

林田「孫正義が持ち上げられて政商と落とされたように、自然エネルギーは眉唾の夢物語的な面があります」

__有り難うございました。__

林田力 著書『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
http://www.labornetjp.org/news/2012/1328885303120mu07

相棒、証拠ねつ造の警察犯罪

証拠ねつ造の元警察官。警察官として、あるまじき行為。
ライター。警察官だったくせに真実をねじ曲げて。
元警察官。今度こそ、正直に話そう。
神戸尊。警察学校入校の宣誓を呟いている姿を見て、覚悟ができた。
警察の不祥事を扱うが、パンチ不足である。警察上層部を含む組織悪と戦ってきた相棒としては物足りない。不正警官が最後は正直になって無理矢理に良さそうな話にまとめられたが、明らかに正直になることが遅すぎる。正直になるならば真実を公表しようとするライターを止めなくてもいい。次の取り調べでは正直に話そうと決めていたとするが、次の取り調べがない可能性の方が高かった。元警官の姿を見て覚悟を決めたという神戸も自分の問題への対処としては遅い。
さらに無実の人間を陥れて死なせてしまったことに衝撃を受けているが、犯人逮捕のために違法な手段を使うことへの反省は薄い。この手段を選ばない点は杉下右京とも共通する。右京と元警官の相違点は犯人特定の推理が正しかったか否かだけで、結果オーライの世界になってしまう。
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2012年2月21日火曜日

光市母子殺人事件、死刑確定後の実名報道の違和感 林田力

光市母子殺害事件、被告死刑確定。(2012年(平成24年)2月20日)
犯人の更生の可能性が無くなったので実名報道。
このように報道が犯人の更生のあるなしを判決から勝手に導き
出していいのか。

改悛があり、本人が罪を悔いてこその更生ではないのか。
堀の中でも更生が、死刑の瞬間まで改悛がある事を否定するのが報道なのか。
その判断は報道関係者の犯人の更生を実名報道によって左右する事になるという驕慢さに満ちている。

ライターの林田力さんに話を聞いた。

__大手メディアは実名と匿名報道に分かれました、何故、横並びにならなかったのでしょうか__

林田「主流は実名報道です。死刑判決が確定したために更生の可能性がなくなったことを理由とするもの。また、死刑の執行を国民が監視するためにも実名とするとの見解もあります」

__死刑になったら突然実名報道というのも、違和感を感じます__


林田「これに対して匿名報道を貫く立場は、更生は死刑囚であっても死の間際でも可能という立場を採ります。また、恩赦の可能性も皆無ではないとする事によるものです」

__そうですね、メディアが勝手に犯人の更生や改悛を尊重したり否定したりして、またそれぞれ各社が判断が違うのなら、実名は知れ渡ってしまいますし、ボーダーレスの解釈で良いのでしょうか?__

林田「一方で少なからぬメディアが実名報道を控えていた理由は、更正を願ってのものではなく、単に少年法の規定があるからに過ぎないのです」

__なるほど、法の規定ですか__

林田「死刑の監視は理由としてはもっともです。しかし、実名にした方が死刑の情報公開になる理由は分からないですね」

__有り難うございます___

当時は未成年だった事を考慮しての匿名から死刑判決が出れば実名に切り替える。マスコミの考慮、とは何だろうか。匿名、実名に切り替える判断は各メディアの性質により分かれる。右寄り、左寄りなども影響するだろう、しかしそこには、国民の感情や知る権利が見えて来ない。
メディアの判断で犯人の名前が白にも黒にもなるのである。

法の規定の解釈や更生の見識がまちまちなら、余計に社会は混乱するだけである。
もしかしたら、犯人の更生や改悛が分厚い堀の中にあって、国民の耳に心に届いて来ないのが最大の問題なのかも知れない。

林田氏の言う通り、実名が報道されたからと言ってそれが国民の公益に適う情報なのだろうか。
本当に必要な情報は、残酷な事件を起こした犯人の更生の姿勢、改悛の情から出る言葉ではなかろうか。
名前をどうするか、とともに、死刑囚の心情に肉薄する報道がなされた時こそ、実名報道は生きて来るかも知れない。
http://www.labornetjp.org/news/2012/1329828159849mu07
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力が唖然として

東急リバブル東急不動産に対しては、殊更工作する必要はなかった。事実を明らかにするだけで十分であった。林田力が唖然として鼻をつまむほど、東急リバブル東急不動産は腐臭に満ちており、小さな穴を開けただけで毒気が流れ出して周囲を窒息させそうであった。
事件番号を受け取った林田力は喜色を浮かべた。自らの手で運命を切り開くことができるからである。林田力は悪徳不動産業者に屑物件を押し付けられたままではいられなかった。東急リバブル・東急不動産の不誠実な対応に踏みつけられたままではいられなかった。
無価値の屑物件によって耐え難い毎日を強いられ、息をすることがやっとの生活に泣き寝入りするつもりはなかった。ただ生きるだけの人間にはなりたくなかった。自分の意思で行動せずにはいられなかった。これは己の矜持をかけた戦いであった。
林田力には東急不動産と闘う以外の選択肢は存在しなかった。運が味方をしてくれないかもしれない。時には全てを賭けなければならないかもしれない。それでも林田力は林田力の望むところに辿り着くまで耐えてみせると誓った。林田力の視線は真っ青な青空に吸い込まれていった。
提訴の翌日、林田力は子どもの頃から感じたことのない生気に満たされて目を覚ました。洲崎川緑道公園へジョギングに出かけると、思いのほか速く走ることができた。限界まで走りきったところで足を止め、腕立て伏せと腹筋運動を繰り返した。それでも余力が残っていた。亀戸天神の梅も三分咲きから五分咲きとなり、春も近いと感じられる頃であった。
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上田清司埼玉県知事は東京電力を罵るよりも不買運動を

埼玉県の上田清司知事は福島第一原発事故を起こした東京電力を厳しい言葉で罵って注目を集めている。しかし、本気で東京電力を問題と考えているならば罵るよりも不買運動という実効的な対策を採用すべきである。

上田知事は2月13日の記者会見で「これだけ満天下に迷惑をかけて誰ひとり警察のご厄介にもなっていない。自首するやつはいないのかと言いたい」と厳しく非難した。15日にも「人類史上最大に迷惑をかけた企業という自覚が欠けている」と非難する。これらの発言は市民の不満を代弁した声として喝采を浴びているが、具体的な問題解決には結びつかない。知事としてできることを行わずに東京電力を罵るだけでは脱原発のガス抜き、目くらましにしかならない。

上田知事にできる実効的な対策は不買運動である。上田知事が東京電力を警察の厄介になるような問題企業と考えているならば、東京電力からは電力を購入せず、1円も払わないことである。購入者がいなければ企業は成り立たない。

本来ならば脱原発を唱える消費者が率先して不買運動を進めるべきであるが、残念なことに現代の日本では一般消費者は電力会社を選択できない。しかし、自治体のような大口需要家は電力自由化によって電力会社を選択することができる。

実は埼玉県では2005年から電力を入札で調達しており、電力調達の先進自治体である。この点では上田知事は口だけではない。しかし、日本の電力自由化は発送電の分離が不完全なもので、送電網を掌握する地域独占会社が競争上有利な地位にあり、入札しても東京電力が落札するケースもある。東京電力を不当な企業と考えるならば一歩進んで契約しないことである。

電気料金の値上げもあり、自治体の入札による電力調達は広がっている。脱原発を掲げた保坂展人氏が区長に当選した世田谷区では2012年度から111施設を対象に競争入札を始める予定である。入札によって電気料金を2千万円程度節約できる見込みとする。現時点では入札による電力調達の目的はコスト削減となっているが、一歩進めてグリーン調達の考え方を踏まえれば脱原発の立場から原発推進企業から電力を購入しないという政策も成立する。(林田力)
http://www.pjnews.net/news/794/20120219_2

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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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似非平等主義

悪徳不動産業者には自分を認めてほしければ、自分も相手を認めるという相互主義が欠けている。自分は他人を否定ばかりしていながら、自分の考えだけは認めてもらおうという考えは、不平等である。悪徳不動産営業には消費者への感謝の念が欠けている。サンフランシスコの霧のように翌朝には一掃されてしまう。悪徳不動産業者は不寛容と不正が生み出した怪物である。
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2012年2月20日月曜日

東急不動産だまし売り裁判は素敵

東急不動産だまし売り裁判は素敵という言葉では足りないくらい素敵なノンフィクションである。雨の後の快晴のような気分をもたらす。林田力のような告発者になるということは心の底から勇気を振り絞ることである。
林田力の追及によって悪徳不動産営業の顔から血の気が引いた。そのような気がしたが、その顔は既に死人さながら真っ白であったために、断言はできなかった。
東急不動産だまし売りマンションは、窓がなければ何の変哲もなかったであろう空間に日差しがたっぷりと降り注ぎ、清々しい空気が満ちるようになっていた。それが東急リバブル東急不動産のだまし売りによって皆無になってしまった。マンションの上では一羽のカラスが叫ぶように鳴いていた。
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東急リバブル・東急不動産の嘘

東急リバブル・東急不動産の嘘は東急不動産だまし売り裁判で露見した。東急不動産の主張は重要な事実に関して大きな変遷があり、かつ、その変遷は従来の供述と矛盾する客観的事実の指摘を受けて生じていた。東急不動産の主張は、変化自在に変わる。言葉は重い。この重い言葉を軽々と翻す東急不動産には宅地建物取引業者の資格はない。
東急不動産は東急不動産だまし売り裁判を長引かせたい一心で時間稼ぎを繰り返した。東急不動産の主張は全て独自の見解に基づいて一方的に決定し、強弁することにより従わせるものであり、法治国家の下では断じて許されない行為である。東急不動産は不誠実な応訴態度を繰り返し、それに見合った報いを受けた。
今や東急不動産は堂々とした高みから突き落とされ、車道脇の側溝に転げ落ちた状態であった。東急不動産は首根っこを抑えられ、辱められ、悪行を暴かれて、正義の場に引きずり出された。一人の消費者の声が、ようやく聞き届けられた。誰かに聞き届けられることを願い、正義を求める大きな怒りの声が。
判決言い渡しは林田力の表情に初めて喜色が漲った瞬間である。林田力には紛れもない興奮に全身が包まれた。体の奥底から力強く湧き上がるものを感じた。血が体内の隅々にまで駆け巡り、幸福感が春の潮のように暖かく胸郭を満たした。この幸福感に比べれば日常生活の喜びなど些細なものであって、あくせくする価値もない。
これほど林田力が晴れやかな表情をしたことはなかった。真面目な表情をしている時には周囲の人々には近寄り難いとすら思われるほど暗く神秘的な顔が、この時には驚くほど明るく親しみやすくなった。
それは心底からの喜びであった。屈託のない笑顔があった。沈鬱な冬の日本海から冬なお清明な南イタリアの太陽に変貌した。それは体の奥深いところから開花した笑いであった。目は輝き、頬は紅潮した。満面の笑み、歓喜の表情、祝賀の炎に輝いた。歓喜と勝利の気持ちが満ち溢れ、今こそ生命が甦り、苦しい夢から逃れ出ることができた。
http://hayariki.net/109/109trial2.htm

イスラエルの入植地製品AHAVAが日本から撤退!

【以下、転載・転送歓迎】
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違法入植地ブランド・アハバが遂に日本から撤退!
〜「STOP無印良品キャンペーン」に続く対イスラエルBDSキャンペーンの勝利!

パレスチナ西岸地区のイスラエル入植地で生産されている「アハバ・ブランド」化粧品の、日本における総代理店であったダイトクレア社は、2012年1月31日、同ブランド商品の取扱終了をウェブ上で正式に発表しました。

私達「パレスチナの平和を考える会」は、2010年より、「不正な商品では美しくなれない」というスローガンのもと、パレスチナ占領に加担するアハバ(AHAVA)商品に対するボイコット・キャンペーンを行ってきました。これは、アメリカの女性平和団体コードピンクを中心とした「Stolen Beauty」キャンペーンと連携した、国際的キャンペーンでもありました。
http://palestine-forum.org/ahava/index.html

今回のダイトクレア社の決定は、多くの市民・団体の参加協力の下、当会が行ってきたウェブ上での呼びかけや、メッセージ・カード・キャンペーン等を通じ、アハバ商品の売買が戦争犯罪への加担であることが広く周知されるようになったことの結果であると言えます。また、財務省・消費者庁等関係省庁やダイトクレア社とも直接協議し、同商品の違法性について粘り強く説明してきたことも今回の結果につながったものと考えます。

このことは、2010年の「STOP無印良品キャンペーン」の成功に続く、日本における国際的な対イスラエルBDS(ボイコット・資本引揚げ・経済制裁)キャンペーンの勝利だということができます。ダイトクレア社は、アハバ商品の取扱を始めるに際し、その商品が国際法上問題を抱えていることを知らなかったということですが、問題を把握した後、潔く撤退を決定された企業倫理に対し、心から敬意を表したいと思います。

しかしながら、アハバ商品の製造販売元「Dead Sea Laboratories」は今も営業しており、西岸地区ヨルダン渓谷、死海沿岸に位置するミツペ・シャリーム入植地にある工場も操業し続けています。ヨルダン渓谷で現在も進行しているパレスチナ人に対する集中的な民族浄化政策にアハバは関わっているのです。
今後、アハバ商品を扱う新たな企業が現れる可能性は十分にあります。万が一、そうした業者を発見された方は、当会まで通報頂くよう、よろしくお願いします。

アハバの日本撤退は、近年急速に進みつつある日本・イスラエル間のきな臭い交流の中で遂げられた小さな勝利に過ぎません。昨年3月の東北大震災に際しては、イスラエル軍が南三陸町で約2週間、形だけの医療活動を行いました。7月にはイスラエル初の日系卸売店として、ハローキティ・ストアがイスラエル近郊にオープンしました。9月には、クラシック社(東京)という切花輸入会社が、ヨルダン渓谷の入植地で生産された農産物を扱うイスラエル企業と提携関係にあることが明らかになりました。さらに10月には、「ソーダストリーム」という家庭用の炭酸飲料製造機の国内販売が開始されていますが、これは、ミショール・アドミームという東エルサレムの入植地内で生産されたもので、シナジートレーディング社(大阪)が総輸入元となっています。今年12月には、演出家の蜷川幸雄が日・イ両政府の協力の下、テルアビブと東京でギリシャ悲劇「トロイアの女たち」を上演する予定になっています。
http://d.hatena.ne.jp/byebye-hellokitty/
http://palestine-forum.org/doc/2011/1031.html
http://palestine-heiwa.org/note2/201202041832.htm

こうした動きのすべては、イスラエルのアパルトヘイト犯罪の容認・黙認と表裏一体のかたちで進められています。3年前のガザ虐殺に対するイスラエルの責任は未だに問われることなく、西岸地区における家屋破壊・入植地建設は急ピッチで進められています。違法な行政拘禁に抗議し、ハンガーストライキを闘っている瀕死のハデル・アドナーン氏に対し、イスラエル当局は虐待で応じています。
http://jvsj.wordpress.com/
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=4510&sel_lang=japanese

今こそ、市民の行動によって、国際人権法・国際人道法の理念を活かすことが求められています。一人ひとりが、それぞれの生活の場の中で、国際的なBDSキャンペーンに参与することによって、パレスチナ人に対する人権侵害と略奪虐殺行為を止めさせましょう!

