2010年5月31日月曜日

林田力「宇宙開発の徹底的な事業仕分けを」

【PJニュース 2010年5月30日】事業仕分け第2弾では、日本の宇宙事業を担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)も対象とされ、JAXA運営の広報施設「ジャクサアイ」が廃止に決まった。仕分け人からは「日本の宇宙戦略は誰が決めているか不明確」と宇宙開発自体への疑問が提起され、「ジャクサアイ」は「費用対効果が不明」と結論付けられた。

日本の宇宙開発は麻生政権時代の宇宙開発戦略本部(本部長=麻生太郎首相)がまとめた「宇宙基本計画」によって従来の方針から大きく転換された。そこでは有人宇宙計画や防衛分野での利用などが盛り込まれた。この基本計画策定当時のパブリックコメント募集(2009年5月18日締め切り)で、記者(=林田)は宇宙開発廃止の立場からパブコメを提出した。その考えは現在でも通用する。

宇宙は地に足付いた健全な生活を送る人々の生活とは無関係な頭上はるか彼方にある。そのような宇宙に挑む資金と時間があるなら、この人類の生活圏を豊かにすることに目を向けた方が有益である。現実から目をそらして宇宙で夢想するよりも、地球上での義務を果たすべきである。人類が足を置いている地球には解決しなければならない問題が山積みしている。
http://news.livedoor.com/article/detail/4797894/
http://www.pjnews.net/news/794/20100529_6
地球環境も守れないのに、宇宙開発を進めるのは浪費であり、無意味である。現実に地球環境は悪化しており、大気汚染や大規模自然災害で苦しんでいる人々が沢山いる。その人々を置き去りにして、莫大な国民の血税を浪費し、国威発揚や科学者の名誉心・道楽を追求するのは欺瞞である。人類及び地球上に生息する生命の平和的共存ができてからでも遅くはない。自分たちの身が立つ開発を優先させるべきである。目先の問題を処理できていないのに、未来の夢を語るのは現実逃避である。

宇宙ステーションや宇宙基地を建設したところで、地球上で生活を送る何10億の人類のほんの一部でも養えるわけではない。そもそも先祖代々生活し、住み慣れた母なる地球を捨てて、生存環境を構築するだけでも高価な装置が必要な宇宙で生活することは幸福を意味しない。膨大な国民の税金と、一つ違えば人命まで犠牲にして、競ってロケットを打ち上げたとしても人類が豊かになるわけではない。1986年1月のスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故は記憶に新しい。

日本の経済的繁栄の一因は宇宙を舞台にした軍拡競争に参加しなかった点にある。宇宙開発が繁栄を約束するならばソ連は崩壊しなかった。米国が双子の赤字に苦しむこともなかった。現実はその逆で、経済性を無視した宇宙開発競争が米ソ超大国の経済を疲弊させた。宇宙開発は経済にとってお荷物である。地球上で生活する人類に恩恵を与えないものが経済発展をもたらすというのは幻想に過ぎない。

何の戦略もないまま先端技術というだけで飛びつくことは昔からの日本人の悪癖である。結局は膨大な資金、時間、更には人命までも費やし、徒労に終わるだけである。しかし残念ながら、現実を直視できる人はいつも少数派である。

不況で自分に自信が持てず、ナショナリズムでしか自尊心を維持ない保守・右傾化した層は、「日本」「国産」「自主開発技術」「世界一」などの言葉が出るとROIも検証せずに酔いしれてしまう。日本は経済大国と自惚れているが、経済の規模こそ大きいものの借金の規模はそれより遥かに大きい。

宇宙開発は夢や感動を与えてくれるから、縮小すべきではないとの見解がある。無駄な公共事業に費やす資金があるなら、新しい分野である宇宙開発に投資すべきと主張する。しかし夢や感動を与えてくれるのは宇宙開発に限らない。科学技術には他にも沢山の分野があるし、文芸やスポーツも大きな夢や感動を与えてくれる。それら他の分野の人の夢を否定する一方で、他の分野の方に宇宙開発に対してのみ夢や感動を抱けと強制することは不公正である。以上より、国策としての宇宙開発を廃止して人々の生活を豊かにすることを目指すべきである。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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大手銀行の不動産融資残高減少

大手銀行の不動産融資残高減少
大手銀行の不動産融資残高が軒並み減少している。不動産不況を踏まえれば当然である。東急不動産だまし売り裁判のように不利益事実を隠さなければ売れない新築マンションはビジネスモデルとして破綻している。

銀魂かぶき町大戦争終結

銀魂 かぶき町大戦争終結
どのようなまとめ方をするか先が読めなかった、かぶき町大戦争も、空知さんらしい感動的な大団円になった。銀魂の中でも有数の感動長編となった、この話も最初は好きでなかった。無邪気に他人をヤクザの戦いに巻き込む平子が不気味だったが、お花畑も綺麗に伏線になっていた。

2010年5月30日日曜日

林田力「『歌舞伎町のシャブ女王』薬物依存の怖さ」

本書(石原伸司『歌舞伎町のシャブ女王 覚醒剤に堕ちたアスカの青春』バジリコ、2007年12月22日)は「夜回り組長」の異名を持つ著者(石原伸司)と「歌舞伎町のシャブ女王」と呼ばれた太田アスカの壮絶な交流記録である。著者は暴力団組長を引退後に作家となった。

現在は作家として活動しながら、繁華街を夜回りし、非行少年少女の更生に尽力する。その活動はNHK「ゆうどきネットワーク」(2008年10月31日放送)で「夜回り組長 再出発の応援歌」と特集されるなど、広く認知されるようになった。
http://www.janjanblog.com/archives/3953
暴力団組長という経歴を持ち、大勢の非行少年少女と向き合ってきた著者にとっても、アスカは衝撃的であった。著者をして「こんな女、見たことがない」と言わしめるほどであった。何しろ13歳からの筋金入りのシャブ(覚せい剤)&セックス中毒者である。自分を裏切ったヤクザの組長を警察に売る一方、刑事をシャブ漬けで破滅させるという荒業を行っていた。

そのアスカは著者と出会うことで更生を決意する。しかし、荒んだ生活が身についてしまっているアスカは一筋縄ではいかない。商業的には非行少女の更生物語として感動的にまとめたいところである。著者自身、本書の企画時点ではアスカの更生物語とするつもりであったと書いている。急死した飯島愛さんを目標としてタレントとして売り出す構想まであったという。

ところが、アスカが失踪するなど現実は期待通りに進まなかった。本書ではアスカに裏切られた著者の困惑と落胆を率直に記している。予定調和の展開にならず、話の座りは悪いものの、ありのままに記録した著者を始めとする出版関係者の誠実さは高く評価したい。

更生物語としては中途半端になってしまった本書であるが、それ故にこそ薬物中毒の怖さが印象に残る。一度中毒になってしまうと抜け出すことは容易ではない。止めた後も何年にも渡って心身を損なう。本書のアスカも幻覚に苦しめられており、それが不可解な行動になっている。

本書出版後の2008年は有名大学の大学生への大麻汚染が社会に衝撃を与えた。その背景として薬物依存症への認識の甘さが指摘されている。大麻の吸引がファッション感覚になっているという。その意味で当初の企画からすると不本意な内容になったとしても、本書の出版は非常にタイムリーであった。期せずして社会の問題意識に適合した内容になった。多くの人が本書を読み、薬物依存の怖さを認識して欲しいと感じた。
http://news.livedoor.com/article/detail/4796858/
http://www.pjnews.net/news/794/20100528_12

広島のオリンピック招致は被爆地を汚す

林田力「広島のオリンピック招致は被爆地を汚す」
【PJニュース 2010年5月29日】原爆が投下された被爆地である広島市は2020年の夏季オリンピック招致に向け、着々と体制を固めている。2010年5月25日には長崎県の中村法道知事が五輪招致検討委員会の応援委員として参加した。もともと広島市と長崎市にはオリンピックを核兵器廃絶・世界の恒久平和のシンボルにするために、五輪開催地に共同で立候補する構想があった。しかし、広島の五輪招致は、むしろ被爆地の尊厳を損なうことになると考える。
http://news.livedoor.com/article/detail/4796858/
http://www.pjnews.net/news/794/20100528_12
平和五輪構想はオリンピックの実態を踏まえるならばナイーブ過ぎる。オリンピックは世界平和ではなく、国威発揚のために利用されてきた。1936年のベルリン・オリンピックがナチス・ドイツのプロパガンダに使われたことは有名である。1988年のソウル・オリンピックでは分断国家・韓国が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する優位性を印象付けることに成功した。