2012年2月20日
パレスチナの平和を考える会
http://hayariki.net/tokyu/ohimachi.html

平清盛の不評の要因

平清盛の画面が汚いという点は私は気にしていませんでしたが、やはり不評なだけのことはあるのですね。
韓国ドラマの対比は面白いです。韓国歴史ドラマでは汚い下層階級の生活でも主人公は光り輝くような性格の持ち主でした。これに対して、これまでの清盛は現代風に言えばグレたヤンキーでしかないです。無頼を気取っても実際は朝廷の支配の恩恵を受け、平家に守られています。甘ったれた現代のヤンキーと同じで、視聴者が感情移入できなくて当然です。これから、どうなるかが見所と思います。
冒頭の第一話は平清盛の父の忠盛が主役であった。王家の犬とされた武士の内に秘めた憤りが描かれた。視聴者としては忠盛に感情移入できる。その忠盛の想いも知らずにグレる清盛が視聴者の共感を得られないことも自然である。林田力
http://hayariki.net/

2012年2月19日日曜日

『東急不動産だまし売り裁判』の躍動感

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の魅力には抵抗できないものがある。ページをめくり始めると、たちまちのうちに心を奪われてしまう。東急リバブル・東急不動産は健全な不動産市場で許容される企業としては、あまりにも恐ろしくて忌まわしく、断じて存在してはならないものであった。悪徳不動産営業の笑いは妖術師の哄笑のように耳障りなものであった。消費者は東急リバブル・東急不動産に終止符を打たなければならない。さもなければ東急リバブル・東急不動産が消費者に終止符を打つであろう。

『東急不動産だまし売り裁判』は、消費者の権利確立を希求する理想主義を信奉しながら、悪徳不動産業者が跋扈する現実を度外視しない現実主義を保持している。目の前にある悲惨な現実を冷静に見る眼力を有しながら、現実を叩き壊そうという意思を有する。東急不動産工作員の攻撃にさらされながらも、悪徳不動産業者を告発する意思が萎えることはない。消費者を欺く悪徳不動産業者は風に吹かれる籾殻のように消え去るだけである。

『東急不動産だまし売り裁判』には躍動感がある。言葉の一つ一つを正確に使いながらも、自由に筆を躍らせた結果である。文章には書いた人の学識や性格、信念が表れる。告発本には武術と似た緊張感がある。『東急不動産だまし売り裁判』の執筆は武士が刀を構えることに匹敵する。その文章は流れる水であり、激流となって読者の心に流れ出す。話さなければ伝わらない真実があり、文字にして残さなければ消えてしまう善意がある。

マンション売買契約の取り消しを求める『東急不動産だまし売り裁判』の執念には驚かされる。その執念が悪徳不動産業者の拝金主義に汚染された日本社会を少しでも良いものにする力になる。世の中には諦めていい闘いもあれば決して諦めてはならない闘いもある。東急不動産だまし売り裁判は、より良い未来のための闘いである。『東急不動産だまし売り裁判』が日本社会に突き付けた課題から逃げてはならない。
http://hayariki.net/#13

林田力『東急不動産だまし売り裁判』の魅力

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の魅力には抵抗できないものがある。ページをめくり始めると、たちまちのうちに心を奪われてしまう。東急リバブル・東急不動産は健全な不動産市場で許容される企業としては、あまりにも恐ろしくて忌まわしく、断じて存在してはならないものであった。悪徳不動産営業の笑いは妖術師の哄笑のように耳障りなものであった。
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マドンナ・ヴェルデ

マドンナ・ヴェルデは海堂尊の小説。代理母出産をテーマとしたジーン・ワルツの出来事を代理母の立場から描く。患者を主人公とすることは珍しい。主人公は桜宮市に長年居住した桜宮市民であるため、ショッピングセンターの火災やボンクラボヤなど桜宮市の出来事も言及され、桜宮サーガらしくなっている。意外なところで別の作品との接点を見せる桜宮サーガの壮大な世界観には圧倒させられる。しかし、著者も最初から全ての設定を考えていた訳ではないだろう。漫画バクマンの一話完結でない一話完結のように過去の作品を読み返し、何気ない描写に新たな作品で意味を持たせることもあるはずである。過去の作品を大切にすることが成功の秘訣である。
医療問題をメインテーマとする桜宮サーガであるが、開発優先の街づくりへの批判精神も旺盛である。夢見る黄金地球儀では個性のない再開発による地方都市の疲弊を描く。極北クレイマーではリゾート開発による税金垂れ流しと医療予算削減を相関させる。マドンナ・ヴェルデでは新築マンションの耐震強度偽装や手抜き施工に言及する。マンション紛争を扱った東急不動産だまし売り裁判著者にとってニヤリとさせられる内容である。
産婦人科医の置かれている厳しい状況への問題意識は極北クレイマーと共通する。市民が出産を安全なものと勘違いしていることが非難される。これは正当であるが、少子化対策から国が出産のリスクを周知させていない傾向があるのではないか。市民の意識を批判し、医者の立場に理解を求めるだけでは解決しない。林田力
http://hayariki.net/

東急電鉄が大井町線高架下住民に立ち退きを迫る

東京都品川区の東急大井町線の高架下の住民らは東急電鉄(東京急行電鉄)に立ち退きを迫られている。十分な生活保障もなしに長年住み慣れた家を追われ、路頭に迷う苦境に追い込まれようとしている。住民らは東急電鉄の住民無視の姿勢を強く批判する。

東急電鉄は大井町線高架下の住民らに突然、契約解除を通告した。しかも、僅か半年以内の立ち退きを迫る。住民らにとっては寝耳の水の自体という。賃貸借契約は長年、習慣的に自動更新されてきたためである。

東急が住民達に立ち退きを求める理由は、高架橋の耐震補強工事である。1995年の阪神淡路大震災を踏まえ、国土交通省は1995年と2001年に耐震補強工事の通達を出した。それに応えることを根拠とする。しかし、これまで東急電鉄は住民に通達を知らせず、不意打ち的に契約解除を通告した。
http://blog.livedoor.jp/hayariki2/archives/1690404.html
住民らは「長年平穏裡に大家と店子と言う関係を築いてきた信頼関係を土足で踏みにじり、ふいの平手打ちを食らわせるような東急のやり口に、住民側が強く反発するのはいわば当然」と語る。ある住民は「高架下で60年も生活をしてきたが、一方的に出て行けと言われても行き先がない」と語る(「東急立ち退き要求に高架下住民『ついの住み家 一方的に奪うのか』」赤旗日曜版2011年12月11日)。

3年前に自宅を改修した住民は「高架下の自宅を建て替える時に、東急は一言も耐震化計画の事を触れなかった。何十年もかけて苦労して貯金し、自宅を改修した今になって、出て行けと言われても困る」と述べる(なかつか亮「週刊区政報告」343号、2011年12月25日)。

住民によると、東急側の交渉役の従業員は「事前に知らせると住民側が立ち退き交渉を邪魔するために、種々悪質な妨害工作をする時間を与えることになるから、それを避けるために事前通告をしなかった」と開き直ったという(「東急電鉄の非情に対して訴える」『【東急】高架下のホームレス化を強いられる住民【大井町】』2011年7月6日)。
http://hayariki.blogspot.com/2011/12/blog-post_30.html
自社の利益しか考えない東急不動産だまし売り裁判と共通する不誠実さである。これはは東急リバブル東急不動産が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした事件である(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。住民の過酷な状況への想像力と思いやりが欠けている。住民の生活基盤を破壊する追い出し行為が行われている点では住まいの貧困問題と捉えることもできる。

公益法人の素顔

日本赤十字社というと公益性の高いというイメージがありますが、自己の敷地にデベロッパーと組んで超高層マンションを建設して住民反対運動を起こされたこともありました。社員は地域の名士と呼ばれる人々が多く、体質的には保守の側です。義援金の問題も追及される価値があると思います。
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2012年2月18日土曜日

銀魂43巻、金魂編

主役について考えさせられた銀魂の金魂編であるが、準主役の立ち位地も考えさせられる。銀時、志村新八、神楽の三人が万事屋トリオで、新八と神楽は他の脇役とは格が違う。かぶき町四天王編では新八が椿平子、神楽がマドモアゼル西郷を倒すという見せ場を作った。
これに対して金魂編では存在感が薄い。仲間との絆の確認では月詠、九兵衛、さっちゃんとのシーンが印象的である。銀魂が歴史を重ねて魅力的なキャラクターを作ってきたために相対的に当初の主要キャラの活躍が少なくなった。
一方で金魂編の後半では万事屋トリオに志村妙を加えた四人を、はじまりの四人と特別視する。新八や神楽が一般レギュラーと同じレベルになるか、準主役扱いを維持するかにも注目である。林田力
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あの時、ああ言っていた

これは考えさせられました。考えは、まとまっておりませんが、思うところがあります。
東急不動産だまし売り裁判は、まさに「あの時、ああ言っていただろう」の責任追及の世界でした。東急不動産住宅事業本部の課長は「裁判所でも、どこでも好きなところへ行って下さい」と言い放ちました。ところが、その後で卑怯かつ愚かにも話し合いを打診してきました。当然のことながら、「あの時、ああ言っていただろう」の精神で無視し、東急不動産を提訴しました。
日本の役所や企業は、その場しのぎの発言でごまかし、都合が悪くなると前言を翻す傾向が強すぎます。件の似非平等主義者も、過去をなかったことにし、やり直したがっているために粘着しているように見受けられます。自己の前言を反省しなければならないのに、それはないことにして、これからどうするか愚にもつかない考えを巡らします。
日本人全般を見れば「あの時、ああ言っていた」と追及しないで終わらせがちです。だから役所や企業は安心して不正を繰り返すことができます。特に不正を追及するジャーナリストに「あの時、ああ言っていただろう」の精神は求められます。周囲が、そのような方ばかりならば羨ましいほどです。
私が推奨するまでもなく、それなりに不正と闘ってきたならば欺かれた経験の一つや二つはあり、「あの時、ああ言っていただろう」と徹底的に追及できない不満が鬱積しているはずです。問題意識としては正しいですが、鬱積した不満が攻撃しやすい良心的なジャーナリストの失言に向けて爆発してしまうこともあります。
自己の過ちを直視できる人と、都合の悪い事実をなかったことにして話を続ける人は区別して対応したいと思います。
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『新しい道徳』痛快な携帯メール依存症批判

藤原和博『新しい道徳』(ちくまプリマー新書)は民間人初の公立中学校長として話題を集めた人物が現代社会に即した道徳を提言する書籍である。私は道徳の書籍というものに必ずしも好印象を抱いていない。唯一絶対と信奉する価値観を一方的に押し付ける印象が強いためである。

愛国心教育が典型であるが、愛国心の押しつけを批判する側にも似たような傾向がある。教育現場を覆う管理主義は深刻な問題である。しかし、それを批判する教師側にも自己の考えのみを絶対視し、自己と他者を線引きする偏狭さが見受けられる。同じような管理主義の犠牲者の教師に対しても考えの相違する人々に対しては連帯ではなく、反動的な知事や教育委員会に対して同じように執拗に攻撃する。

私は政策作りの市民運動に参加したことがある。そこで管理主義批判の立場から「教育の自由」という提言がなされたが、これに対して「教師に好き勝手させるような印象を与える」との反対意見が出され、「教育の自主性」に変更されたことがある。一部の人々の独善は進歩的な市民でさえも辟易させてしまう。

進歩派さえ辟易する状況である。故に「腐った公務員を何とかしてほしい」と考える多数の市民が「荒療治が必要」「病根を断つために極端な手段も正当化される」と管理教育を推進する首長を支持してしまうことも説明がつく。強権的な首長を手法に問題があっても、むしろ問題があるからこそ支持してしまうという心理である(林田力「都知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価」)。

http://www.hayariki.net/poli/tokyo.html

これに対して『新しい道徳』は価値観の多様性を前提とする。唯一絶対の正解の押しつけを否定することから出発する。それ故に著者の結論に納得する人だけでなく、著者の結論を支持しない人も一つの考え方として読む価値がある。

興味深い内容は携帯メール依存症批判である。携帯メール依存症の問題は既に様々なところで指摘されている。本書では携帯メール依存を世代間ギャップと捉えるきらいがあるが、若年層の間でも携帯メール依存症は恥ずかしく、迷惑な存在である。若年層に人気の漫画の中でも携帯メール依存症は風刺されている(林田力「空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値」PJニュース2011年11月4日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20111103_2

この点で著者の若者観にはステレオタイプな傾向があるものの、携帯メール依存の弊害の指摘は重たい。携帯メール依存症患者は携帯メールによってつながっているという安心感が生まれる。これは幻想的なものであるが、本人にとって心理的な安心感が得られる。

これが相手の都合を無視してメールを送りつけながら、返事がないとキレるという身勝手な理由である。メールは電話と異なり、非同期性が最大の特徴であるが、同期的な使用法しかしないならば愚かである(林田力「電子メールの同期性と非同期性(上)」PJニュース2010年12月16日)。

このように携帯メール依存症は携帯メールのコミュニケーションの世界でも迷惑な存在である。しかし、携帯メール依存症の弊害は携帯メールの世界にとどまらない。つながっているという幻想的な安心感によって感覚が麻痺し、いつでも質問すれば誰かが反応してくれると考えてしまう。その結果、自立心や異なる価値観に立脚する他者の話を聞く能力が失われると指摘する。

この指摘は説得的である。たとえばパソコンのメールを携帯メールの感覚で雑な文章で書いて読み手の反感を買うケースは現実にある。まさに道徳(モラル)の問題として取り上げる価値のある話である。携帯メール依存が人間を壊すことが理解できる内容であった。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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2012年2月17日金曜日

携帯メール依存症は友達がいない

アニメ銀魂「悪ガキどもの祭典」でバラガキ編が佳境に入る。バラガキ編は一方的にメールを送りつけて返事を期待する携帯メール依存症を風刺しているが、アニメではパワーアップしている。冒頭のラップではメール依存症のキャラがメル友なしと断言している。
戦闘シーンは凝っている。真選組のシリアス長編は真選組にもってかれる傾向があるが、バラガキ編では坂田銀時がラストに見せ場を作った。ポリ公とは性に合わないという銀時が光る。林田力
http://hayariki.net/