オリンピックは国家同士の戦いである。個人競技さえメダルは出場選手の所属国にカウントされる。スポーツという平和的な手段であっても、国家同士の戦いの場に被爆地を持ち出したならば他国から反発を受けることは火を見るよりも明らかである。
これは立場を変えて考えれば理解できる。たとえば日本がだまし討ちした真珠湾や大虐殺の行われた南京を平和のシンボルとしてオリンピック開催地となった場合に、素直に祝福できる日本人はどれだけ存在するだろうか。このような想像ができないところにも被害者意識は豊富だが、加害者意識が希薄という日本人の身勝手さが現れている。

被爆地を前面に出すことは、むしろオリンピックを招致する上で障害になる。しかし、被爆地であることを抑えて招致活動をするならば別のアピールポイントを見つけなければならない。しかも、核廃絶のシンボルという本来の目的が失われてしまい、意味がなくなる。

広島市の問題は2016年のオリンピック開催地から落選した東京の敗因を分析したとは思えないことである。東京は環境に配慮したカーボンマイナス・オリンピックを掲げたが、落選した。環境問題は人類にとって重大問題であるが、オリンピックで最優先に考えなければならない問題ではない。同じことは核廃絶にも当てはまる。核廃絶はオリンピックとは別の場所で解決されるべき問題である。被爆地として真剣に核廃絶を進めるならばオリンピック招致に浮かれるのではなく、地道な取り組みを大切にすべきである。【了】
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林田力「中央区勝どき・東陽院に十返舎一九の墓所」JanJanBlog 2010年5月28日
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2010年5月29日土曜日

林田力「シングルイシューの重要性」

【PJニュース 2010年5月28日】シングルイシュー選挙とは一つの争点が争われる選挙である。2005年に行われた郵政解散総選挙が代表的である。衆議院を解散した小泉純一郎首相(当時)は「今回の解散は郵政解散であります。郵政民営化に賛成してくれるのか、反対するのか、これをはっきりと国民の皆様に問いたい」と会見した。この明快さが国民受けし、自民党は議席を大幅に増加させた。
http://news.livedoor.com/article/detail/4794627/
http://www.pjnews.net/news/794/20100528_1/
この結果に対して、シングルイシューそのものを問題視する見解がある。社会保障制度(年金)や小泉首相の靖国神社参拝など様々な論点が存在したにもかかわらず、郵政民営化問題のみで自民党が支持されたことを不合理とする。現実に郵政民営化への支持で圧倒的な多数派となった自民党は、郵政民営化以外の問題でも多数派として自党の主張を押し通す結果になった。しかし、「シングルイシューはけしからん」と主張することは建設的ではない。

郵政選挙で惨敗した民主党は「郵政改革には賛成、自民党の郵政民営化法案には反対」という曖昧な姿勢であった。これは官尊民卑の打破を求める都市部を中心とした有権者(民営化歓迎)と労働条件悪化を憂慮する郵政労働者(民営化反対)という2つの支持基盤の意向を折衷した感が否めなかった。

岡田克也・民主党代表(当時)は「郵政民営化だけが争点ではない」と主張したが、解散の端緒は参議院本会議での郵政民営化法案の否決であった。郵政民営化は唯一ではないとしても主要な争点であった。その主要争点について明快な主張を出せなかったことが民主党の敗因である。シングルイシューの悪玉視は筋違いである。

日本社会の問題点は過去を水に流して忘れてしまう非歴史性にある。問題はシングルイシューではなく、毎回の選挙で単発の争点が登場し、一貫性も連続性もないことである。この点では国民新党に一貫性がある。国民新党は郵政選挙で郵政民営化反対を掲げ、民営化後は郵政民営化見直しを主張する。国民新党は民営化後のサービスレベルの低下の検証に熱心である。Webサイトで「民営化後の郵政サービスに不備はありませんか」と呼びかけ、広く情報収集している。連立政権に参加後は日本郵政グループの非正規社員の正社員化を掲げるなど、国営時代よりも一歩進めた反小泉改革の立場からの郵政改革を志向する。

郵政民営化では民営化後に「かんぽの宿」疑惑(東急リバブルが僅か1000円で取得した沖縄東風平レクセンターを4900万円で転売した問題など)が噴出した。郵政民営化に問題があったことは否定できないところである(林田力「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書公表」PJニュース2010年5月24日)。

その意味で郵政民営化問題に継続的に取り組む国民新党は、その主張を支持するか否かは別としても政党のあるべき姿を示している。普天間問題での鳩山由紀夫首相のブレが象徴するように、マニフェストや公約への信頼は失墜した。「これから何をしてくれるか」という未来への期待だけでは正しい判断は難しい。来る参議院議員選挙では「これまで何をしてきたか」という過去の言動も踏まえて一票を投じたい。【了】
http://www.janjanblog.com/archives/3914

林田力「小室哲哉の浮き沈みと格差社会」

林田力「小室哲哉の浮き沈みと格差社会」
【PJニュース 2010年5月27日】音楽プロデューサーの小室哲哉氏の浮き沈みは、夢を抱きにくい日本の格差社会の閉塞感を象徴する。小室氏は日本の音楽シーンに一時代を築いたものの、2008年11月4日に音楽著作権の譲渡をめぐる5億円の詐欺容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。詐欺事件後の復帰作となった音楽グループAAAのシングル「逢いたい理由/Dream After Dream 〜夢から醒めた夢〜」(2010年5月5日発売)は17日付オリコンチャートで初登場1位を記録した。

その一方で、東京地裁(大段亨裁判官)は2010年5月25日に小室氏経営の芸能プロダクション「ティーケーシーオーエム」に4万ドルの支払いを命じる判決を言い渡した。これは子供服ブランドの販売契約をめぐり、貿易業を営む女性が未払いの契約金を請求した訴訟である。原告側は小室氏側の不誠実さを非難し、小室氏本人らにも支払いを求める別訴も提起している。まだまだ過去を清算したとは言えない状態である。
http://news.livedoor.com/article/detail/4792322/
http://www.pjnews.net/news/794/20100526_12
詐欺事件の逮捕当時は小室氏の浪費癖が転落の原因としてクローズアップされた。しかし、困窮の原因は香港での事業の失敗により莫大な負債を抱えたことである。仮に浪費がなかったとしても、小室氏が金銭に窮することに変わらない。絶頂期の生活レベルを落とさなかったことを原因とする見方は、あまりに表層的である。

日本は格差社会に突入したと言われて久しい。資本主義を前提とする限り、貧富の差は存在する。逆に言えば貧富の差を否定したいならば資本主義そのものと戦わなければならない。しかし資本主義を肯定する立場からも格差社会は批判される。それは一度生じた格差を拡大し、固定化させてしまうためである。即ち、格差社会では金持ちは益々金持ちに、貧乏人は益々貧乏になる。しかも金持ちの子は金持ちに、貧乏人の子は貧乏のままと固定化する。

この意味で金持ちの家が金持ちであり続けることは格差社会の制度的恩恵に浴している。一方で財産を保ち続けることは傍から見るほど簡単ではない。財産を維持し続けることは、それを守る能力があることを意味する。財産があると、それを奪おうと襲いかかる人間たちが決まって登場する。金持ちであり続けたいならば、どこからか財産の匂いを嗅ぎつけて近づいてくる連中を瞬時に見破る能力が求められる。

そして小室氏に決定的に欠けていたものは、この能力であった。金持ちであり続ける家の人間は意識的であれ、無意識的であれ、この能力を身につけている。だから金持ちであり続けられる。この能力を身につけられなかったことが一代で躍進した小室氏の限界であった。

日本ではマネー教育というと投資信託のような資産運用ものばかりであるが、財産の獲得や増加ばかりでなく、財産を失わないための知恵について社会的に教育することに重点を置くべきである。一部の金持ちだけが財産を失わない知恵を継承する一方、庶民は一攫千金を夢見て無駄な消費を繰り返すという状況では、日本経済の景気回復に乗せられるだけで格差は固定化してしまう。