二子玉川ライズ・ショッピングセンターは省エネに反する

東京都世田谷区の二子玉川ライズ・ショッピングセンターの省エネは欺瞞である。本来の意味では環境省「省エネ・照明デザインアワード2011」商業・宿泊施設部門グランプリに二子玉川ライズ・ショッピングセンターほどふさわしくない施設も珍しい。

二子玉川ライズは二子玉川の自然を破壊して建設された。いくら自然の光をイメージしたところで、緑豊かな自然を破壊したコンクリート建造物の照明は欺瞞である。二子玉川ライズは日照被害、通風悪化、反射光害と省エネに反する。高層ビルの日影になるために余計な照明が必要になる。多摩川からの風で夏でも冷房なしの生活ができた住宅も高層ビルが風の通り道を塞ぐためにエアコンが必要になる(林田力「二子玉川ライズ行政訴訟は原告適格の審理へ」)。

http://www.hayariki.net/futako/

二子玉川ライズは多数の住民の反対を無視して建設された(林田力『二子玉川ライズ反対運動』マイブックル)。住民の慣れ親しむ環境を破壊して建設された二子玉川ライズは、住民にとって優しく気持ちの良い環境にはならない。建物の裏ではファーストフードの臭気が温風と共に噴出している。建物の周囲には強烈なビル風が吹き荒れ、傘を何本も壊された。風で吹き飛ばされ、骨折した老婦人もいる。

2012年2月16日木曜日

東急不動産だまし売り裁判の魅了

東急不動産だまし売り裁判の型破りの大きさに心から魅せられた。東急リバブル東急不動産のマンションだまし売りで林田力は奈落の底へ突き落とされる。真実を覆い隠すと悲劇が広がっていく。
それでも根無し草のように自分を信じられぬ悪徳不動産営業に比して、しっかりと根を下ろした林田力の幸せを感じ取らずにはいられなかった。東急リバブル東急不動産に虐げられた人々を思いやる林田力の細やかな心遣いは得難い資質である。
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2012年2月15日水曜日

Re: 知事が「やつ」・・・ 脱原発宣言を迫りましょう

罵るよりも埼玉県知事として実効的な対策があります。不買運動です。満天下に迷惑をかける不当な企業と考えているならば、電力を購入せず、1円も払わないことです。残念なことに一般消費者は電力会社を選択できませんが、大口需要家は電力自由化によって電力会社を選択できます。
実は埼玉県では2005年から電力を入札により調達しており、電力調達の先進自治体です。しかし、日本の電力自由化は抵抗勢力に骨抜きにされ、発送電の分離が不完全な不十分な自由化であり、入札しても東京電力が落札するケースもあります。不当な企業と考えているならば契約しないことです。
電気料金の値上げもあって、自治体の入札による電力調達は広がっています。脱原発を掲げた保坂展人氏が区長に当選した世田谷区では2012年度から111施設を対象に競争入札を始める予定です。入札によって電気料金を2千万円程度節約できる見込みとしています。保坂区長の支持集会では「世田谷電力」構想も打ち上げられました(林田力「保坂展人・世田谷区長は世田谷電力で脱原発!?」)。
http://www.hayariki.net/shimokita.html
原発に反対する市民が原発推進企業から電気を購入しなければならないことは大きな不合理です。せめて自分達の代表である自治体には競争入札を導入し、原発推進企業を排除してもらいます。それによって経済原理による脱原発が促進されます。

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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西海の海賊王、平清盛

平清盛は海賊討伐で初陣する。海賊には中国の影響が濃い。海賊側は中国語が飛び交う国際色豊かな集団である。カリブの海賊のような格好もいる。伝統的な時代劇の姿とは異なる異国風の世界である。
平家は朝廷の命を受けた官軍であるが、海賊側と比べて装備が優れている訳ではない。海賊の乗る巨大な唐船は平家の軍を圧倒する。
清盛の勢力伸張のきっかけとなった保元の乱や平治の乱は複雑な人間関係で日本史学習者を悩ませている。ドラマでも平板に描くならば、つまらなくなる。源義朝や新西ら魅力的なキャラクターを出している。彼らは皆、摂関家などの門閥貴族が支配する世の中の矛盾を感じている。後に清盛と源義朝は戦うことになるが、どちらが勝っても公家の時代は終わる宿命である。
海賊王になると海賊の頭目が叫ぶ。民を虐げる頭が悪になる。それを清盛も面白がる。
兎丸。どんだけ民を苦しめれば気が済むのか。
清盛は兎丸とぶつかることで抑圧された自分の思いを吐露する。
清盛。王家の犬では終わらぬ。
自分の方向性を見出したため、爽やかな笑顔を見せる。武士の力を見せつける。林田力
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2012年2月14日火曜日

花の慶次

「花の慶次・雲の彼方に」はかぶき者という言葉を一躍有名にした漫画である。第一話は慶次が滝川一益の麾下にいた頃の話である。滝川一益は織田信長の命で関東を攻略していた。愛馬・松風との出会いが描かれる。第二話から豊臣政権下に時代を移し、前田家中での暴れっぷりが描かれる。
筋を貫く慶次の美学は多くの読者を痺れさせた。その精神性は悪徳不動産業者と闘う消費者を描いた東急不動産だまし売り裁判と共通する。林田力
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ベーシックインカムの思想史

第20回CS神奈川懇話会>「ベーシックインカムの思想史」
報  告:高橋 聡さん(生存権フォーラム事務局長)
日  程:2011年2月12日(日曜日) 
時  間:午後1時30分開始(1時開場)
場  所:中原市民館2F第2会議室(JR南武線・横須賀線または
      東急東横線武蔵小杉駅より徒歩約7分)
所 在 地:川崎市中原区新丸子東3—1100—12パークシティ武蔵小杉
      ミッドスカイタワー1・2階
参 加 費:500円(懇親会費別) / カンパ歓迎
主  催:政治の変革をめざす市民連帯・神奈川
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http://hayariki.net/

市民の政治参加

小沢支持者の最大の功績は政治家を市民の側に近付けたことである。自民党幹事長であった小沢氏は市民派から見れば限界はある。それ故に小沢氏に足りない部分を指摘することは容易である。しかし、保守の嫡流であった小沢氏が対米従属路線を批判し、国民生活が第一と唱え、市民派の集会に参加することは逆に驚くべきことである。ここには小沢支持者の熱烈な働きかけがあった。
政治参加の王道は、自分達と同じ考え方の人を候補者として当選させることである。しかし、この点で市民派が十分な成果を得たとは言えない。むしろ、同じ考えにこだわるあまり、幅広い支持を失う傾向があった。
これに対して既存の有力政治家に働きかけて、自分達の視点をもってもらうことも一つの政治参加である。小沢支持者の活動は、この点の政治参加の大きな成功例である。
http://hayariki.net/

2012年2月13日月曜日

除染についての公開質問状

市民が求め創るマニフェストの会では福島県知事に対して除染についての公開質問状を送付しました。
http://hayariki.net/hayariki2.htm#5
2012.2.9

福島県知事 佐藤雄平 殿 

市民が求め創るマニフェストの会

 佐藤雄平知事をはじめ福島県民のみなさまにおかれましては東北大震災における被害にとどまらず、福島第一原発事故に遭遇し事故収拾は今後30年とも50年とも言われ、その心労について心からお見舞い申し上げます。貴兄をはじめ福島県にて行政に取り組まれる皆様方の昼夜を分かたず献身的に取り組まれるご労苦とご努力に頭が下がる想いが致します。

 今回の事故の責任は国と東京電力であり、県民には一切責任ありません。一部には原発立地に賛成したではないか、と言われていますが「原発は絶対安全」と説得されれば賛成するのは自然でしょう。今まだ放射能は漏洩しています。これを完全に止めさせ、汚泥の保管を東電に処理させるよう、国と東電に要求していく必要があります。

 さて福島県におかれましては、2月2日に総額1兆5763億円の2012年度一般会計当初予算案を発表なされました。福島第1原発事故による放射性物質の除染や被ばくから健康を守るため、前年度比75.1%増と大幅に伸び、12年ぶりに過去最高を更新しました。15日開会の県議会2月定例会に提出される、とのことです。(2012.2.3河北新報)

除染、汚染廃棄物処理関係予算について質問をさせていただきます。

 除染費用について国は約1兆数千億円の予算を計上しています。これは福島県民を主に被曝から健康を守る為(除染、汚染廃棄物処理、中間貯蔵施設調査等)と、政府は発表しています。

 この除染費用は福島県民を含む国民の税金から支出されることであり、私どももこのことに、関心をもちその成果を見守っています。

公開質問

1 私どもは除染を行う前に県民の健康を守るため、移住(主に県外でその費用は除染対策費用等で賄う)を先に行うべきと考えています。

それは、除染についての有識者の見解を学ぶ中で、いくつかの懸念を知ったためです。さらに、大人よりも体内被曝を受けやすい成長期の子どもたちが成長期に被る著しい被害を避けるためには、なによりも遠隔地に避難することが現実的な有効策と考えるからです。

 除染につきまして、除染を行って排除され排出される放射性物質の収集とその保管は、具体的にどのようになされるのでしょうか。それを明らかにしてください。

2 除染は移染・拡散とも言われており、除染の効果は余り期待できない、と言われています。

除染によって健康を守る、と言われていますが、それはどのような方法によって検証・実証されるのでしょうか。そのことを明らかにしてください。

 以上二点について公開質問状を提出致します。ご多忙中と思いますが、回答を2月29日(水)までに、文書にてお願い致します。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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女性天皇・女性宮家と男女同権

賛否両論ある女性天皇(女系天皇)・女性宮家。男女同権を推進する立場から検討する。結論を先に言えば男女同権論者として女性天皇や女性宮家を支持することも反対することも成り立つ。

まず賛成論である。表面的には女性天皇・女性宮家は男女同権と親和性がある。男性皇族に限定されていたものを女性皇族にも認めるものであり、両性の平等に資する。看護師のように特定の性のみの職種が別の性にも認められることは男女同権の流れである。

女性天皇・女性宮家反対論の拠り所は伝統であるが、これは理由にならない。まず現代においては天皇制の拠り所は日本国憲法である。過去の天皇制がどのようなものであれ、現代の天皇制は日本国憲法の定める「両性の本質的平等」に即して制度設計されなければならない。

反対論は男系にしか遺伝しない「Y染色体」という生物学的な要素まで持ち出すが、これも理由にならない。伝統的な天皇制は男系でも女系でもなく、両系であった。皇后は皇族に限られ、父親だけでなく、母親の身分も重視された。皇后が人臣である藤原氏から出されることが常態化することで既に天皇家の伝統は崩壊している。

また、「Y染色体」が根拠ならば全国に広がる源氏や平氏など全ての皇室に連なる男系の子孫は皇位を主張できることになる。「Y染色体」論は皇室の伝統を守る立場から出ているが、むしろ皇室を相対化し、その神聖性を希薄化することになる。「Y染色体」論を登場させた点で女性天皇論の功績になる。

次に反対論である。第一に女性天皇・女性宮家が真の男女同権になるかという問題がある。単に女性が天皇に即位し、宮家を開設できるだけでは男女同権には不十分である。男性天皇と女性天皇、男性宮家と女性宮家の区別がなくなって初めて男女同権と呼べる。この点で歴史上存在した女性天皇は男女同権からの女性天皇論の根拠にはならない。

現実問題として女性天皇・女性宮家を認める場合には法律の改正が必要で、その場合に女性天皇・女性宮家ならではの条項が定められることが予想される。女性天皇・女性宮家を認めることで、かえって男女の差異を際立たせる危険性も高い。それが男女同権に資するか、女性差別を拡大するか議論が分かれるところである。

第二に法の下の平等の矛盾拡大である。世襲制の天皇・皇族は日本国憲法の定めた法の下の平等の例外である。よって可能な限り、限定に解釈することが法の下の平等からの要請である。女性皇族が婚姻によって皇族から抜けることは、法の下の平等の範囲を広げる意味では望ましい。反対に天皇や宮家という法の下の平等に反する地位に就ける人を拡大することは、法の下の平等との矛盾を拡大する。

たとえば女性天皇を認めるとして、親王と内親王がいた場合に皇位継承順序をどうするかという問題がある。もし親王に優先順位があり、親王がいない場合だけ、内親王が即位できるとなれば男女差別である。親王・内親王に関わらず、年齢順で継承できるとすれば男女は同権であるが、兄または姉と弟または妹の間で年齢による差別になる。結局のところ、天皇制自体が差別の根源であり、取り繕うとしても別の観点で矛盾が生じてしまう。

女性天皇・女性宮家の議論では純粋な理念としての男女同権だけでなく、現実政治における主張者の動機も分析する必要がある。賛成論は皇位継承者や皇族の減少という現実に直面して天皇制を延命させるために提示された。男女同権という理念から提示されたものではなく、男女同権論者が熱くなる話ではない。

皇位継承者や皇族が途絶えてしまうならば、法の下の平等を実現する上で望ましい結果になる。日本国憲法の最大の矛盾が天皇制であり、その矛盾を抱えた日本国憲法を護る護憲運動に終始していることが日本の市民運動の限界であり、弱点であった(林田力「中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化(下)」PJニュース 2010年12月5日)。皇室が自然に途絶えるならば憲法改正を経ずして天皇制を解消できる。

女性天皇・女性宮家の熱烈な反対論にも思惑が見え隠れする。敗戦によって皇族から離脱した旧宮家の子孫が、あわよくば皇族に復帰しようという思惑である。結局のところ、明仁一家と遠い親戚との間のお家騒動という側面がある。この視点に立つならば皇太子夫妻への人格攻撃も理解しやすくなる。女性天皇・女性宮家を否定した上で天皇制を存続させようとするならば旧宮家の子孫の皇族復帰は現実的な選択肢になる。
http://hayariki.net/hayariki2.htm#16
旧宮家の皇族離脱は皇室なりの戦争責任の果たし方であった。本来は昭和天皇(裕仁)が退位すべきであった。承久の乱のように敗戦による退位は珍しくない。それが天皇制を存続する道であった。昭和天皇が留まったことは天皇制の伝統からも特異であった。それは戦争責任の追及が不十分になっている大きな要因である。旧宮家の皇族復帰までも認めるならば戦後改革を否定する逆コースを象徴することになる。

故に「旧宮家の皇族復帰を阻止するためにも女性天皇・女性宮家を認めるべき」との主張は一つの現実論である。「皇族が途絶えて自然消滅させることが法の下の平等を達成する」は楽観論である。現実に途絶える事態になれば、旧宮家を皇族復帰させて天皇制を延命させようとする公算が高い。それならば女性天皇・女性宮家を認めた方がいいという考えも成り立つ。

一方で旧宮家を皇族復帰させた方が天皇制の矛盾を明らかにできるとの考えもある。現状では天皇制は国民に広く支持されているが、それは現在の天皇・皇族の人間性に負うところが大きい。現在の内親王が天皇や宮家設立するならば国民の支持は得られやすい。

残念ながら天皇制と差別についての国民の問題意識は低いものの、それまで馴染みのなかった人物が、祖先が天皇というだけで皇族となることに支持するほどには国民は幼稚ではない。旧皇族の皇族復帰は世襲に基づく天皇制の不合理を白日の下に晒すことになる。それ故に天皇制に批判的な立場からも、むしろ旧宮家の皇族復帰を歓迎する心理も働く。

以上の通り、女性天皇・女性宮家は男女同権論者が必死に推進するほどの価値はない。世界的には「女性兵士が男性兵士と同じように従軍し、人殺しをすることが男女同権」というフェミニズムもある。しかし、男女同権以外の矛盾や人権侵害を放置して男女の平等だけを目指すことが正しいフェミニズムの姿勢ではない。女性天皇・女性宮家賛成論も独善的なフェミニズムに陥る危険がある。

一方で男女同権の立場から女性天皇・女性宮家を賛成することがシャローということにはならない。まだまだ日本は男女同権の後進国である。一端の市民運動家を気取る人物でさえ、面識のない大人の女性を自分の娘ぐらいの年代だからという理由で「ちゃん」付けで呼ぶことを正当化するレベルである(林田力「若年層右傾化の背景と限界」)。フェミニズムの独善を懸念するほどの水準に至っていない。
http://www.hayariki.net/poli/zainichi.html

そして女性天皇・女性宮家は天皇制への問題提起になっている。天皇制の延命が動機であるとしても、天皇制の強固な信奉者からは猛反発を受けている。これによって市民感覚と乖離した天皇制の反動性が明らかになる。天皇制の枠内で男女平等を追求しても別の箇所で矛盾が拡大する。これは真実であるが、現行の天皇制の男女不平等を指摘しなくていいということにはならず、問題提起には意義がある。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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超高層ビルのガラスの危険

超高層ビルはガラスも危険である。誰かが力を加えたわけでもないのに、高層ビルのガラスが突然割れて地上に降り注ぐ危険がある。東京・丸の内の三菱商事ビルディングでは2009年7月にガラス落下事故が起きた。原因はガラス中の不純物の膨張である(「高層ビルのガラスが自然に割れる?」ケンプラッツ2010/04/13)。割れない前提で「倍強度ガラス」が使われていたが、高層ビルという特殊性で割れてしまった。

落下事故を受けて三菱商事は塔屋のガラス520枚を撤去する(「三菱商事ビルでガラス520枚撤去、09年の落下は不純物膨張」ケンプラッツ2010/04/05)。三菱商事ビルでは海外で製造された倍強度ガラスが落下した。しかし、アラップ・ジャパンの松延晋氏は国産メーカーでも倍強度ガラスの自然破損が「私の知っている範囲でも3件ある」と語る(「追跡・ガラス落下事故(2)JISより厳しい管理を求める」ケンプラッツ2010/04/26)。

超高層ビルのガラスは風にも弱い。米国では指先ほどの大きさの小石がガラス張りの高層ビルを機能停止に追い込んだ実例がある。2005年にニューオリンズ市を襲った「カトリーナ」では、市内の高級ホテルの窓ガラスの多くが割れて室内が水浸しになり、長期にわたって使用が不可能になった(「もし巨大台風が高層ビル街を直撃したら?」ケンプラッツ2011/09/20)。
http://tokyufubai.bakufu.org/nikotama.htm

東急不動産だまし売り被害経験

それは自ら経験した人間でないとわからない面があると思います。私自身が東急不動産だまし売り裁判がなければ無自覚な体制の歯車であった可能性を否定することはできません。ですから自らの体験に基づいて、表向きは平等を口にする輩の欺瞞を認識することは重要と思います。
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2012年2月12日日曜日

Re: 中沢氏ら、脱原発運動で広く連携

脱原発運動で広く連携するという記事の趣旨は非常に結構なことと思います。
一点だけ「外国の「緑の党」とは異なる日本の自然観を重視した環境政党を目指す」という点が気になりました。具体的な内容が分からないために的外れな懸念かもしれませんが、りませんが、自然保護という思想も西洋的な自然観の産物であると考えます。

環境問題と東西の思想
http://www.hayariki.net/poli/eco.html
自然を征服する西洋思想が環境破壊を進める原動力となったことは否定しない。しかし、自然を破壊し過ぎると人間にとっても住みにくくなる。そのため、自然保護の声が出てくる。つまり、自然を征服する西洋思想も行き着くところまで行けば自然保護の発想につながる。
ところが、東洋思想では自然は征服や支配ではなく、受け入れ、共生する対象である。ここからは人間にとって暮らしやすい自然を維持・修復するという発想が生まれにくい。そのような思想的基盤のある社会で、自然を汚染・破壊する科学技術が使われたらどうなるか。
人間の経済活動によって自然を汚染・破壊しておきながら、積極的な手を打たず、汚染・破壊されたままにしてしまう。

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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脱原発と自然エネルギーの話 林田力

脱原発と自然エネルギーの話 林田力
http://www.labornetjp.org/news/2012/1328885303120mu07
林田「自然エネルギーが発展途上であるという現実は、政府が原発に偏って自然エネルギーの研究を促進してこなかったためであり、自然エネルギーが悪い訳ではありませんが、直近の代替としては力不足です」
脱原発と火力発電所の話 林田力
http://www.labornetjp.org/news/2012/1328963130015mu07
林田「原発推進派には原発反対派に代案の提示を要求する者がいますが、筋違いです。原発反対派は原発が問題であるから反対するだけであり、代案を提示しなければならない義務はない。政商と批判される孫正義のような自然エネルギー利権などに原発反対派が巻き込まれる必要はないのです」

二子玉川の環境を守る会総会
http://hayariki.net/futako4.htm#10
ジャーナリスト講座 全てを疑え!
http://hayariki.net/hayariki2.htm#16
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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二子玉川ライズの風害は大きな問題

二子玉川の環境を守る会は2012年2月11日、世田谷区内で総会を開催した。林田力も参加した。総会では会場から二子玉川ライズの問題への指摘が相次いだ。

二子玉川ライズの風害は大きな問題であるが、これから南風が吹くようになると一層悪化する。警備員も立っていられない。メガネが飛ばされる。傘がダメになる。反射する風も合わせて、両方向から風が吹くため、どちらの方向に向けても傘は壊れてしまう。

風によって老婦人が転倒した場面に遭遇した。助け起こしもできないほど風が強い。骨折していた。小学生を通せない。風の日はご飯を食べに駅の方に行けないという住民もいる。再開発組合に対応を求めたところ、「東急さんがやってくださる」との回答であった。それは違うのではないか。再開発組合はビル風対策として植栽を配置するが、住民から見て気休めにもなっていない。

二子玉川ライズ・タワー&レジデンス住民にとっても風害は問題である。マンションには若者だけではなく、高齢者も居住している。高齢者にとってビル風の影響は大きい。

二子玉川ライズの入居商店の経営が成り立たないという話を聞く。ファッションや不動産など業種が偏っている。賑わいの街づくりにならない。

(林田力コメント:現実に二子玉川ライズのタウンガイドには、二子玉川ライズ・バーズモールは空き店舗が目立っている。東急不動産は商業施設「東急プラザ 表参道原宿」を発表したが、「もっと庶民に手の届く、衣、食を提供して欲しい」「どこにでもある店… それがキー店舗だなんて。」「魅力のない店ばっかり」「原宿に憧れ、原宿で育った私としては、かなりがっかりな店舗展開。どこか郊外のアウトレットかと思いました…」との酷評が相次いでいる。

東急不動産の担当者は開発が仕事であって、建物が10年後にどうなっているかということは考える体制になっていないことである。分譲マンションならば販売は東急リバブル、管理は東急コミュニティーに丸投げである。この無責任体質は東急不動産だまし売り裁判で強烈に痛感させられた。

商業施設でも開発が終わって開業すれば開発担当者は次の開発が仕事になる。開業当初が繁盛していれば、担当者は成功と評価される仕組みである。最近では不動産投資信託REITというものもあり、収益が下がった商業施設はREITに売却して、一般投資家に尻拭いさせることもできてしまう。二子玉川ライズがビジネス的にも失敗することを予想することは容易であるが、それは開発担当者に計画を縮小させる誘因にはならない企業体質が問題である。)

新築マンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」は売れるはずがないと思っていたら、案の定、売れなかった。最近では二子玉川ライズの賃貸が出回っている。日本では空き家が増えている。二子玉川ライズに税金を投入するならば、東北に使うべきである。
http://hayariki.net/futako4.htm
下北沢のアンケートでは大多数が駅前広場に車はいらない、バスもいらないという結果になった。歩行者優先の街づくりを求めている。

二子玉川ライズに税金が使われていることを知らない人が多い。高齢者の置かれている過酷な状況を無視して、税金が開発に遣われている。問題を抱えていることに税金を遣わずに何で二子玉川ライズに税金を遣うのか。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力が野宿者強制排除抗議声明に賛同

『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者の林田力は、竪川河川敷公園野宿者有志、山谷争議団・反失実、山谷労働者福祉会館活動委員会の「江東区による竪川河川敷公園での野宿者強制排除に対する抗議声明」に賛同する。野宿者強制排除は人権侵害であり、住まいの貧困をもたらすものである。

特に声明文の「貧者を追い出して進む街の再開発に異議あり」に怒りを覚える。貧困や差別の解消ではなく、眼前の貧困や差別を目の前から消すことによって見せかけの経済的繁栄を謳歌しようとする。開発優先・金儲け優先の日本の歪みがまとめられている。

林田力は東急リバブル東急不動産から不利益事実を隠して東京都江東区の新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した。この経験があるために二子玉川ライズなど東急グループの開発に苦しめられている住民と連帯してきた。その一つに東京都品川区の東急大井町線の高架下立ち退き問題がある(林田力「東急電鉄が大井町線高架下住民に立ち退きを迫る」)。

http://www.hayariki.net/tokyu/ohimachi.html

東急電鉄が長年居住及び営業してきた住民を十分な生活保障もなしに追い出そうとしている問題である。高架の耐震補強工事を理由とするが、東急電鉄は工事完了後に立ち退かせた賃借人を居住させることを約束していない。

結局のところ、高架下を富める者のために作り変えるものであり、貧者を追い出して洒落た施設を造り、地域を富める者のために作り変えようとする開発にほかならない。この問題意識から林田力は竪川河川敷公園野宿者有志に連帯と賛同を表明する。
http://hayariki.net/hayariki2.htm#1
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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二子玉川ライズ風害

二子玉川の環境を守る会は2012年2月11日、世田谷区内で総会を開催した。林田力も参加した。総会では会場から二子玉川ライズの問題への指摘が相次いだ。
南風が吹くと風が強くなる。警備員が立っていられない。メガネが飛ばされる。傘がダメになる。老婦人が倒れた。助け起こしもできないほど風が強い。骨折していた。小学生を通せない。風の日はご飯を食べに駅の方に行けない。再開発事業組合に行ったら、東急さんがやってくださると言った。それは違うのではないか。
二子玉川ライズの入居商店が成り立たないという話を聞く。ファッションや不動産など業種が偏っている。賑わいの街づくりにならない。二子玉川ライズのタウンガイドによると、二子玉川ライズ・バーズモールは空き店舗が目立つ。
再開発組合は植栽をビル風対策とするが、住民は効果がないと主張している。
工事説明会で日影図の提示を要求した。長時間日影になることが分かった。影響を受ける住民に見せるためにコピーを要求したが、裁判を理由に再開発組合は断った。世田谷区にメールしたが、組合の私的資料なので見せられない。再度、厳しい表現を入れて区に要求したところ、住民に提示しない理由が不明のため、再開発組合に理由を求めると軟化した回答になった。
二子玉川ライズの新築マンションは売れるはずがないと思っていたら、案の定、売れなかった。最近では二子玉川ライズの賃貸が出回っている。日本では空き家が増えている。二子玉川ライズに税金を投入するならば、東北に使うべきである。
下北沢のアンケートでは大多数が駅前広場に車はいらない、バスもいらないという結果になった。歩行者優先の街づくりを求めている。
二子玉川ライズに税金が使われていることを知らない人が多い。高齢者の置かれている状況を無視して、税金が開発に遣われている。問題を抱えていることに税金を遣わずに何で二子玉川ライズに税金を遣うのか。林田力
二子玉川ライズ・タワー&レジデンス住民にとっても風害は問題である。高齢者も居住している。
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江東区による竪川河川敷公園での野宿者強制排除に反対する抗議声明

江東区による竪川河川敷公園での野宿者強制排除に対する抗議声明【拡散】

 江東区の竪川河川敷公園で、暴力により野宿者を追い出そうとする動きが進行しています。昨年末から江東区は公園内の15軒の小屋に対し行政代執行の手続きをはじめました。現在(2月6日)、対象地に一軒だけ残った高齢の仲間の小屋に代執行の令書が出され、代執行が目前に迫っています。行政代執行に強いられる形で公園の他の地域に移動した仲間の小屋(約15軒)に対し、区は1月27日に100人のガードマン、作業員を動員し、小屋の周囲を取り囲むフェンス設置を暴力をもって強行しました。これにともない、事前に何の説明もないまま、公園の3分の1が封鎖されるという事態にまでなっています。公園にフェンスで閉じ込められ、野宿の仲間は仕事にいくこともままならない状態が続いています。
 公園や河川敷などの公共空間の野宿の小屋は、失業や貧困などの社会の矛盾が凝縮して現れたものです。野宿の小屋は、それらの矛盾に対し貧者が作り出した抵抗であり、具体的な解決策でもあります。野宿を生み出す社会の問題に目を向けず、ただ小屋を排除することで公園を"正常化"しようとするのなら、それは何の解決も生まないどころか、おびただしい数の貧者から屋根を奪い、死に追いやることになるでしょう。私たちは、江東区の野宿者排除に反対し、以下のことを求めます。

【1.公園の封鎖を今すぐ解いてください】
1月27日以来、竪川河川敷公園の3分の1(約1kmにわたる範囲)が封鎖され、通行できない状態になっています。この封鎖により、野宿の仲間たちはフェンスで閉じ込められた中、仕事にいくこともままならず、出入りを制限されての暮らしを強いられています。竪川河川敷公園は、2.5kmにわたって伸びる公園であり、周囲に住む人々にとっての生活道路としての機能も果たしてきました。公園の封鎖により、多くの人々が不便を被っています。しかし、この封鎖には何の法的根拠もありません。にもかかわらず、責任部署である水辺と緑の課の荒木課長は「私の一存で封鎖を決めた」と開きなおっている始末です。区が公園を封鎖したのは、自らのなりふり構わぬ野宿者の強制排除を覆い隠し、また、追い出しに対して反対の声をあげている野宿者の存在を世間に知られないようにするためです。しかし、もはや手遅れ。問題の所在は誰の目にも明らかとなっています。区は、直ちに公園の封鎖を解かなくてはなりません。