窮乏した小室氏は他の金持ちから奪う側に転落してしまった。そこには自己の脇の甘さから他人も同様に隙があると考える安直さがあった。ここには自分の過去の失敗を直視するのではなく、事態を打開することのみを考える無反省な前向きさが存在する。焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むだけの発想は随所で行き詰まりを見せている。小室氏の悲劇は日本社会の閉塞感に通じるものがある。

前に進むだけではない。失敗しても無反省に再チャレンジを目指すのでもない。失わないことを大切にしていく社会になれば、人間を不幸にするシステムとまで酷評された日本社会も少しは住みやすくなる。【了】
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林田力「『女子弁護士 葵の事件ファイル』面白くて、ためになるリーガル小説」JanJanBlog 2010年5月26日
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2010年5月28日金曜日

東急不動産だまし売りの思惑

東急不動産だまし売り関係者の思惑
東急不動産側出席者の中で一番ペーペーの大島聡仁は、このような会議に出席するには経験不足であった。彼の発言は軽率であった。敬語も使えていなかった。それでも彼は自分はただの男ではないと心の底で思っているようであった。
林正裕は自分のような年輩者だけが許されると勘違いしている、これ見よがしのニヤニヤ笑いを浮かべていた。
東急不動産だまし売り被害者は腹の中にうごめきを感じ、ぱっと吐き出したくなった。胸の中で言葉がひしめき、文章になって表現されることを待っていた。
東急不動産だまし売り被害者は自分の計画でマンションだまし売り計画を粉砕するために、自信過剰で傲慢にならないように自分を戒めた。
悪徳不動産営業は、その時が来ることを知っていたが、いつ始まるかは知らなかった。平凡極まりない現実から益々心が離れていき、不安と期待との結びつきに不思議な興奮を覚えて、一層気持ちがぐらついていた。世界そのものが、だんだん暗く、神秘的になり、より活動的で、しかもまた一方でより不吉そうに見えた。夢で見る黒い森の中の名状しがたい可能性と悲哀と恐怖と憂愁の影に満ちた場所のような、その世界が血管を巡りながら、心を騒がせ、魅惑し、破滅をもたらしそうに思えた。ところが今、東急リバブルだまし売り被害者の黙示録的序曲が鳴り響くとともに、現実への未練は急速に萎んでいき、もう二度と回復することはないだろうという気がした。
地上げ近隣対策屋は悪徳不動産営業に助言と判断を求めていた。しかし、悪徳不動産営業にとって、近隣対策屋の運命は問題ではなかった。虫けらが死ねば、より多くの虫けらが生まれてくるからだ。

2010年5月27日木曜日

平等主義教育で人間らしく優しい社会に

【PJニュース 2010年5月26日】教育機関による平等主義教育は高く評価されるべき、画期的な施策である。先進的な小中学校では教育的な配慮から、差別にならないような工夫を試みている。例えば運動会の徒競走で順位を付けず、手をつなぎみんなでゴールする形にする。また、学級委員長を設けず、保健委員や美化委員といった横並びの役職にする。この種の試みには、社会の側から根強いバッシングがなされているが、平等主義教育は不当に貶められている。
http://news.livedoor.com/article/detail/4790336/
http://www.pjnews.net/news/794/20100525_4
平等主義教育の擁護者も、徒競走で1位になることや委員長になることを悪いことと捉えているわけではない。1位になれなかった子どもや、委員長になれなかった子どもが傷つき、劣等感を持つことを避けるための施策である。学校が傷つく子どもたちの気持ちに配慮するようになっただけでも大きな前進である。

記者の子ども時代は上記のような平等主義教育は存在しなかった。想像することさえできなかった。基本的に学校の教師になる人は学校教育において勉強や運動ができた人に属する。教職資格は大学卒業が前提であり、昔よりも大学進学率が向上しているとはいえ、できる側にいなければ教師になれない。そのような教師たちが勉強や運動のできない子どもに配慮することなど記者の時代には考えられなかった。できない子どもへの配慮について教師が考えるようになったことは人間性の豊かな教師が増えたことを意味する。

記者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して新築マンションを騙し売りされた経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。最終的に裁判によって売買代金を取り戻したが、一生に一度あるかないかの買い物で問題物件をだまし売りされた被害者としての辛さ、悲しみ、絶望感は経験のない人には共有困難なものである。そのことを理解しているため、できない子どもが傷つかないようにするという問題意識を教師たちが抱いたこと自体に感銘を受ける。

一方で平等主義教育への先進的な取り組みに対して学校外からの批判が強いことも理解できる。いつでも大人は「最近の若いものは……」と言いたがる。自分たちの子ども時代よりも現代の子どもたちが優しい扱いをされることは感覚的に許せない。

平等主義教育のデメリットは、徒競走で1位になりうる子や学級委員になりうる子が能力を発揮する機会を奪われることである。これは平等主義教育の擁護者でも否定できない欠点である。しかし、平等主義教育の問題意識は1位になれなかった子どもや、委員長になれなかった子どもが傷つかないようにすることであった。能力のある子を伸ばすか、能力のない子を傷つけないかはトレードオフの関係にある。

平等主義教育の擁護者は能力のない子への教育効果を価値判断として優先させている。平等主義教育を肯定するとしても、天才的な子どもが得意の分野で大人顔負けの成果を発揮することは否定しない。しかし、不得手な人も強制的に参加させられる義務教育の枠内で順序付けをすることは別問題である。

焼け野原から経済大国にしてしまうような前ばかりを見て歩んできた日本社会において、能力のない子への教育的を優先させるという価値判断を教師たちが行ったことは非常に画期的である。このような教師たちが存在することは「人間を幸福にしない日本というシステム」とまで酷評された日本社会も、少しは人間らしく優しいものになると期待を抱くことができる。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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トヨタ自動車イメージ悪化

トヨタ自動車のブランドイメージ悪化
日経ビジネスの自動車ブランドイメージ調査では大規模リコール問題を受け、トヨタ自動車のブランドイメージが悪化した。プリウスのブレーキ欠陥など対応の遅さや消費者無視の姿勢が要因と考えられる。不利益事実を隠して問題マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産と共通する問題である。

二子玉川堤防工事に抗議

二子玉川堤防工事に抗議
桜を切るバカと昔からいうが、国土交通省は、それをしようとしている。朝七時半から工事を始めた。土嚢を積む。それによって増水期も工事ができるようになる。工事をするために土嚢を仮囲いとする。
ゴミのように醜悪な土嚢である。

2010年5月26日水曜日

弁護士なしでの裁判体験談『訴えてやる!』

本書(梅中伸介『訴えてやる!』扶桑社、2007年9月10日)は個人事業主の著者が踏み倒された請負代金を回収するための奮闘記である。著者は書籍の制作を請け負ったが、代金の入金はなかった。催促しても発注者は逃げ回っているばかりである。内容証明郵便を送付しても受け取りを拒否された。そのため、支払督促、訴訟、強制執行と司法手続きによって回収することになる。これらの手続きを弁護士なしの独力で進めたことが本書の特色である。
http://www.janjanblog.com/archives/3428
私は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から新築マンションを購入したが、実は不利益事実(隣地建て替え)が説明されない問題物件であった。引渡し後に真相を知り、消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判で売買代金を取り戻した経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。それ故に著者の経験には大いに共感するところがある。

本書は全部で8章あるが、後半に入る第5章でようやく司法手続き(支払督促)に入る。それまでの章は発注者への督促や法律相談に費やされている。裁判記録として位置付けるならばバランスの悪い構成であるが、一般の人にとって裁判を起こすのはよほどのことであり、そこに至るまでには様々な出来事があることが多い。私自身、不誠実な対応を繰り返された末に東急不動産を提訴している。このため、本書の構成は一般人の裁判記録としては非常にリアリティがある。

本書では支払督促に対し、相手方(発注者)から異議を申し立てられ、簡易裁判所での通常訴訟に移行した。法廷では相手方は「事務所が入居していたビルが差し押さえられた」などの身勝手な言い訳をするのみで、法律的な主張を展開は弱かった。このため、著者の主張に沿った訴訟上の和解があっさりと成立した。この点において本書は、両当事者が法律的な争いを続ける通常の民事訴訟の参考にはならないという限界がある。

本書の醍醐味は法律的な議論よりも、相手方の不誠実や裁判制度の複雑さなど一般人の思いを率直に表現していることである。訴訟上の和解成立後に相手方は「今回はすみませんでした」と謝ってきたという。それに対し、著者は「胸の奥にはまだ田村(注:相手方の社長)に対する怒りがくすぶっていたのだ。割り切った対応をする自身がなく、早く一階に下りて、田村と別れたい。その一心だった」と赤裸々に告白している(119頁)。

私自身、東急不動産の課長から最後に「ご迷惑をおかけしました」と言われ、「東急不動産の不誠実な対応で何倍にも迷惑が増大したのに、今更そのような発言をする資格があるのか」と腸が煮えくり返った思いがある。相手の苦しみに配慮せず、自己満足のためにポーズを取る人間の醜さを見せ付けられた。このように本書は裁判経験のある私にとって大いに共感できる内容である。裁判をしようと考えている方や現に裁判中の方にお勧めの一冊である。
(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
http://www51.tok2.com/home/hayariki/futako/tama.html
林田力「天安沈没事件調査報告を市民団体が批判=韓国」PJニュース2010年5月25日
http://news.livedoor.com/article/detail/4787992/
http://www.pjnews.net/news/794/20100524_5
林田力「『女子弁護士 葵の事件ファイル』面白くて、ためになるリーガル小説」JanJanBlog 2010年5月26日
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2010年5月25日火曜日

東急不動産不買運動家の言葉

東急リバブル不買運動家の言葉
東急不動産不買運動家の言葉は様々な形で東急不動産だまし売り被害者に影響を及ぼした。東急不動産だまし売り被害者は目の前にいる東急リバブル不買運動家に心を許すようになると、その言葉にうっとりとさせられた。その言葉は魅惑するように東急不動産だまし売り被害者の心に火をつけ、少年時代に目の前に広がる世界を感じた浮き立った気分を再び味わわしたせてくれた。

リバブル不買運動家は知的労働を楽しんでいた。他の人々が書類の整理やコンピューター偏頭痛に悩まされる状況でも、東急不買運動家は整然とした大脳の訓練をすることで、自分の中にいる研究者、文書管理人、チェスのプレーヤー達が一層強い満足感を味わうことを知っていた。成功するためには戦術と経験と幸運が必要である。この三つのうちで制御可能なものは戦術のみである。それは知識と知恵、技巧から成り立つ。そして知識はインターネット上で公開されているデータや断片的情報の山のアチコチで、かすかな光を放っているところを捕まえることができた。

銅御殿マンション問題で行政訴訟

銅御殿マンション問題で行政訴訟
東京都文京区の重要文化財・銅御殿の隣接地で野村不動産がマンションを建設している問題で、周辺住民らが文化庁長官の権限発動を求めて提訴した。ビル風により文化財が破損する恐れがあるとする。ビル風は東急電鉄・東急不動産の二子玉川ライズ タワー&レジデンスに対しても問題になっている。

2010年5月24日月曜日

二子玉川ライズ問題記事リンク

口頭意見陳述後の二子玉川ライズ問題記事リンクです。
林田力「二子玉川再開発事業計画への口頭意見陳述開始=東京・世田谷」PJニュース2010年4月21日
http://news.livedoor.com/article/detail/4729735/
林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(上)」PJニュース2010年4月28日
http://news.livedoor.com/article/detail/4743057/
林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(下)」PJニュース2010年4月29日
http://news.livedoor.com/article/detail/4745569/
林田力「デジタル映像産業誘致は二子玉川再開発の尻拭いか=東京・世田谷」PJニュース2010年4月30日
http://news.livedoor.com/article/detail/4746505/
林田力「二子玉川再開発の審査で専門家による補佐人陳述決定」PJニュース2010年5月8日
http://news.livedoor.com/article/detail/4757660/
林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(上) 」PJニュース2010年5月9日
http://news.livedoor.com/article/detail/4758811/
林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(下)」PJニュース2010年5月11日
http://news.livedoor.com/article/detail/4762161/
林田力「産能大街のイメージ調査と二子玉川再開発のギャップ」PJニュース2010年5月12日
http://news.livedoor.com/article/detail/4764241/
林田力「二子玉川再開発の公共性を問う補佐人意見陳述」JanJanBlog 2010年5月16日
http://www.janjanblog.com/archives/2454
以下のページの下部が記事へのリンク集となっています。
http://www51.tok2.com/home/hayariki/futako/rise.html

世田谷区玉川地域でマンション建設

今晩は。
二子玉川ライズ(二子玉川東地区再開発)が街壊しとして、大きな問題になっている世田谷区玉川地域ですが、またマンション建設が動き出すようです。
 二子玉川エリアの開発用地を取得、清水総合開発
 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/nfm/news/20100422/540869/
 等々力の開発用地2300m2を取得、小田急不動産がJTから
 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/nfm/news/20100427/540941/

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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『憲法改正試案集』護憲派も改憲派も改正案を知ろう

本書(井芹浩文『憲法改正試案集』集英社、2008年5月21日発行)は公表されている主要な日本国憲法の改正案や改正意見を比較し、解説した書籍である。取り上げた改正案・改正意見は公的なもの(衆議院及び参議院の憲法調査会最終報告書)から、政党の作成したもの(自民党新憲法草案、民主党提言など)、議員個人のもの(鳩山由紀夫「新憲法試案」など)、民間のもの(読売新聞試案など)まで網羅する。

著者は長年ジャーナリストとして選挙・政治報道に携わり、現在は政治学の研究者である。憲法学者ではなく、著者のような経歴の持ち主によって本書が刊行されたことは、現代日本において憲法改正問題が、すぐれて政治的な性格をはらんでいることを示している。
http://www.janjanblog.com/archives/3148
何故ならば改憲や護憲が一方の党派の政治目標になっている状況では、憲法改正を論じること自体が特定の政治的立場の表明につながるためである。これに対し、本書では改憲反対論者であっても、むやみに憲法改正論を非難するのではなく、議論に加わるべきとする。それが「国のかたち」を豊かにすると主張する。

実際、憲法改正案を並べてみると、改憲論の問題点が浮かび上がってくる。多くの憲法改正案に対する私の第一印象は、「果たして改正案と言えるのか」というものであった。改正とは不適当な箇所を改めることである。憲法改正とは現行憲法を前提として、その中の不備な部分を改めることである。

ところが改正案は、現行憲法の文言を修正するのではなく、全く新しい構成になっているものが多い。これは前文に顕著である。憲法改正案ではなく、新憲法草案と呼ぶ方が内容的には相応しい。

ここには日本人の憲法改正に対する未熟さがある。日本の歴史上、実質的な意味での憲法改正は一度も行われていない。形式的には大日本帝国憲法(明治憲法)から日本国憲法への改正一度のみである。これは改正の形式を採っているものの、天皇主権から国民主権への根本的な変更であり、実質的には新憲法制定であった。この経験しかないため、「憲法改正=憲法の作り直し」という発想になってしまう。

日本の敗戦時には憲法をゼロから作り直す必然性があった。日本が受諾したポツダム宣言は無責任な軍国主義の駆逐を主張しており、日本は軍国主義国家から人権を尊重する民主的な平和国家に生まれ変わらなければならなかった。そのためには天皇主権の大日本帝国憲法を全否定する必要があった。

かくして日本国憲法は誕生した。基本的に護憲派を自認する人々は日本国憲法に象徴される戦後の民主化を肯定的に評価する。これに対して改憲論には「押しつけ憲法論」に見られるように日本国憲法そのものに否定的な立場もある。そのような憲法否定論者も改憲論に与しているところに改憲議論が紛糾する原因がある。

憲法改正とは憲法を改正したいだけの内容があって、その部分を変更するものである。その意味で改憲派と護憲派という対立軸が生じること自体が本来は不自然である。たとえば「日本国憲法の中の天皇制だけは容認できない。国民主権や法の下の平等を定めた憲法の他の条項とも矛盾する。だから第一章を抹消すべき」という主張があるとする。ここには天皇制廃止についての賛成派と反対派の対立があり、憲法を改正するかしないかは結果に過ぎない。

ところが、現代日本の改憲議論は新しい憲法を作るべきか、そのままの日本国憲法でいいか、という改憲の是非自体が目的化された感がある。この点については憲法を聖典のように扱う護憲派に原因があると非難されることが多かった。