【2.ガードマン、職員の暴力について区は謝罪を】
1月27日、竪川河川敷公園の1/3が封鎖され、フェンス設置が強行される際、区の職員とガードマンによってすさまじい暴力がふるわれました。区による一方的な封鎖に対し、説明を求め抗議する野宿者や支援者を、暴力的に排除。殴る蹴る引きずるなどの暴力行為が吹き荒れました。特に、トスネットという会社のガードマンの暴力は突出しており、制服のワッペンを剥がして暴行に及ぶなど、警備業法に明らかに違反した行為すら目撃されています。区の水辺と緑の課は、ガードマンに暴力的な業務を命ずるだけでなく、自らも暴力行為を率先して行うなど悪質な行為を繰り返しました。そもそもガードマンの多くは雇用条件も賃金もそれほど良くなく、その多くは非正規雇用の労働者です。この貧しい者(ガードマン)を使って、より貧しい者である野宿者を暴力で排除させようとする区の姿勢は、絶対に間違っています。区は自らの暴力行為と、ガードマンに暴力行為を指示したことについて、謝罪すべきです。

【3.野宿の小屋に対する行政代執行を止めてください】
2月6日現在、代執行の対象地に一軒だけ残った小屋に対し、行政代執行の令書が出されています。代執行の期日は2/6〜2/10。その小屋に暮らすAさんは、60代半ばで体の調子があまりよくありません。移動する意志はあり、自分のペースで引越しの準備をしていますが、期日までに終わるかどうか不透明です。このような状態のAさんに対し、代執行による強制排除を行うことに何の意味もありません。
また、代執行に強いられる形で一月の終わりに代執行対象地から移動した仲間たちの小屋に対しても、新たに警告書が貼られています。これらの小屋にも、再び行政代執行を行おうというのでしょうか?しかし、このようなやり方を繰り返して何になるというのでしょう?代執行の手続きを今すぐに止め、これからも行わないよう求めます。

【4.野宿者についてのデマを流すのを止めてください】
江東区は、竪川河川敷公園の封鎖について、ホームページ上で「住民の安全をまもるため」と主張しています。しかし、これまで何年にもわたり、竪川河川敷公園に野宿の小屋はあり、地域で暮らす人々との間に一定の関係ができていました(挨拶を交わしたり、衣類や食べ物の差し入れなど)。暴力的な封鎖をして、それをテントのせいにするのは、野宿者と地域で暮らす人々との関係を悪化させるためとしか思えません。また、江東区では少年らによる野宿者襲撃が数多く起きています。2011年12月11日には、区内の公園で野宿する仲間が襲われ、肋骨3本を折る大怪我を負っています。野宿者を暴力で追い出し、なおかつ「野宿者は危険」というデマを、区自らが流すことは、少年らによる野宿者襲撃を煽ることになります。このようなデマを流すことを直ちに止めるよう求めます。

【5.区は「だまし討ち」による強制排除の責任をとり、真摯な話し合いを】
今回の一連の強制排除が起こる前、江東区水辺と緑の課は「話し合いを行う」「強制的なことはしない」と繰り返してきました。その言葉を信じ、工事の支障にならないところに移動した仲間に対し、区は行政代執行による強制排除の手続きを進めました。これではだまし討ちです。区は、このような道理に反する自らの行いについて謝罪し、責任をとるべきです。また、このような嘘をつき強制排除を行うことを2度と繰り返すことがないようにしつつ、真摯な話し合いを求めます。

【6.貧者を追い出して進む街の再開発に異議あり】
竪川河川敷公園の排除は、近隣地域の再開発が進行する中で起こっています。墨田区に建設中のスカイツリーのオープンを5月に控え、近隣の区で再開発に伴う環境浄化と野宿者排除の動きが目立って増えています。墨田区では「スカイツリーオープンまでには小屋は出ていかせるからな」とガードマンが言って廻り、追い出しが強まっています。竪川河川敷公園の全面改修工事も、スカイツリー目当ての観光客を誘致するためという側面があります。改修工事により作られた、竪川河川敷公園のカヌーカヤック練習場は、有料の施設であり、私企業にその運営が委託されています。こうして、公共空間が企業に売り渡され切り縮められる中、貧しい人々が追い出されていきます。これは、街全体を富める者のために作
り替えることにほかなりません。私たちは貧者を追い出してこじゃれた施設を作る再開発に反対します。

竪川河川敷公園野宿者有志
山谷争議団・反失実
山谷労働者福祉会館活動委員会

【連絡先】東京都台東区日本堤1-25-11 山谷労働者福祉会館気付
ブログ http://www.jca.apc.org/nojukusha/san-ya/
『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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Re: 消費税増税反対を明らかにしている小沢一郎

「自由主義だ、自己責任だといいながら、政府の保護をめいっぱい受けて、ぬくぬくと肥え太った連中」という表現がありました。これは新自由主義の正体や欺瞞を示す的確な表現です。その典型が小泉構造改革の目玉である郵政民営化に伴う「かんぽの宿」疑惑でした。

「かんぽの宿」疑惑は国民の財産というべき郵政関連施設が不透明な経緯で驚くべき安値で業者に売却された問題です。たとえば東急リバブルは1000円で取得した沖縄東風平レクセンターを4900万円で転売しました。

率直に申し上げると純粋な理論としてはケインズ経済学よりも新古典派経済学に魅力を感じていました。日本の公務員の相次ぐ不祥事を出すまでもなく、政府を動かしているのも欲を持った個々の人間に過ぎないためです。政府の役割を過度に大きくするならば、それだけ腐敗と非効率の危険を大きくすることになります(林田力「『G8サミット体制とはなにか』格差を拡大させるサミット体制」)。国家権力の危険性を重視する立場こそ、本当の意味での小さな政府を支持するという論理も十分に成り立ちます。

http://hayariki.net/poli/politics.html

また、官民格差は現代日本における大きな不合理であり、解消しなければならない課題です。新自由主義者の進めるような公務員改革を支持するものではありません。それは格差を拡大させるものだからです(林田力「民事法務労働組合がワーキングプアを生む市場化テストに抗議行動」)。

http://www.pjnews.net/news/794/20111110_3

しかし、官民格差の問題提起自体は正当であり、現状維持を是としてよいものではありません。特に目立った産業のない地方は深刻です。この点から竹原信一・前阿久根市長の過激な公務員批判も理解できます。このような問題意識がなければ公務員改革反対が支持を広げることはできません。これが橋下旋風を許した一因にもなりました。

新自由主義にも理論的根拠と支持される土壌があります。ところが、郵政民営化の一番の受益者は民営化の過程で生じる利権を獲得した業者達であした。新自由主義は政府への依存を批判するが、実際の推進者達は政府を食い物にして利益を得ています。その欺瞞を明白にしたものが「かんぽの宿」疑惑でした(林田力「民主党新政権は「かんぽの宿」疑惑徹底解明を」)。

http://hayariki.net/poli/kanpo.html

新自由主義の正体や欺瞞を浮き彫りにすることが、新自由主義への対抗になります。

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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東急不動産に東日本大震災便乗批判改訂版

東急不動産の「東日本復興応援プラザ」が震災便乗資本主義であると批判されている。東日本復興応援プラザは東急不動産が運営する銀座TSビル(東京都中央区)で東日本大震災の復興支援の一環として展開する期間限定スペースである。物販スペース「銀座いきなり市場」などがある。

企業本位の復興事業は被災者を一層苦しめる危険がある。阪神大震災で被害を受けた神戸市長田区では復興の名目で中高層の再開発ビルが建設されたが、被災者達は借金地獄に苦しめられている。自己破産や会社倒産、夜逃げが続発し、自殺者も出ている。再開発ビルは空き部屋だらけである(テレメンタリー「復興という名の地獄 〜震災から17年、神戸で今・・・」テレビ朝日、2012年1月16日放送)。

これは東急電鉄と東急不動産が住民の反対を無視して進める二子玉川ライズに重なる。二子玉川ライズでも小規模地権者は駅前から追い出され、駅から離れたバーズモールやオークモールに入居する。環境の激変で体調を崩す住民も少なくない。東急不動産は東急不動産だまし売り裁判でも消費者無視の企業体質が露骨であった(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』)。住民や消費者を苦しめる東急不動産に被災者を支援する意思と能力と資格があるのか大いに疑問である。

焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むことしかできない愚かしい性質を持つ日本人は震災復興という言葉に浮かれ騒ぐが、マイナス面を直視しなければならない。東日本大震災の復旧・復興工事などで休業4日以上となった建設業の死傷者は2011年12月末までで358人に上る(厚生労働省「労働災害発生状況」2012年1月20日)。

復旧・復興工事は通常の工事よりも危険度が高く、人手不足によって安全管理が徹底されない傾向がある(青野昌行「復旧・復興関連で建設業の死傷者が358人に」ケンプラッツ2012年2月3日)。原発労働では労働者の犠牲の上に原子力発電所が成り立っていることが指摘された。その背景には健康や生命と引き換えに働かざるを得ない格差と貧困が存在する。程度の差はあれ、同じことは建設労働にも該当する。
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土地への愛着は避難より除染の理由にならない

福島第一原発事故で拡散された放射能汚染への対処をめぐって避難を重視する立場と除染を重視する立場で激しい論争が繰り広げられている。ここでは除染を重視する立場を除染派、避難を重視する立場を避難派と呼ぶ。除染派の根拠として「土地への愛着」が挙げられるが、これは理由にならない。

第一に「土地への愛着」の実態を検証する必要がある。放射能汚染によって避難すべき福島原発周辺地域住民に土地への愛着が強いか否かは社会学的な実証がなされた訳ではなく、直感や個人的体験で語られる傾向がある。震災前に福島県内の村が過疎で悩まされていなかったか、若者が仙台や関東地方に流出する傾向がなかったのかという点が問題になる。何もなければ出稼ぎに出るような住民が原発事故を境に愛郷心に目覚めることは奇妙である。愛着ではなく、コミュニティーによる束縛ではないかとの指摘もある。

第二に福島原発周辺地域住民に土地への愛着が強いという分析がなされたとしても、それは放射能汚染下でも福島原発周辺地域を離れない人々の動機を説明するものに過ぎない。この種の傾向があるとしても、除染か避難かという政策の結論を決定付けるものにはならない。そこから「避難ではなく、除染を」という政策論を導き出すならば現状追認である。土地への愛着のために離れられないという事実があるならば、それが価値あることか、意味あることかを検討しなければならない。

これは国民の半数以上が軍備を必要とし、日本国憲法第9条を改正すべきと考えているとしても、改憲を支持することにならないことと同じである。当然のことながら、呪文のように護憲、護憲と唱えることが正しい対策ではない。国民の多くが非武装であることに安全保障上の不安を覚えているという実態があるならば、その不安を払拭することが求められる。たとえば軍隊を廃止して平和を実現しているコスタリカの事例を紹介するなど取り組みなどは有益である。

避難についても住民が自発的に避難しない理由があるならば、それを解消する方策を考えることになる。それが避難の権利の発想である。国が避難しようとする人々の生活を積極的に保障することを求めるものである。避難の権利は多数の人々が福島第一原発周辺地域にとどまっているという現実を踏まえたものである。福島の放射能汚染は強制移住させるレベルとの見解さえある中で、土地に留まりたいという人々にも配慮した概念が避難の権利である。避難派は避難の権利という概念を提示することで、福島の現実に対応している。

第三に福島原発周辺地域に土地への愛着という共同体意識があって、それが避難しない動機になっているならば一層、「避難の権利」を保障する必要が高くなる。何故ならば土地への愛着は社会学的な分析であって、個々人のレベルに還元すれば「避難したい」という少数意見も存在するためである。

コミュニティーとして土地への愛着が強ければ強いほど避難を希望する少数者が意見を言うことは難しくなる。誰もが避難の権利を有しており、その行使を妨げないようにすることが大切になる。避難を呼びかける主張は福島の現実を無視した空論ではなく、現実を踏まえた人権保障の試みである。

最後に除染派の中にある奇妙な人権感覚を指摘する。除染派は避難派が避難の権利という独善的な天賦人権論に固執していると非難する。しかし、避難派への批判として人権が持ち出されることには違和感がある。その投稿姿勢が繰り返し辛辣に批判された人物がいる。その批判には学ぶべき内容が数多く含まれていた。ところが、被批判者は批判から学ぶどころか、批判者の問題意識に正面から答えようともしなかった。

むしろ批判の中にある揶揄や嘲笑的な表現を取り出して、批判者の人権感覚を激しく糾弾した。この批判者と被批判者の論争は周囲からタオルを投げられるほど不毛なものになったが、その要因は相手の問題意識に応えずに相手の発言の問題点だけを指摘する被批判者側に多くを負っている。被批判者のように相手の発言の特定部分をクローズアップして人権を理由に糾弾する方が絶対不可侵の天賦人権論の錯覚である。

このような姿勢は悪徳不動産業者と共通するものである。自社の悪徳商法は棚に上げ、消費者の姿勢の問題に責任転嫁する。それ故に東急不動産だまし売り裁判原告として悪徳不動産業者と闘ってきた立場として、管見は被批判者側に否定的な印象を抱く。

第一に東急リバブル迷惑隣人事件についてである。東急リバブルは物件の仲介に際して迷惑隣人の存在を説明せず、説明義務違反で大阪高裁から損害賠償を命じられた。この判決は東急不動産だまし売り裁判提訴の直前に言い渡されたもので、東急不動産だまし売り裁判に際しても東急の不誠実な体質を示すものとして提示された。

これに対して東急リバブルの住宅営業本部事業推進部契約管理課課長は2004年12月12日、林田力に東急リバブルの説明義務違反を棚に上げ、「買主は隣人をビデオカメラで撮影するようなことをしていた」と主張した。論点は東急リバブルが仲介時に説明義務を果たしたか、である。買主が購入後に何をしようと、その前の仲介時に東急リバブルが果たす説明義務には影響がない。事実かどうかも分からない顧客である筈の買主の行動を非難することは筋違いである。

第二にゼロゼロ物件業者が東京都から宅建業法違反で業務停止処分を受けた事件がある。それを伝えたブログ記事には「借り主の実態も検証して下さい」と賃借人にも問題があるかのように誘導するコメントが執拗に描き込まれた(住まいの貧困に取り組むネットワーク ブログ「シンエイエステートとグリーンウッドに対して東京都が行政処分」)。
http://housingpoor.blog53.fc2.com/blog-entry-106.html
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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遅刻癖を切り捨てる道徳的健全