しかし現憲法を継承しない新たに創作した文章を憲法改正案として提示する改憲派にも問題がある。特定の政策の実現ではなく憲法の作り替えを目的化していると批判できる。これは護憲派が改憲議論への参加自体を拒否することを正当化する理由にもなる。

実際のところ、本書で指摘されているように、憲法改正案で改正される内容の多くは現行憲法の枠内でも新規立法で実現できるものである。憲法改正案の多くは国会議員の手によるものだが、国会議員の本務は憲法に従って法律を議決することである。本来の任務である立法権でできることを行わず、憲法改正を名目とした憲法制定ゴッコに明け暮れているとしたならば本末転倒のそしりを免れない。

本書は改正案の紹介が主眼で、著者の主張は抑制している。それでも時折登場する著者の意見は鋭い。印象的な内容は公の支配に属しない教育事業への公金の支出を禁じた現憲法第89条についての議論である。

この条項は私学助成との関係で問題になる。多くの論者は価値判断として私学助成を肯定する。私立学校も公立学校と同じく重要な教育の基盤になっているためである。そのため、私学助成に違憲の疑いが生じないような憲法改正を主張する立場もある。

これに対し、著者は「私学振興の目的のためには、高い学費を支払わされる私学生に対して授業料(あるいは入学金)の直接助成をするべきだった」と主張する(208頁)。私立学校に助成するために、私立学校への文部科学省の口出しが可能になり、天下りポストを提供する結果にもなっている。この弊害を避けることが現憲法第89条の趣旨ではないかとも主張する。実に興味深い見解である。著者の憲法論を前面に押し出した論稿も読んでみたいと思わせる内容であった。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月23日日曜日

二子玉川南地区暫定堤防土のう工事記事

今晩は。
二子玉川南地区暫定堤防土のう工事に対する住民の抗議について書いた記事が掲載されましたので、連絡します。

林田力「多摩川暫定堤防土のう工事に住民抗議=東京・世田谷」PJニュース2010年5月23日
http://news.livedoor.com/article/detail/4784823/
http://www.pjnews.net/news/794/20100522_7
以下にはPJニュースで掲載していない写真も掲載しました。
二子玉川暫定堤防建設反対運動=東京・世田谷
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FW: 立派な病院は建てたけれど

 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 無保険、医師不足など医療の問題が山積する今、「立派な病院は建てたけれど、医療が崩壊している」という事態が起こっています。
 90億円をかけて建築された巨大病院「北秋田市民病院」は、医者が半分しか集まらなかったため、来院・入院する患者数は予定を大幅に下回っています。そのため赤字経営です、その赤字は北秋田市が全額負担しています。これが市財政を圧迫してます。
 164億円かけて新築した秋田県の「十和田市立中央病院」も毎年10億円の赤字を計上しています。このままでは十和田市は破綻すると指摘されています。
 立派な病院は建ったのに、医療が崩壊するという倒錯した現実を、NHK教育のETV特集が放送します。
 
 NHK教育 ETV特集 「病院は建てたけれど〜地域医療・混乱と模索の現場から〜」
 http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html 
放送日:5月23日(日) 放送時間:午後10時00分〜11時30分

多摩川暫定堤防土のう工事に住民抗議=東京・世田谷

東京都世田谷区玉川1丁目の二子玉川南地区多摩川暫定堤防工事(二子玉川下築堤工事)では土のう積み工事が始まり、抗議を続ける住民らとの攻防戦は新たな局面を迎えた。5月22日には土曜日であるにもかかわらず、午前7時半から工事を開始し、住民感情を逆撫でした。

多摩川暫定堤防工事は二子玉川南地区に暫定堤防を建設する国土交通省の工事であるが、堤防の過大、自然や景観の破壊、治安悪化、内水氾濫の危険などを理由に住民らは「二子玉川の環境と安全を考える会」を結成し、反対運動が起きている(林田力「多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷(上)」PJニュース2010年5月6日)。「せたがや百景」にも選定された松林などは伐採されてしまったが、住民らは残された樹木を守ろうとしている。
http://news.livedoor.com/article/detail/4784823/
http://www.pjnews.net/news/794/20100522_7
土のうの積み上げ場所は住民らが守ろうとしている桜の木や旧玉川一丁目河川広場よりも川岸に近く、既に工事用に除草されてしまった場所である。それ故に桜の木の伐採などに比べると、施工者側にとっては工事しやすく、住民側にとっては抗議しにくい場所ではある。しかし、土のう積み工事は住民側にとって看過できない問題がある。本記事では2点指摘する。

第1に土のうの積み上げにより、二子玉川南地区から多摩川への眺めが遮られてしまう。既に堤防建設によって二子玉川南地区の多くの場所で住民が長年親しんできた多摩川への視界が遮られているが、土のう工事は残された場所からの眺めも奪うものである。

第2に土のう工事は堤防建設を早く進めるためのものでしかなく、住民のことを官上げたものではない。多摩川は6月から増水期に入り、そのままでは工事ができない。ところが、土のうを積むことで、増水期でも工事を進めようとする。

現在は価値観の転換期にある。これまでの日本で開発優先の発想によって無駄な公共事業が行われてきたことを総論で否定する人はいない。しかし、「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズに歴史的な政権交代を果たした現在でも、利権などのしがらみから無駄な公共事業が検証されないまま進められている状態である。鳩山政権の力不足の面もあるが、価値観の転換は一朝一夕に変わるものではない。それ故に過去の基準で正しいと判断した内容も時間をかけて慎重に検証し直すことが必要である。

ところが国土交通省の姿勢は正反対である。通常は行わない増水期にも工事を進めようとする。ここには新時代の価値観では耐えられない工事であることが分かっているために、一日も早く工事を完成させ、「できたものは仕方がない」で逃げ切ろうとする目論見が透けて見える。

また、住民の抗議に対する工事関係者の反論も「やれと言われたからやっている」というもので、自らの仕事に対する責任感も価値認識も誇りも感じられなかった。この発注者(国土交通省)にして、この施工者ありである。この場所に今後も住み続ける住民の真剣さとは比べようもなかった。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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マクドナルドでチキンタツタ復活

マクドナルドでチキンタツタ復活
【PJニュース 2010年5月22日】日本マクドナルドは、「マクドナルドの日本(ニッポン)の味」キャンペーンの第3弾として、往年のレギュラーメニューのチキンタツタを2010年5月17日から6月下旬まで期間限定で販売する。

「マクドナルドの日本(ニッポン)の味」は日本生まれのマクドナルドのメニューを順次期間限定で販売するキャンペーンである。既に「NEW てりたま モチモチバンズ」「NEW ゴマえびフィレオ ごまごまバンズ」を販売した。
http://news.livedoor.com/article/detail/4783629/
http://www.pjnews.net/news/794/20100521_24
チキンタツタは1992年から2004年までレギュラー商品として販売されていた。2009年に期間限定で復活したところ、予想以上の売れ行きとなった商品である。2009年のチキンタツタ復活は日本オリジナルの4商品を期間限定で販売するキャンペーン「NIPPON ALL STARS」の一環として行われた。「たまごダブルマック」、「月見バーガー」に続く第3弾として2009年9月25日から10月15日までの期間限定で発売する予定であった。ところが予想以上の売れ行きで10月10日に販売を終了した。

マクドナルドにとってチキンタツタは以下の2点で異色の商品であった。

第一にパティである。ショウガ醤油風味のチキンタツタパティに千切りキャベツと辛味のあるソースを合わせている。今でこそ「マックポーク」や「ジューシーチキン赤とうがらし」とパティのバリエーションが豊富になっているが、ビーフ一色であったレギュラーメニュー販売当時はユニークな存在であった。濃縮された100%ビーフと比べると、サクサクした食感が特徴である。

第二にバンズである。チキンタツタ独特のふんわりした形状が特徴である。フカフカした食感は通常のハンバーガーのバンズとは異色であった。

このチキンタツタの独自性がレギュラーメニューから消えた要因であると推測する。つまり、独自性の高いチキンタツタは低価格でも利益を上げるために標準化を徹底するマクドナルドの方針に合わなかったのではないだろうか。この推測が正しいならばチキンタツタの販売中止はチキンタツタへの需要が乏しかったからではないことになる。その意味でチキンタツタの復活が人気を集めたことも当然である。【了】
(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
http://www.janjanblog.com/archives/2665
林田力「泣く男は平和の象徴『女の前で号泣する男たち』」JanJanBlog 2010年5月19日
http://www.janjanblog.com/archives/2704