ケネディ大統領の言動を手本として支持されるリーダーになるための秘訣をまとめた書籍である。逆説的な見出しが並んでいるが、内容は意外にもまっとうなものが多い。ケネディは○○と言っているが、危険なので××がいいという箇所もあり、ケネディを取っ掛かりとしながらも著者の哲学を全面に出している。
リーダーになるための表面的なテクニックを提示するが、その背後にある著者の道徳観念は健全である。たとえば遅刻をする人間への否定的評価は複数箇所で登場する。普段は温厚で平和的な著者でるが、時間や約束を守らない相手には鬼のように怒ることを正当化する。また、口では立派なことを言っている相手でも遅刻癖があれば、その事実から決定的評価を下す。
本書の提言には相互に抵触しかねない内容もある。たとえば福島第一原発事故で情報隠しが批判された東京電力を反面教師とし、悪い情報は早く伝えるべきとする。ところが、他の箇所では上手な嘘が付けるように日頃から準備しておくことを推奨する。真実は一つで自分の考えだけが唯一絶対というような幼稚な愚かさとは無縁である。林田力
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2012年2月11日土曜日

東急不動産だまし売りと同じ卑劣

東急リバブル東急不動産が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急不動産だまし売り裁判と共通する卑劣さを感じたケースがありました。同席して話し合わせて、虫の良い和解を演出させようという算段は私も感じました。相手の主張を理解しようとせず、自己の過去の言動を改めも反省もせず、一方的な要求だけを押し付けようとする態度が透けて見えます。メールなど言葉でのやり取りでは論破されており、説得できないことは自覚しているのでしょう。だから会って話そうとなります。会話ならば都合が悪くなれば話題を変えて流してしまえるからです。しかも、卑怯かつ卑劣な点ことに本人から面会を求めようとしないことです。第三者を使って会うように仕向けようとします。それが失敗すると、自分から面会を申し入れますが、そこでも「第三者から勧められたから」と卑怯な言い訳を重ねます。
そのようにすることで、「会ってやっているんだ。ありがたく思え」というスタンスで臨むことができると勘違いしています。それによって自己の優位性を保とうという皮算用です。これは東急不動産だまし売り裁判における東急リバブル東急不動産の手口です。東急不動産だまし売り被害者としては悪徳不動産業者と重なる卑劣な手口は絶対に容認できないものです。巨悪と闘うために連帯ではなく、その種の卑劣さが巨悪に連なるものだからです。林田力
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サバンナゲーム

サバンナゲームはモバゲーの小説コーナーで人気となった作品である。主人公はワーキングプアの非正規労働者である。日本国をあげての人殺しゲーム・サバンナゲームが開催されることで非日常の世界に突入する。バトル・アクション、現代のテクノロジーを超えた武器、ファンタジー世界の超自然的能力、歴史上の人物の活躍とエンターテイメントの数多くの要素が詰まっている。
「希望は戦争」という論文が大きな反響を呼んだが、貧困や格差に苦しむ人々が絶望的な毎日から抜け出すために破壊的な事態に希望を求める心理が現れている。
人殺しのゲームであり、残虐な描写も存在する。バトルロワイヤルに対するのと同じような道徳的な非難が寄せられかねない。救いは主人公達が序盤で殺害する敵がヤンキーであることである。主人公達に害を及ぼすヤンキーは社会のクズ的な存在として描かれている。主人公達にも殺しを楽しむ残虐な気持ちが芽生えるものの、相手がヤンキーであるために主人公側に感情移入できる。林田力
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NKHドラマ『坂の上の雲』に関する住民訴訟

【転載】NKHドラマ『坂の上の雲』に関する住民訴訟
第一回 高裁口頭弁論 2月14日 11:00
高松高等裁判所 約1時間の予定

松山市教育委員会が、学校教育課長名で松山市立の全小・中学校長宛の事務連絡
松山市内の全児童・生徒とその保護者に対し、NKHドラマ『坂の上の雲』テレビ番組の視聴を求めたこと。
松山市長、産業経済部観光産業振興課長などが、「市内全家庭に閲覧させる目的で準備したチラシ等の費用」を支出したこと。

これらが、憲法19条、20条に反し、違法であるとし、上記のためのチラシ印刷費が違法な公費の支出であるとして、その補填を関係者に求めている裁判です。
お近くの方は、傍聴をお願いします。
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神戸尊が相棒から卒業

及川光博の演じる神戸尊が今シーズンでテレビドラマ相棒から卒業する。神戸は初回スペシャルで偽証という重大な犯罪をしていた過去が明らかになった。残念なことに相対的に嘘をつくことへの道徳観念の低い偽証は軽視されている。だからこそ偽証した神戸をどうするかで社会派ドラマとしての相棒の真価が問われる。
神戸の問題は偽証だけではない。マーロウ八木が再登場した回では遅刻常習者として描かれた。神戸の退場はストーリーに練り込まれている。林田力
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宅建業法違反業者への迅速な処分

市民が求め創るマニフェストの会は2月6日に東京都内で世話人会を開催した。林田力は東急不動産だまし売り裁判原告の立場から不動産政策を中心に提言している。売買契約後に判明した欠陥は契約白紙化に、宅建業法違反業者への迅速な処分と周知公表の徹底を提言している。他にも不動産問題ではマニフェストに政策が出されている。将来的な課題として不動産政策として統合・拡充することが提言された。今回はセーフテイネットの整備と経済政策を分離することにした。
林田力はマニフェストには政策を簡潔にまとめ、詳細な理由説明を解説集にまとめることを提案した。労働者派遣法の改正については具体例として登録型派遣の禁止を提言した。
奨学金制度の拡充については給付型奨学金とすることを提案した。現状の貸費中心では返済で奨学生の生活を圧迫するためである。米国では奨学金ローン破産も起きている。奨学金ローンについては社会に出る前から金融資本主義に組み込まれてしまうとの意見も出された。
ホームレスの社会復帰のための施設と制度の整備について、林田力はホームレス追い出しに悪用される危険性があると指摘した。
外国軍基地の撤廃について、林田力は海上自衛隊がアフリカに基地を設けており、日本も外国に基地を設置する側であると指摘した。
公安警察の縮小や取り調べの可視化は警察の問題としてまとめる。環太平洋経済協定は独立の項目を立てる。脱原発については処理できずに残り続ける放射性廃棄物の問題と原発推進派の動機に核兵器開発能力の保持があるとの視点を持つ。
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トリコ、サンサングラミー

トリコの最新刊ではサンサングラミーを捕獲する。ここでも小松が活躍する。バトル中心の王道少年漫画ながら、バトル以外の価値を上手に盛り込む。この巻では美食会の動きも描かれ、長編への導入部にもなっている。
トリコの世界は美食で価値付けられたユニークな社会である。それでも現実の社会と同じように腐敗や貧困、格差が描かれる。マスメディアとの癒着で人気を得るレストランや貧困者に蔓延する麻薬など現代社会の病理を風刺する。林田力
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2012年2月10日金曜日

ワンピース65巻

読者との質問コーナーで、「ルフィよりも強力な能力者が続々登場しているが」との質問に作者は「ゴムのような面白さがなければ長く付き合えない」と答えている。完全無欠な主人公像とは乖離した視点を提供する。完璧な人よりもドジなところがある方が親しみをもてる。
しかし、単に親しみをもたせるために不完全なキャラにするだけならばステレオタイプ化する。銀魂では漫画家志望の持ち込み原稿の主人公が皆、「腹減った」という食い意地が張ったキャラであることを風刺している。
世間的な意味での優等生では面白くないが、単に欠点を持たせただけでもつまらない。欠点や長所でないと考えているものに新たな価値を付加してこそクリエイティビィティである。強そうではないが、面白いからという理由でゴムにするところに漫画の原点がある。
これは銀魂にも該当する。家賃滞納は一般的な意味合いでは欠点である。実際、ゼロゼロ物件などでは僅か一日の家賃滞納に過酷な追い出し屋の嫌がらせや高額な違約金請求が行われ、社会問題になっているが、ゼロゼロ物件業者側は「家賃を払わない賃借人が悪い」と正当化する。債務弁済の遅延が違約金請求という暴利行為や追い出し屋の人権侵害を正当化するものではない。林田力
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ナルトNARUTO59巻

ナルトNARUTO第59巻では五影が勢揃いして戦う。保守的な考えを代表していた土影の改心と覚悟が見所である。
忍界大戦では五大国の忍者が連合して戦うために新キャラクターが続々と登場する。敵側も死者を操る術を使うために過去の英雄が次々と登場する。これは物語の構成としては難しいところがある。読者に馴染みのないキャラクター同士が並行して戦いを展開するからである。読者が飽きるグダグタの展開に陥りがちである。それでもナルトには読者を引き込む力がある。キャラクターとストーリーを作り込む巧みさが光る。
林田力
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2012年2月9日木曜日

林田力が二子玉川ライズ問題ビラを配布

林田力は2012年1月28日に二子玉川ライズの住環境破壊を批判する住民団体・二子玉川の環境を守る会のニュースを配布した。受けとった方の中には瀬田に親戚がいる方がいる。「再開発のせいで穏やかな二子玉川が、すっかり変わってしまった」と嘆いていた。

東京都世田谷区の二子玉川ライズは超高層主体の開発が時代遅れの住環境破壊と住民らから批判されている。超高層マンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」分譲では、販売時には工事も始まっていない二子玉川駅直結のぺデストリアンデッキをセールスポイントにして失笑された。東急電鉄・東急不動産の街づくり思想の貧困さが現れている。

二子玉川ライズの超高層ビルは称賛の念よりも嫌悪の情をかきたてる建築物であった。二子玉川ライズに行くと地獄があまり遠くない場所にあると思えてくる。触知できない翼がバサバサ鳴って、有害な羽ばたきによる風が顔に重く感じられる。腐敗する洞窟や納骨所から押し寄せる風を吸っているようであった。聴覚では捉えられない嘲笑や威嚇の咆哮が耳を満たし、汚らしい手が押し戻そうとしているようであった。
http://hayariki.net/futako4.htm

ラブレター記事の人権感覚

かつてラブレター記事というものが投稿された。この記事には投稿者の人権感覚を強く疑わせる内容が含まれている。残念なことにラブレター記事の問題性は問われずに流されてしまった。福島第一原発事故の放射能汚染への対応策として除染と避難の何れを重視するかで大きな議論がなされているが、一方の論者の特異性を認識する上でラブレター記事の問題を掘り起こす価値はある。

ラブレター記事は投稿者が高く評価する記事を書いた新聞記者を応援する趣旨である。それが果たして優れた記事であるかは別問題である。国民の期待を背負った鳩山由紀夫新首相(当時)への批判的な記事を評価している。それが革新政党への票を奪う危険がある民主党を貶めようという類の政治というものに対する根底的な認識不足が為せる業ではないか注意する必要がある。

しかし、優れたと考える記事を書いた記者を応援すること自体は結構なことである。市民よりも政府や企業の方を向きがちなマスメディアの中で市民派の目線で記事を書く記者を応援することは、国民目線を忘れがちな政権与党の中で国民生活を第一にしようと奮闘する議員を応援することと同じように価値がある。

問題は男性の投稿者が女性記者に送るラブレターという表題になっていることである。ファンレターならば理解できるが、ラブレター(恋文)と表現する動機は理解に苦しむ。記事本文を読めば投稿者に嫌らしい意図はないと好意的に解釈することは不可能ではない。それならば尚更、ラブレターという表現を使う必然性は存在しない。相手の立場からすれば迷惑であり、気持ち悪い。相手が異性だからラブレターにするというならば、ジェンダーに囚われたものになる。

しかも、ラブレターの受け手にはトランスジェンダーの方もいる。自己を女性と規定する人に男性がラブレターを書いて何が悪いかとの反論も考えられるが、興味本位的な性愛の話題に引き寄せられて考えられることがトランスジェンダーの方々にとって最も不愉快なことではないかと考える。あまりに不用意で場違いな印象を与えるラブレターという表現を使う人物が一方では人権や平等に問題意識が高く、他者の人権意識を批判していることに純粋に驚きを覚える。

このラブレター記事に対しては投稿直後に問題提起がなされたが、投稿者本人からも周囲からも反応はなく流されてしまった。理由が書かれていなかったために問題提起者の意図は分からないが、私は上記のような問題を認識した。

但し、当時は投稿者の形式論理の矛盾に関心を持っていた。差別表現について他者には発言者の主観的な意図ではなく、発言の社会的効果で評価すべきと説教する人物が、自己の発言は親しみを込めたもので差別意図はないと正当化する二重基準である。そのために内容に踏み込んで人権感覚を批判することは遠慮した。

その後も投稿者の背理は続いた。論理性を期待することが無意味に感じるほどである。

・ある点では共産党を支持し、ある点では社民党を支持することを市民の立場で肯定しながら、ある点では民主党を支持する立場を認めない。

・福島からの避難を勧める主張を共感が得られないと批判する一方で、避難を強調して除染に否定的な立場を批判することは共感が得られなくても価値があると主張する。

・革新勢力や市民派からの新党設立を社民党や共産党の票の食い合いになると否定する一方で、「票の食い合い」という発想を政治意識として問題と批判する。

投稿者の投稿姿勢については周囲からも批判され、繰り返し大きな論争になった。批判意見には投稿者を揶揄・嘲笑する不真面目な雰囲気があったことは否めない。「不真面目な批判はけしからん」は一つの考えではある。しかし、その原因の一端には人権論を深める可能性があったラブレター記事への問題提起が流されたことにあったのではないかと自戒を込めて指摘する。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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全部造り変え渋谷駅開発に見る東急電鉄の貧困

超高層に全部造り変える渋谷駅の再開発は時代遅れであり、渋谷の地盤沈下をもたらしかねない。それは推進企業の東急電鉄の街づくり思想の貧困さを示している。

第一に駅全体を全部造り変える開発方針は大量生産・大量破壊時代の遺物である。既存のものを活かすという発想が欠けている。解体される東急百貨店の建物などには建築家・坂倉準三の作品もある(「渋谷駅「全部造り変え」で超高層に」ケンプラッツ2012年2月1日)。東急グループの創業者・五島慶太が坂倉に渋谷総合計画の立案を依頼した東急電鉄にとっても歴史的価値のある建物群である。それを壊して造り変えるところに目先の金儲けのみという東急電鉄の貧困がある。

第二に超高層中心の開発は床面積増大を目指す経済優先の発想である。人口が減少する社会状況に逆行する。高齢者に優しくない超高層ビルは高齢化社会にも逆行する。

第三に生活者無視の思想である。全部造り変えの再開発は既存の生活者を追い出すものである。現実に東急不動産が取得した渋谷区桜丘町のビルでは暴力的な地上げが行われた。

第四に利用者無視の思想である。全部造り変えの再開発は工事を長期化させ、利用者の不便を増大させる。長期の工事期間中は訪問者の渋谷離れをもたらす。東急百貨店東横店も2013年4月以降に解体される。東急百貨店東横店の敷地は都市計画上、駅前広場などになることが決まっている。工事によって離れた客足は竣工後に戻ると考えているならば消費者軽視である。
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2012年2月8日水曜日

平清盛、海賊討伐

第5回、海賊討伐
平清盛は天皇家のスキャンダルを描く。
鳥羽院。狂ったように笑い出す。
お前のような女を、まともに相手にした私が愚かであった。現に生きる物の怪だ。
当てつけから鳥羽院は崇徳天皇に入内する予定の女性を后とする。
高階。方々に虐げられた、か弱き民が海賊である。己のことしか考えぬ者達が政をしていることが元凶。
現代の政治にも当てはまる。海賊をテロリストと言い換えれば、対テロ戦争を進めるアメリカ帝国主義の論理になる。林田力
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2012年2月6日月曜日

脱原発国民投票への人権論からの反対論

脱原発国民投票には多くの人が多くの観点から反対論を展開している。林田力は人権論の観点から反対論を追加する。原発を民主主義で決めるのではなく、人権保障と両立しないために否定すべきである。国民投票は民主主義の一手法である。脱原発国民投票は国民の多数が原発を容認したならば原発を認めることを意味する。しかし、人権の問題は民主主義で決めるものではない。

福島原発事故前から分かっていたことであるが、原発事故が起きれば地域全体が喪失し、生活の基盤が消滅してしまうことが福島原発事故で明らかになった。原発事故が絶対に防げるものではないことも明らかになった。事故が起きる危険のある原発が存在する限り、広大な周辺地域の人々の人権は危険にさらされる。原発は人権保障と両立しない故に、どれだけ原発推進派が存在しようとも否定される。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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東急不動産工作員の襲撃

林田力の背後で「おい」と呼び声がした。東急不動産工作員であることは臭いで分かった。どのような臭いであるかは東急不動産工作員と接したことのある人物ならばわかるだろう。服装は高級品を身に付けていない地上げブローカーというようなチンピラ風である。
「林田力だな」
東急不動産工作員が言った。林田力を睨む充血した目からは、今にも血が噴き出しそうである。林田力は危険を感じた。彼はひるまず聞き返した。
「誰だ」
「こいつ、痛い目に遭いたいのか。この頃調子に乗ってやがる。もう少し静かにできないのか」
「東急不動産工作員め」
「この野郎、くたばってしまえ」
怒声と同時に東急不動産工作員の手と足が一斉に襲いかかる。
林田力も逃げずにやり合った。林田力は震えを抑えようとした。徐々に恐怖と絶望の波が引いていき、代わって新たな感情が湧き起こった。不正と戦ってやる。恐怖で一瞬、麻痺した頭脳が再び正常に機能し始めた。
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ジャーナリスト

出版業界は惨憺たる状態。林田さんは集中しても年間に六冊くらいしか書けるものではないと言っていた。他のこともすれば三冊が限度ではないか。年に十冊も出している人がいるが、ゴーストではないか。
雑誌記事は編集部の意向が入ることが少なくないが、単行本は著者の責任となる。何度も校正の過程を経る。年に十冊も出せるようなものではない。
拳銃の発射経験がある。だから拳銃の描写がリアルである。
自衛官の自殺が多発している。出版当時、自衛隊の問題を取り上げたことは珍しい。
高額な教材のセールスをしていたが、自衛官は結構購入してくれていた。割賦購入になるが、信用履歴を調査すると結構つまんでいる人がいた。このため、自衛官は金の使い方が分からない人が多いという印象を受けた。
日本は法治主義ではない。人によって扱いが異なる。
林田力は東急リバブル東急不動産から新築マンションをだまし売りされた。
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ロスト・シンボル下巻

主人公ラングドンは偏見に囚われず、価値を相対化できる魅力的な人物である。これまでの冒険は彼の柔軟性に負うところが大きかった。ところが、下巻ではラングドンの頑固さが目に付く。フリーメーソンの秘密は伝承に過ぎず、現代社会に影響を与えるものではないと頭から決めてかかっている。その頑固さが物語のテンポを停滞させてしまった。
ラングドンは絶体絶命のピンチに追い込まれることで謎を解くことになる。追い込まれることで初めて謎と向き合うことができるという限界を表している。
米国の首都ワシントンが古代からの知恵を伝えるために設計され、緻密な工夫が施されていることが物語から浮かび上がる。その一つとしてワシントン記念塔よりも高い建物の建設を禁止する法律がある。これによって古の神秘を伝える景観が守られている。国分寺崖線と多摩川に囲まれた緑豊かな空間に超高層ビルを建設する二子玉川ライズなど超高層ビルを乱立させる東京の貧困さとは対照的である。林田力
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土地への愛着は避難より除染の理由にならない

福島第一原発事故による放射能汚染への対策として避難よりも除染が強調される傾向がある。その根拠として「土地への愛着」が挙げられるが、これは理由にならない。

放射能汚染によって避難すべき福島原発周辺地域住民に土地への愛着が強いか否かは社会学的な実証がなされた訳ではなく、直感や個人的体験で語られる傾向がある。震災前に福島県内の村が過疎で悩まされていなかったか、若者が仙台や関東地方に出る傾向がなかったのか、確認する必要がある。

仮に福島原発周辺地域住民に土地への愛着が強いという分析がなされたとしても、それは原発事故後の放射能汚染下でも福島原発周辺地域を離れない人々の動機を説明するものに過ぎない。そこから「避難ではなく、除染を」という政策論を導き出すならば現状追認である。土地への愛着のために離れられないという事実があるならば、それが価値あることか、意味あることかを検討しなければならない。

さらに福島原発周辺地域に土地への愛着という共同体意識があって、それが避難しない動機になっているならば一層、「避難の権利」を保障する必要が高くなる。何故ならば土地への愛着は社会学的な分析であって、個々人のレベルに還元すれば「避難したい」という少数意見も存在するためである。

コミュニティーとして土地への愛着が強ければ強いほど避難を希望する少数者が意見を言うことは難しくなる。誰もが避難の権利を有しており、その行使を妨げないようにすることが大切になる。避難を呼びかける主張は福島の現実を無視した空論ではなく、現実を踏まえた人権保障の試みである。

避難の権利という考え方はバランスがとれている。

第一に権利と位置付けることで、行使するかしないかの選択を本人に委ねている。有無を言わさずに強権的に避難させる考えとは一線を画す。また、どうしても故郷に残りたいという人の自主性を否定するものではない。

第二に社会権的な人権と位置づけている点である。福島にとどまっている多くの人々も可能ならば避難したいと考えている。生活の見通しもなく自主避難すれば、放射能よりも先に避難先の劣悪な環境で健康を害するという面も否定できない。

現実に自主避難者が悪質なゼロゼロ物件業者の餌食になるというケースもある。ゼロゼロ物件被害は大きく報道され、社会問題と位置付けられたために、ゼロゼロ物件業者がターゲットとしていたフリーターらからは忌避されるようになった。しかし、東日本大震災や福島原発事故の避難需要で儲けているという悲しい現実がある。貧困ビジネスのターゲットは被災者にも向かっている。

遠くから福島原発周辺の住民に「逃げろ、逃げろ」と呼びかけることには意味がある。呼びかけることしかできない人が呼びかけることは、その人にできることをする点で意味がある。中には放射能の害悪を楽観的に考えることで福島にとどまる住民もいる。人間には「大したことはない」と思いたい被害過小評価心理が働く(広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるのか』)。彼らに放射能の害や除染の無意味さをアピールすることは意味がある。

一方で放射能の害は熟知しているが、避難のための経済的な後押しを求めている人がいることがいることも事実である。避難を呼びかけるだけでは、葛藤を抱えている彼らの助けとしては弱い。避難の権利を社会権的に保障することは実効的な対策になります。

最後に社会運動において人権をベースとすることは、自己責任論などの切り捨て論に対する論理的な強みを発揮する。これについてはマンション建設運動に関して論じた(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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2012年2月5日日曜日

避難と除染

福島第一原発事故では広範囲が放射能で汚染された。放射能汚染へのアプローチとして避難と除染がある。避難は人に対する対処である。除染は物や空間に対する対処である。両者は必然的に二項対立となる問題ではない。避難も除染も原発事故後に行わなければならない対策である。避難と除染はセットで考えるべきとの主張は理想論として正しい。

しかし、避難と除染を二者択一で考えなければならない場面も存在する。何故ならば現実の政治の場ではリソースは有限だからである。避難も除染も容易にはできない難事業である。避難も除染もの「あれもこれも」ではなく、「あれか、これか」を迫られる。このために避難と除染で優先順位を付ける必要がある。

さらに問題を複雑にする点として除染派の姿勢がある。ここでは避難を重視する人々を避難派、除染を重視する人々を除染派と呼ぶ。

除染派には「除染するから避難は不要」との論理が見られる。このような主張が存在する限り、避難派としては除染の問題点を明らかにし、効果の薄さを指摘しなければならない。未だに放射能汚染下で生活する人が存在することが許せないという立場から、「あのような場所に住むことが信じられない」と警鐘を鳴らすことは非常に適切な発言になる。

また、避難派を「脱原発原理主義」とラベリングする除染派もいる。これは決して他者の共感を得られる表現ではなく、正しくもない。福島第一原発から放出された放射性物質がどの程度人体に影響があるかについては様々な主張がある。しかし、放射能の害を過小評価していると見られている日本政府でさえも福島第一原発の半径20キロ圏内は有無を言わさず避難しなければならない地域と定めました。

放射能汚染には個人の嗜好や土地への愛着は問題にならず、生命や健康のレベルから避難しなければならないレベルがある。避難を重視する人々は、そのレベルを政府の基準よりも厳格に考えているに過ぎない。原理主義でも何でもなく、放射線の健康への影響に対する見解の差異である。避難をオプションとして考えない方が放射能汚染対策の常識から逸脱している。

本来は放射能汚染への問題意識があるという点で共通する避難派と除染派が対立することは望ましくない。最大の敵は避難も除染も不要という放射能無害派である。多くの場合、「避難はするまでもない」という点で除染派と放射能無害派は意識的にせよ無意識的にせよ共闘関係にある。故に避難派が除染派を批判する必要がある。

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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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放射能汚染に対する除染の幻想

福島第一原発事故で広範囲に広がった放射能汚染に対し、除染に過大な期待をすべきではない。以下に理由を述べる。

第一に効率性である。福島原発周辺地域から人間を移動させることと、周辺地域にある物質(大気や土壌、地下水まで)を除染することの何れが相対的に容易かという問題である。除染は絶望的な作業である。

恐らく行政は福島第一原発から半径50キロメートル以内の住民を避難させることは頭から非現実的と考えているだろう。しかし、半径50キロ内の放射能に汚染された物質全てを除染する方が難事業である。避難よりも除染の方が容易で経済的と考えているならば、適当な除染で、お茶を濁そうとしていることになる。

第二に除染の未完成性である。除染は拡散した放射性物質を抽出して隔離することである。原子力発電所の基本は「閉じ込める」である。福島原発事故では「閉じ込める」ことに失敗した。だから改めて放射性物質を閉じ込める必要がある。

ところが、除染技術は放射性物質だけを抽出するというところまではできていない。それ故に放射線量の高い土を全て取り出すという形になる。その結果、「閉じ込める」放射性廃棄物は膨大な量になる。そして、その膨大な放射性廃棄物を閉じ込める場所は見つからない。当時の菅直人首相が中間処理施設を福島県内に設置すると発表した時でさえ猛反発を招いた(林田力「第一原発からの撤退認めていたら東北は全滅していた…菅内閣の元側近が明かす3・11直後の官邸VS東電ドキュメント」リアルライブ2011年9月5日)。関係者が納得する最終処分場を見つけることは不可能である。

「除染に取り組めば、やがて効率的な除染技術が開発される」という楽観論があるが、これは原発推進派と同じ過ちを繰り返すことになる。このような論理で原発推進派も原発という未完成な技術を進めてきた。そして原発は放射性廃棄物の処理の点で「トイレのないマンション」にたとえられるが、除染を進めることも「トイレのないマンション」の矛盾に陥ることになる。

第三に偽りの除染の危険である。正しい除染は拡散した放射性物質を抽出して閉じ込めることであるが、それは上述の通り、行き詰るものである。そこで偽りの除染が登場する。放射性物質を一層拡散して希薄化することで放射線量を低下させることである。残念なことに日本では偽りの除染が進行している。放射能汚染水を海中に流す、放射能に汚染されたガレキを焼却するなどである。

これらは絶対にやってはいけないことである。特にガレキの焼却で大気中に放出されると内部被曝を防ぎようがなくなる。2012年1月に関東地方の照射線量が急上昇したことがあった。福島第一原発4号機に関心が集まったが、東京都によるガレキ焼却の可能性も指摘されている。世界中に放射性物質を拡散することで、国際犯罪にもなりかねない。

これは偽りの除染に対する批判であって、除染そのものの批判ではない。しかし、現実の除染の中に偽りの除染がある以上、批判しなければならないものである。

第四に除染は原子力村の延命になる。除染を行うためには原子力産業のノウハウが必要であり、除染は原子力産業を潤わせる。本来ならば福島原発事故は原子力産業の息の根を止める人災である。実際、ドイツなどでは原発から撤退した。ところが、日本の原子力村は除染ビジネスで肥え太ろうとしている。

これは放射能汚染の対策が人の避難ではなく、除染中心になってしまったことが問題である。避難中心ならば原子力村にとっては賠償や生活保障の問題である。ところが、除染中心となったために盗人に追い銭を与える状況になってしまった。除染幻想は罪深い。

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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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財政リスクを高める弱い統治能力

日本の国債の危機的状況については以下でも指摘されています。
安部芳裕講演会:新しい時代をつくろう
http://hayariki.net/hayariki1.htm
日本は借金も多いが、資産も多いとされる。国債の保有者の大半は国内の金融機関である。外国の保有者は8パーセント程度。だから日本は大丈夫という議論がある。これは正しくない。8パーセントもあれば、まとまって売り浴びせすれば暴落させることは可能である。加えて今後も国債発行を続けるならば、外国に買ってもらう必要がある。今は1パーセント程度の金利であるが、外国に売るならば3パーセントくらいの金利が必要になる。