『内部告発!社民党』リストラに動じない毅然とした態度

本書(松下信之『内部告発!社民党—社会党的なものの再生を』ロゴス社、2008年6月22日)は社会民主党執行部から整理解雇された職員による解雇無効を求めた闘争記である。労働者の党を標榜していた社民党(旧日本社会党)が労働者の首切りをしていたというショッキングな内容になっている。

本書はタイトルも著者のスタンスも社民党のあり方を問うものとなっているが、硬派な内容だけではない。本書には著者による映画の感想や戦国武将の人物評も収録されている。それらも自らの整理解雇に引き寄せて論評されているところが興味深い。記者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して新築マンションを購入したため、裁判で売買代金を取り戻した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。

個人が組織を相手に戦う場合、個人の尊厳をかけたものとなりがちである。そのため、直接関係しない映画を観ていても、どうしても自分の紛争に引き寄せて考えてしまう。記者も同じであった。それ故に著者の思考経路も理解できる。
http://www.janjanblog.com/archives/3098
本書を仕事の観点から眺めると、社民党に関心のある人だけでなく、全ての労働者にとって関係する内容になっている。不況の深刻化によって派遣切りの次は正社員の首切りが進むとの声が囁かれている。その中で整理解雇と戦う著者の姿勢はリストラに怯える労働者の参考に資するところ大である。

著者が最初に受けた整理解雇通知文書は党首ではなく、幹事長名義で書かれていた。これに対して、著者は雇用責任者の名前で書かれていない通知は無効と突っぱねた(9頁)。

著者は党の財政難を理由として自主退職を強要されても、「私は財政難だとは思わない。財政難だという具体的な事例を見せてもらっていない」と反論する(12頁)。社民党は旧社会党時代と比べて議員数が激減しており、財政難という説明は感覚的に納得してしまいがちである。しかし著者は、その種のフィーリングに惑わされず、あくまで具体的な資料による説明を要求する。「百年に一度の大不況」という言葉の前に労働条件悪化やむなしという諦めムードが漂う労働界も著者の姿勢を見習うべきである。

しかも著者は退職を強要する幹事長に対し、役員が責任を取れと言い返した(13頁)。「第一義的責任は、経営側である党役員にある。まず役員が自らを処するのが筋である。役員は責任をとらないのか?」

企業がリストラを進める場合、企業側からの一方的な解雇はハードルが高いため、企業はあの手この手で従業員に自主的に退職させようとする。残念ながら社蓄とまで揶揄される日本の従業員には著者のように毅然とした態度を示せる人は少ない。これは著者が社民党の理念である労働者の権利擁護という価値観を自らの血肉としていたからこそできたことである。

日本の左派運動家には自分の生活を犠牲にして運動に献身することを美徳とするマゾヒスティックな傾向が否めない。本人のマゾヒズムにとどまるならば他人が口を挟む必要はないが、他人にも強制する点が大きな問題である。

逆に自分達は例外扱いで、他人にだけ強制する「他人に厳しく身内に甘い」輩も少なくない。本書が批判する政党職員の労働者としての権利が蔑ろにされている点は、その現れである。これでは左派と普通の市民の溝は深まるばかりである。著者のように理念を自らの生活において実践できる人物こそ本来は労働者のために活躍の場を与えられるべきであると感じた。

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2010年5月22日土曜日

トヨタ自動車がパッソを自主改修

トヨタ自動車がパッソを自主改修
プリウスのブレーキ欠陥など大量リコールが相次いだトヨタ自動車ではパッソも自主改修する。

口蹄疫・食品表示要請に見る消費者庁の限界(下)

一方で消費者にとっては複数機関が並立することにメリットもある。消費者にとっては相談先が多いことを意味する。一つの機関では相手にされなくても、別の機関で対応してくれる可能性がある。

これは記者自身が不動産トラブルで身をもって経験したことである。記者は東急不動産からマンションを購入したが、不利益事実(隣地建て替えにより日照が阻害されることなど)が説明されなかったことが判明したため、売買契約を取り消した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。
この問題に際して、多くの行政機関に相談や申し立てをした。主な機関を挙げると以下の通りである。
http://news.livedoor.com/article/detail/4779296/
http://www.pjnews.net/news/794/20100519_2
・国土交通省関東地方整備局建政部建設産業課:宅建業法の重要事項不告知について
・東京都都市整備局:宅建業法の重要事項不告知について
・公正取引委員会事務総局取引部景品表示監視室:不動産広告の虚偽について
・経済産業省関東経済産業局消費者相談室:マンションだまし売りについて
・総務省東京行政評価事務所:国土交通省による処分について
・東京都生活文化局:東京都消費生活条例違反について
・江東区都市整備部建築課:一級建築士資格を持たない無資格者が構造設計者になっていることについて
・江東区消費者センター:消費者契約法について

これらの中には記者にとって有益なものもあったし、残念ながら、時間の無駄に等しいものもあった。強調したいことは、複数の機関が存在していたからこそ、有益なところに行き着くことができ、東急不動産の問題を広げることができたという点である。もし一つしか機関がなければ、仮に、その機関でまともな対応がなされなければ、それで終わってしまう。

窓口の一元化が消費者にとって便利であることは事実である。しかし、その窓口が消費者の声を受け止めなければ、それで終わりというリスクがある。これが消費者行政を一元的に担当する消費者庁の創設によって、門戸が狭められ、反対に消費者軽視の方向に進みかねないと懸念する理由である。

上記の理由から消費者庁は、可能な限り消費者の声を行政に反映させないようにしたい立場にとっても内容によっては賛成できるものになる。近年、消費者問題が深刻さを増していることは事実である。これは企業が以前よりも悪質になったということを必ずしも意味しない。むしろ消費者の意識が高まった結果という面がある。インターネットのような情報インフラの発達も後押しした。この傾向は今後も強まりこそすれ、弱まることはない。好むと好まざるとに関わらず、行政への消費者の圧力も強まる。

そこで、行政が業者寄りであり続けるための言わば防波堤として、消費者庁を位置付けようとする発想が生まれてもおかしくない。従って現在の消費者庁に、そのような発想がないか注意する必要がある。結局のところ、新組織を創設することではなく、どのような組織であるかが問題となる。

ここで第2の行政が業者寄りの性格を有している点が関係してくる。現実問題として現行の省庁が業者寄りであるならば、消費者の味方というべき機関を創設することに一定の意義はある。しかし、消費者重視を政策として掲げるならば、現行の省庁の業者寄りの姿勢を改めることが先である。消費者行政を分担する全省庁に消費者重視の姿勢がないことが問題である。現行の省庁が業者寄りのままでは、消費者庁を新設しても上述の防波堤として機能するか、せいぜい政府内野党的な存在にしかならない。

そして今回の口蹄疫に関する要請では、消費者行政の一元化と消費者寄りの専門機関という消費者庁創設の2つの目的の矛盾が露呈した。消費者庁では食品表示に関する制度を一元的に担当する。それために口蹄疫に関する要請も消費者庁が行ったが、これは消費者保護よりも、風評被害から宮崎県の畜産農家を守ることが目的である。

消費者庁が一元的に担当する結果、業者保護も消費者庁で考えなければならない。消費者の利益と業者の利益は対立する面もあり、これまでの行政の体質を踏まえるならば消費者庁も業者寄りとなってしまう可能性がある。

やはり重要な点は消費者行政の中身である。行政機関を消費者重視の姿勢に変えていく必要がある。それは「消費者重視を念頭に仕事をするように」というような精神論では達成できない。官僚は業界団体や企業とは様々な形で交流しており、天下りという「人事交流」までしている。業者寄りになることは当然の帰結である。
消費者重視にするためには消費者や消費者団体が消費者行政に積極的に参加し、その声が反映される制度を構築していかなければならない。各種審議会では消費者関係の委員を増やす、消費者団体出身者を主要ポストに任命するなどの措置が望まれる。