東急リバブル・東急不動産の嘘

東急リバブル・東急不動産の嘘は東急不動産だまし売り裁判で露見した。東急不動産の主張は重要な事実に関して大きな変遷があり、かつ、その変遷は従来の供述と矛盾する客観的事実の指摘を受けて生じていた。東急不動産の主張は、変化自在に変わる。言葉は重い。この重い言葉を軽々と翻す東急不動産には宅地建物取引業者の資格はない。
東急不動産は東急不動産だまし売り裁判を長引かせたい一心で時間稼ぎを繰り返した。東急不動産の主張は全て独自の見解に基づいて一方的に決定し、強弁することにより従わせるものであり、法治国家の下では断じて許されない行為である。東急不動産は不誠実な応訴態度を繰り返し、それに見合った報いを受けた。
今や東急不動産は堂々とした高みから突き落とされ、車道脇の側溝に転げ落ちた状態であった。東急不動産は首根っこを抑えられ、辱められ、悪行を暴かれて、正義の場に引きずり出された。一人の消費者の声が、ようやく聞き届けられた。誰かに聞き届けられることを願い、正義を求める大きな怒りの声が。
判決言い渡しは林田力の表情に初めて喜色が漲った瞬間である。林田力には紛れもない興奮に全身が包まれた。体の奥底から力強く湧き上がるものを感じた。血が体内の隅々にまで駆け巡り、幸福感が春の潮のように暖かく胸郭を満たした。この幸福感に比べれば日常生活の喜びなど些細なものであって、あくせくする価値もない。
これほど林田力が晴れやかな表情をしたことはなかった。真面目な表情をしている時には周囲の人々には近寄り難いとすら思われるほど暗く神秘的な顔が、この時には驚くほど明るく親しみやすくなった。
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オカルト

最後の話が最もミステリーであった。オカルトにのめり込んで破滅する自業自得的なストーリーが多い中で、この話は注意深く節度を持ったオカルト研究者に降りかかった問題である。広い意味では本人の不注意に属するが、その前の話とは対照的である。林田力
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新築マンションの怪談話

東急不動産だまし売り裁判著者の林田力はライターとして、新築マンションでのオカルト現象も紹介している。オカルト現象は古い建物という印象があるが、むしろ人間の生活の積み重ねから離れた新築マンションの方が怪奇現象は入りやすい。
棚が壊されて、大小のガラス瓶が割れた。テーブルがひっくり返った。どこからともなく吹く暴風が灰を舞いあげて部屋中に散らした。部屋の中が不浄な影に包まれているようであった。マンション住民は、どこへ行っても、何者かにつけられているという感じ、見えない何者かの監視を受けているような感じがしてならず、どうにも振り払うことができなかった。神経の締め付けられる不眠の時間が果てしなく思えるほど続き、点けたままにした電球の下で、マンション住民は身を震わせ、冷や汗をかき、不安に苦しめられた。
東急不動産だまし売り裁判のような書物が並ぶ書店の魅力は抵抗できないものだ。ページをめくり始めると、たちまちのうちに心を奪われてしまった。東急リバブル東急不動産は健全な不動産市場で許容される企業としては、あまりにも恐ろしくて忌まわしく、断じて存在してはならないものであった。悪徳不動産営業の笑いは妖術師の哄笑のように耳障りなものであった。
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2012年2月4日土曜日

東ティモールエコツアー

東ティモールエコツアー( 3 月 17 日(土)〜 25 日 ( 日 ) )のご案内
(以下転載、転送・転載歓迎)

この度、パルシックでは、東ティモール東部、ラウテム県を訪ねるエコツアーを企画し、ご参加くださる方を募集しております。
毎年夏に実施している、コーヒー生産地マウベシを訪ねるツアーとは一味違った、ティモール島の東部の海岸を訪ねる内容です。
ご案内がぎりぎりとなってしまい恐縮でございますが、ぜひ、ご参加のご検討、またお知り合いの方へのご紹介をいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

□□□□□□□以下ご案内です・転送歓迎□□□□□□□

東ティモール エコツアー 参加者募集中!
自然・伝統文化とともに生きる村を訪ねる 
2012年3月17日(土)〜25日(日) 9日間

2002年に独立を果たしてから今年10周年を迎える東ティモール。
国土は山・海たくさんの美しい自然にあふれています。
ティモール島の東端、ラウテム県トゥトゥアラ郡を訪ね、白い砂浜が美しい海岸でのシュノーケリング、無人島へのツアー、古代の壁画が残る遺跡訪問、伝統織物タイス織の見学や、地元漁民との交流を行い、宿は現地の協同組合が経営するバンガローに宿泊します。現地の文化、東ティモールに残る自然を満喫し、ティモールの人々の自然と共に生きる生き方に触れてみませんか?
http://hayariki.net/index2.html
申込締切:2012年2月13日
旅行代金:248,000円
現地協力:ハブラス財団
現地プログラム企画/お問い合わせ先:(特活)パルシック

詳細は下記をご覧ください。
http://www.parcic.org/news/boshu/2012_ecotour_et.html

いくさの子第2巻

いくさの子は織田信長を主人公とした歴史漫画である。吉法師と呼ばれた子ども時代を描く。吉法師は軍略に非凡な才能を発揮する。父親の織田信秀や守役の平出政秀は吉法師の非凡さを認めている。この点には新鮮味がある。
原哲夫はケンシロウや前田慶次ら圧倒的な強さを持った主人公を描いてきた。魅力的なヒーロー像を提示したが、あまりに完璧すぎて現実から乖離し、感情移入の対象としては物足りなくなった。これに対して吉法師には圧倒的な強さはない。非力な少年を集めて工夫して海賊や山賊を打ち破る。読者にも勇気が湧くヒーローである。
この巻では信長の初期の強敵となる今川義元が登場する。公家風に描かれることが多い義元であるが、本書では公家色を出しながらも、常在戦場の心意気の武人として描かれる。敵が強大なほど信長のドラマも盛り上がる。林田力
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原発反対の論理

原子力発電はコストが高く、原発による発電が電気料金を高くする一因となっている。原発事故以前に原発は発電方法として非効率である。原発で生じるエネルギーの大半は発電ではなく、周辺の海を温めるために使われている。

これまで電力会社は地域独占が認められ、料金設定はコストから計算されていた。コストを高くすれば料金も高くできる仕組みになっており、高価な原発を導入し、原発推進に膨大な広告費を投入するインセンティブになっていた。

原発推進派には「原発反対派は電気を使うな」との暴論を主張する者がいるが、筋違いである。もし電力消費者として発電所を選択できるのであれば、喜んで原発以外の発電所を選択する。

原発推進派には原発反対派に代案の提示を要求する者がいるが、筋違いである。原発反対派は原発が問題であるから反対するだけであり、代案を提示しなければならない義務はない。政商と批判される孫正義のような自然エネルギー利権などに原発反対派が巻き込まれる必要はない。

原発反対派は最初の原発設置の時から一貫して反対してきた。自然エネルギーの研究を怠り、これまでひたすら原発を増やしてきたという経緯は反対派を無視して築かれてきたものである。既に原発が存在するから、それを前提にしろ、というのは既成事実の強引な押し付けである。

原発がなくても電力供給は困らない。「原発が無いと、電力が足りない」は虚偽である。東日本大震災直後に電力供給が逼迫したことは事実であるが、それは火力発電所も操業を停止したためである。火力発電所は迅速に復旧している。

計画停電は原発の必要性をアピールするための脅迫停電である。武蔵野市会議員が東京電力に停電対象からの除外を要請した武蔵野市が政令指定都市を差し置いて計画停電対象から除外されるなど計画停電は恣意的であった(林田力「武蔵野市を計画停電対象外とする不合理」)。

http://hayariki.net/atom.html

火力発電所は余力を持っている。原発優先の国策と出力調整が不得手という原発の欠点があるために火力発電所を休ませて原発で発電させた。そのために原発の発電量が3割を超える結果となったのであり、火力発電所で補うことは可能である。現実に2003年に東京電力の17基の原発がトラブル隠しによって全て停止した際も電気は供給された。

原発推進派は火力発電所依存に対して二酸化炭素の排出を持ち出す。しかし、これこそ本末転倒の議論である。放射性廃棄物の有害性は二酸化炭素の比ではない。環境を持ち出すならば原発こそ槍玉に挙げなければならない。
file:///C:/0dora/0haya/hayariki2.htm#1
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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地獄に堕ちる弁護士の有名なジョーク

地獄に1人のエンジニアが送られてきた。
めっぽう手先が器用な男で、長年の酷使でポンコツ化していた、さまざまな拷問道具を修理するわ、血の池の自動温度調節システムを開発するわ、魔王の体重で折れかけていた椅子の脚まで補強するわと大活躍。
「これはいい住人が来た」とほくほく顔の魔王のもとに、天国の神から連絡が入った。
「エンジニアはこちらに来るべき男。手違いなので至急送り返されたし」
魔王が冗談じゃないと断ると、激怒した神から「法的手段も辞さない」との最終通告が。
魔王はニヤリとほくそえんで、回答を送った。
「やれるものならやってみろ。弁護士は全員こっちにいるぞ」
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いくさの子第1巻

いくさの子は織田信長を描く歴史漫画。本能寺の変で幕を開け、信長の誕生に遡る。この巻では吉法師と呼ばれる子ども時代が描かれる。海賊に誘拐されるというオリジナリティあるエピソードが登場する。尾張の織田弾正忠家が駿河の今川家の海上交易を妨げる存在になっていたとする経済的視点をクローズアップする。政治や農業中心の伝統的な歴史観からは新鮮である。花の慶次や影武者徳川家康で道々の者を取り上げた原哲夫らしい。林田力
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2012年2月2日木曜日

二子玉川ライズによる環境悪化

林田力は2012年1月に二子玉川ライズの住環境破壊を批判する住民団体・二子玉川の環境を守る会のニュースを配布した。受けとった方の中には瀬田に親戚がいる方がいる。「再開発のせいで穏やかな二子玉川が、すっかり変わってしまった」と嘆いていた。二子玉川ライズの超高層ビルを見ると、地獄があまり遠くない場所にあると思えてくる。
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2012年2月1日水曜日

Apple(アップル)に人権軽視批判

Apple(アップル)は労働者の人権を軽視して巨額の利益を上げていると報道された(CHARLES DUHIGG and DAVID BARBOZA, Apple's iPad and the Human Costs for Workers in China, New York Times, January 25, 2012.)。宣伝広告で作られた企業イメージと実体の乖離を浮き彫りにしたNew York Times記事は大きな反響を呼んでいる。

中国にあるApple製品の工場の労働環境は劣悪で、事故が絶えない。長時間の残業は当たり前で、週7日労働もある。未成年の労働者も確認された。作業員の健康・安全には無配慮である。ある工場ではiPhoneのスクリーンを洗浄するために有毒な化学物質を使うように作業員が命じられ、137名が健康被害に遭った。その有害物質は作業効率を高めるために使用されており、安全よりも利益という企業体質を物語る。。

iPadの工場ではアルミニウムの粉塵による爆発事故が複数件発生し、死傷者を出した。成都の工場では4名が死亡し、77名が負傷した。その後にも上海のiPad工場で同じ原因の爆破事故が発生しており、教訓を活かせていない。爆発事故はiPadのケースを研磨する作業で発生した。工場は換気が悪く、アルミの削り屑が工場内に広がり、火花で着火で爆発した。

中国でiPadやiPhoneなどのApple社製品を受託生産するFoxconn(フォックスコン)は広東省深セン市にある工場で10人以上の従業員が相次いで飛び降り自殺を図る「連続自殺騒動」が起こり、過酷な労務環境が報道された。New York Times紙の記事ではAppleがFoxconnを支え、成長させた原動力とした上で、Appleの行動は是認できないものと指摘する。

Appleの問題として元アップル役員はApple独特の秘密主義を説明する。サプライヤーはAppleとの契約について一切他言してはならないとされる。この閉鎖性によって労働環境の改善が進まないと批判されている。多数の権利擁護団体やメディアの要求によって、Appleは初めて156のサプライヤーのリストを公開したが、孫請け会社については、依然として情報は不明なままである(佐藤ゆき「過酷な労働環境でアップル製品はつくられている / 長時間労働、絶えない爆発事故、週7日労働も」ロケットニュース24 2012年1月31日)。
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国際情勢解説者の田中宇氏は別の面からAppleの体質を指摘する。ガーディアン紙の記事を引用して、iPhoneによるプライバシー侵害の危険性も指摘する。iPhone利用者はブラウザで何を見たか、どのようなアプリをダウンロードしてどのように使用しているか、外出時にどこに行ったかなどの情報が随時Appleに送信される。情報を送信させない設定もあるが、その設定でAppleが情報を採取していないと確信できる根拠はない(iPhones and Android phones building vast databases for Google and Apple, guardian, 22 April 2011.)。

しかも収集した情報を米国の諜報活動に利用させている可能性を推測する。「スティーブ・ジョブズが死んだ後、世界的な英雄に祭り上げられたプロパガンダ的な急上昇を見ると、アップルも諜報機関に入り込ませてあげる見返りとして、企業イメージと株価の向上を得ることにしたのかもしれないと感じる。」(田中宇「米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代」2012年1月25日)

Appleは消費者向けビジネスで成立している企業である。「他の大企業とは違い、Appleに対してわれわれ消費者は絶大な影響力を持っている」(「汚れた金か?—ニューヨーク・タイムズのApple記事を考える」TechCrunch Japan 2012年1月27日)。Apple製品を購入するか否かは消費者の意識が問われる問題である。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力の心臓は激しい動悸

協議によって明らかになった東急不動産営業の特徴は対話ができないことである。東急不動産営業は、他者との対話ができない。いつも一方的に大上段に振りかぶり、言いっ放しになる。東急不動産営業にとって議論が通じない原因は、全て相手が論理的でない、妄想的と認識する。従って他者のせっかくの忠告にも耳を貸さない。
林田力にとっては我慢の要した協議であった。協議によって東急リバブル・東急不動産の約束無視が明らかになり、不誠実さが再確認された。これは売買契約取消しの正当性を一層強めた。屈辱感で林田力の心臓は激しい動悸を打ち、全身の血管が脈打って両手はギュッと拳を作っていた。
渋谷東急プラザからの帰途、東急リバブル東急不動産との折衝を開始して以来、お馴染みの屈辱感が林田力の内部に頭をもたげていた。打ちのめされた気分であった。独りになると余計にこたえた。いくら努力を重ねても心には悲憤が渦を巻くばかりであった。悲憤は林田力の内にいる獰猛な伴侶、怒りへと形を変えていった。その日は寒い日であったが、やみくもに街を歩き回った。走り出したくなる気持ちを抑えることが、どれほど困難なことであったかを覚えている。涙は止まらず、風に吹きさらされて顔は滅茶苦茶になった。
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無頼伝ガイ

無頼伝ガイは週刊少年マガジンに連載されていたマンガ。作者はギャンブルや駆け引きを得意とするが、この作品は冤罪を晴らし、社会悪と対決し、自由を獲得するストレートな結末となった。
悪人はどこまでも悪人という明快さがある。これは林田力「東急不動産だまし売り裁判・こうして買った」と同じである。表面的に社会派を気取るならば悪人側にも事情があるというようなことを書きたくなるが、そのような甘さでは社会悪を描けないことも事実である。
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