消費者庁という一元化組織の新設は、行政を消費者重視にすることも、反対に消費者軽視に機能させることもできる。縦割り行政を解消し、消費者行政を一元化する機関を創設するというだけでは消費者は喜べない。口蹄疫という非常事態によって、早くも消費者庁の限界が見えてきた。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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東急不動産被害者の苦しみ

東急不動産だまし売り被害者の苦しみ
東急不動産営業は責任を持つために発言したのではなく、東急不動産だまし売り被害者をなだめられると思って口にしただけであった。悪徳不動産営業の心はインクのシミのようなもので、身体からは詩も情熱も抜け出してしまい、僅かに心臓の鼓動が単調なリズムで葬送歌の拍子を打つだけになっていた。
その晩、東急不動産だまし売り裁判原告は長い道を一人で歩いた。なにも考えず、何も感じず、数時間さまよった。何かがほんのかすかに意識の片隅を叩いていた。打ち寄せてくる波のようなぼんやりとした暗闇が、不吉な予感が叩いているかのようであった。

2010年5月21日金曜日

RE: 哨戒艦沈没原因

田中宇氏は米潜水艦との同士撃ち説を紹介しています。
韓国軍艦「天安」沈没の深層
http://www.tanakanews.com/100507korea.htm

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> 日本のマスコミは北朝鮮の仕業一色ですが
> 河信基氏のブログでは
> 米潜水艦との衝突説が紹介されています。
哨戒艦沈没最大の謎 封印された米潜水艦沈没スクープ
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/41338493.html
哨戒艦沈没原因 韓国与野党が対立
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/41375151.html

泣く男は平和の象徴『女の前で号泣する男たち』

本書(富澤豊『女の前で号泣する男たち 事例調査・現代日本ジェンダー考』バジリコ、2008年10月13日)は恋人との別れ話で泣く男について調査・分析した書籍である。恋人の女性に振られて号泣してしまう男性が増えているという問題意識が出発点である。「男はメソメソ泣くものではない」と育てられた著者にとって、別れ話で泣く男の存在は大きな驚きだった(8頁)。「そんな男性がいるのか?」と疑問に思って研究を始めた。

正直なところ、著者よりも若い世代である記者にとっては別れ話で泣く男がいるということは驚く話ではない。普通に受け入れられることである。むしろ泣く男を驚きと感じる人が存在することの方が驚きである。それ故、本書に対しては「最近の若いものは」的な若年世代批判の一種でないかと予想し、それほど期待していなかった。この予想は良い意味で裏切られた。
http://www.janjanblog.com/archives/2704
著者は本業であるマーケティングコンサルタントの知見を活かして泣く男の実態を調査する。その結果、「泣き喚く男がジワジワと増殖している」という事実が明らかになる。その上で著者は泣く男の社会的意義を分析するが、これが秀逸である。そもそも「男はメソメソしてはならない」というのは普遍的な価値観ではなく、「ねじ曲げられた武士道精神に基づく軍国主義による影響」と喝破する(157頁)。

時代を遡れば「平安時代の男たちにとって恋愛で泣く行為は当然のことだった」という(167頁)。現代において泣く男が増えているということは、それだけ現代日本が平和な社会になったことを意味する。最後に著者は以下の主張で本書を締めくくる。「「男が泣けない社会」など二度と作ってはいけない」(203頁)。

著者は当初、「男はメソメソ泣くものではない」という価値観から、泣く男の存在に驚いていた。ここにはジェンダーに囚われた旧世代的価値観が見受けられる。ところが著者は調査・分析を経ることで、泣く男の増加を事実として受け止め、平和な社会の象徴と積極的に評価する。過去の価値観と比較することで、泣く男への評価を180度転換させた。著者の思索の展開には事実を直視し、異なる価値観を理解し評価する柔軟性がある。また、恋愛行動の分析とマーケティングの手法という組み合わせの意外さが面白い。

人間には自らの理解したいものしか理解しようとしない傾向がある。異なる価値観に直面すると、頭ごなしに否定しようとする。この頑迷さは単一民族幻想・一億総中流幻想に取り付かれた日本人には特に強い。その点で著者のような柔軟な姿勢は非常に貴重である。

この著者の姿勢の原点は小学生時代に愛読していた『暮らしの手帖』にあるという(10頁)。『暮らしの手帖』は商品が表示通りの内容であるか実際に測定し、その結果を実名入りで掲載していた。著者は「事実は事実」と冷たく突き放す『暮らしの手帖』に感銘を受けたという。私自身、購入した新築マンションが不利益事実(隣地建て替えなど)を隠して販売され、売主の東急不動産との裁判でようやく売買代金を取り戻した悔しい経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。それ故に不都合な内容でも事実を大切にする著者の思想には強く共感できる。

現代の日本では戦後民主主義的価値観を否定し、戦前の軍国主義的価値観を無批判に美化する右傾化の危険に晒されている。しかし、戦前の国民は幸せだったのか、長い日本の歴史の中で侵略に明け暮れた戦前こそが異常な時代でなかったかなど検討すべき内容はたくさんある。泣く男を平和の象徴と結論付けたように、客観的なデータと冷静な分析という著者の手法は多くの分野で有益であると考える。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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セコム新築マンション叩き売り

セコム新築マンション叩き売り
セコム子会社が世田谷区で分譲する新築マンションが大幅値引きで叩き売りされていると週刊誌で報道された。同じ世田谷区では東急電鉄・東急不動産の二子玉川ライズ タワー&レジデンスも地域ニーズを無視した大型マンションとして売れ行きを疑問視されている。

2010年5月20日木曜日

RE: ネット選挙をやいがるのは どの政治家だ

特定団体の支持に依存している政党は、ネット選挙運動によって政治への関心の低かった層や選挙運動から疎外されていた層が政治意識を高めることを恐れているものと思います。
ネット選挙運動は資力ある候補者に有利か
http://news.livedoor.com/article/detail/4670570/
http://www.pjnews.net/news/794/20100319_8/
林田力「投票率向上は「選挙運動自由化」で」PJニュース2010年3月21日
http://www.pjnews.net/news/794/20100320_5
http://news.livedoor.com/article/detail/4671417/
> 公明党が 今回の参院選挙のみに限ることにしようと 提案したと言うことですが、いったいそこにどういう意図があるのか。
> ネット選挙をやれば 公明党にとって不利になると思っているわけか。

口蹄疫・食品表示要請に見る消費者庁の限界(上)

【PJニュース 2010年5月19日】宮崎県で家畜伝染病・口蹄疫が拡大している。この問題について消費者庁は2010年5月17日、消費者に根拠のない不安を当たることがないよう、適切な表示を食品関連事業者に要請した。この要請から消費者庁の限界を見ることができる。

消費者庁作成文書「口蹄疫に関する不適切な表示について」では、口蹄疫にかかった家畜の肉や牛乳が市場に出回ることはなく、口蹄疫に感染した家畜の肉や牛乳を摂取しても人体に悪影響はないとする。その上で以下内容を要請した。この部分には下線が引かれており、特に強調されている。

「飲食店・小売店において「宮崎県産の牛肉は使用していません」との表示を行うなど、消費者に根拠の無い不安を与えることがないよう、適切な配慮をお願いします」
http://news.livedoor.com/article/detail/4777240/
http://www.pjnews.net/news/794/20100519_1
消費者庁が口蹄疫への不安を不必要に煽ることを戒め、正しい知識を啓蒙することは結構なことである。しかし、宮崎県産の牛肉不使用を不適切な表示とし、消費者に不安を与えると主張することは、消費者の権利保護に逆行する。

消費者にとって業者が食品の産地を表示することは好ましいことである。産地を表示すると売れなくなるからという理由から産地を隠すことは、消費者に対する裏切りである。消費者契約法に規定する不利益事実不告知に該当する可能性もある。

消費者行政の使命は、悪質な業者による虚偽説明や威圧で消費者が問題のある消費者が問題ある商品やサービスを購入してしまうことを防ぐことにある。消費者の購入意思決定に指図することではない。どの商品を購入し、どの商品を購入しないかは消費者の自由である。それ故に消費者が「宮崎県産の牛肉を食べたくない」と考え、宮崎県以外の産地の牛肉を求めることは消費者の自由な意思決定として尊重されなければならない。そのような消費者にとって宮崎県産不使用の表示は必要な情報である。

現時点での公式見解は、出荷済みの宮崎県産の食品の安全性に問題ないということになっている。しかし、それは現時点の公式見解であって、決して無謬ではない。それ故に宮崎県産を避ける消費者がいたとしても非合理と片付けることはできない。その考えを批判することはできるが、その考えを捨てるように強制はできない。消費者に不安を与えることを理由に消費者の求める表示をしないならば、「由らしむべし知らしむべからず」の発想であり、消費者行政の対極に位置する。

消費者行政とは別の視点に立つならば、宮崎県産食品への風評被害を防ぐということも一つの政策目標である。この点から風評被害を拡大しないように適切な表示を要請することには意味がある。しかし、それは消費者保護とは別の政策であり、消費者の知る権利と対立する可能性があるものである。それを消費者庁が要請するところに消費者庁の制度的な矛盾が存在する。

消費者庁設立の背景には、耐震強度偽装事件や食品偽装問題など消費者問題の続発があった。これら続発する消費者問題に対し、現行の行政が効果的に対応できておらず、それどころか被害を拡大させてしまっている面がある、という点が出発点である。要するに行政が消費者重視になっていないという問題意識があった。

日本の行政が消費者問題を軽視する理由には大きく2点ある。これらは相互に関係している。

第1に縦割り行政の弊害である。消費者行政は業務範囲が業界毎に区切られている複数の行政機関に分断されていた。経済産業省、農林水産省、厚生労働省、国土交通省、金融庁などである。このため、統一的な消費者行政が行われにくい。

第2に行政が業者寄り・業界寄りの性格を有している。明治時代は富国強兵、戦後は経済発展が日本政府の政策であり、産業の保護育成が使命であった。消費者問題においても消費者の立場よりも企業の論理を代弁する傾向は否定できない。

消費者庁は上記2点の解決を企図して設立された。消費者庁が消費者行政を一元的に担当することで、縦割り行政の弊害を解消する。また、消費者庁を消費者の立場を代弁できる行政機関とすることで、消費者重視の政策の実現を目指した。

しかし、消費者行政への関心の高まりの中で、消費者行政を一元化する新組織・消費者庁の設立だけが唯一の解決策と絶賛されていた訳ではなかった。むしろ行政機関の新設が、消費者重視の行政の実現につながることを疑問視する声も強かった。たとえば現行の消費者生活センターでも権限を与えれば同じ仕事は可能であると主張された。また、消費者庁は行政の消費者軽視を進める方向にも機能する危険があると指摘された。さらに消費者庁は役人の権限とポスト増大に資するだけになるとの悲観論もあった。

上記2点の問題意識に即しても、消費者庁が消費者重視の行政への唯一の解決策にはならない。

第1の縦割り行政の問題であるが、そもそも担当機関が複数あることが消費者にとって不利益であるか、という点を問題提起する。

消費者問題を扱う部署が複数ある弊害としては以下が考えられる。

1.消費者が、どの部署に行ったらいいか分からず、混乱する。

2.別の部署にたらい回しにされる危険がある。しかも両方の部署から、たらい回しにされて、結局、どの部署でも担当しないという状態になる危険もある。

部署Aでは「部署Bが処分しない以上、部署Aが処分する訳にはいかない」と説明する。しかし部署Bでも「部署Aが処分しない以上、部署Bが処分する訳にはいかない」と説明する。誰も判断しない無責任状態が正当化されかねない。

これらは複数機関並立の弊害である。よって消費者行政を一元化する消費者庁の創設によって解消できるならば、それは改善にはなる。しかし、一元化組織の創設は弊害解消のための正しい解決策ではない。

先ず1の点については、真に複数部署を設置することに意義があるならば、消費者が混乱しないように分かりやすい広報を徹底することで解決することが正道である。

次に2の点については根本的な問題は面倒な仕事をしたくないという公務員の無気力主義にある。複数部署の存在は正当化するための口実に使われているに過ぎない。担当者の体質が変わらない限り、一元化する組織が創設されたとしても別の理由を持ち出して消極的な姿勢を続けることになる。従って、一元的な組織を創設しただけでは根本的な解決にはならない。【つづく】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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ハンドルでレクサスをリコール

ハンドル欠陥でレクサスをリコール
プリウスのブレーキ欠陥など大量リコールが相次いだトヨタ自動車では新たにハンドルの欠陥でレクサスをリコールする。

2010年5月19日水曜日

『小沢一郎 覇者の履歴書 超権力者への道』の感想

本書はジャーナリストが小沢一郎・現民主党幹事長を分析した書籍である。政治家を扱う書籍は多数存在するが、本書の特徴は心理学も動員して、幼少期からの小沢一郎の人格形成について丹念に分析している点がポイントである。

小沢一郎が田中角栄の影響を受けているとする指摘は多い。本書でも田中角栄の影響を述べるが、それにも増して父親・小沢佐重喜の影響を指摘する。それによって単なるミニ角栄では片付けられない小沢一郎の複雑さを明らかにする。
http://www.notaru.net/book/201005/0152
父子の直接的な触れ合いが乏しい中で、佐重喜は一郎の内面で理想化された存在であった。このような屈折した思いが小沢一郎に大きな影響を与えつつも、「政治家小沢佐重喜には政敵はあっても、人間小沢佐重喜には、一人の敵もなかった」(北山愛郎による追悼演説)と評された人間味ある政治家とは似ても似つかない政治家にした要因である。

本書は1994年に出版された『小沢一郎 覇者の履歴書』の加筆修正版である。当時は非自民連立政権が成立し、その立役者として小沢一郎が注目された時期であった。それから16年が経過し、様々な出来事があった。本書は小沢一郎の人格形成につながる過去のエピソードと、そこからの分析を維持しつつ、適宜新しい出来事を付加している。

たとえば小沢一郎は司法試験勉強をしていたが、合格することはなかった。これについて本書は「司法試験を受験だけで終わったことは、学問としての純粋な法律論を身につけたということでもあった」と評し、形式的なきらいがあるものの小沢一郎の法的な論理性の高さを説明付ける(174頁)。この傾向は西松建設献金事件における小沢一郎の検察批判にも通じるとする(176頁)。

現在の小沢一郎の言動も16年前に出版した書籍の分析で説明できることになる。この理由を本書は以下のように表現する。

「小沢には過去と現在の境はない。それ故に、過去の小沢を知れば知るほど、これまで見えなかった現在の、そして未来の小沢が見えてくるという意外さがある。」(37頁)

この文章は帯にも採用されており、小沢一郎という政治家の特徴を端的に示すフレーズになっている。しかし、よく考えれば、これは強調するほどの話ではない。およそ過去のない人間は存在しない。誰であれ人間の現在は過去からの積み重ねである。特に政治家は有権者から選挙後の数年間を託される人物である。過去から現在や未来が見えてこないような人物では、有権者は危なくて投票できない。

ところが、日本社会は過去を水に流すことを是とし、目の前の問題に飛びつくばかりで歴史性に欠ける傾向が強い。そのために本来ならば人間としても政治家としても当たり前な「過去と現在の境はない」ことが「意外」と扱われてしまう。そこに日本社会の異常性が浮かび上がる。かつて小沢一郎は「普通の国」を掲げたが、小沢一郎が多数の政治家の中で良くも悪くも際立っている理由は、彼が日本には珍しい「普通の政治家」だからとも言えるだろう。【林田力】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月18日火曜日

東京スカイツリー賞賛一辺倒の貧困

【PJニュース 2010年5月18日】東京都墨田区で建設中の東京スカイツリーの人気ぶりがメディアを賑わしている。既に高さは東京タワーを抜き、日本一となった。建設地周辺は大勢の見学者が集まり、観光スポットとなっている。しかし、社会を挙げてタワーの建設を応援するという雰囲気には日本社会の貧困さが感じられてならない。本記事では2点指摘する。
http://news.livedoor.com/article/detail/4774913/
http://www.pjnews.net/news/794/20100517_15
第1に高層タワーが景観を破壊するという批判的観点からの議論が、ほとんど取り上げられていないことである。パリの象徴になっているエッフェル塔も建設時は強烈な反対を受けていた。代表作に『女の一生』がある自然主義作家モーパッサンも反対運動家であった。パリ万国博覧会のために建設されたエッフェル塔が解体されなかった理由は、無線電波送信という軍事的価値があったためで、美観やデザインが評価された訳ではなかった。

東京スカイツリーの建設地の墨田区は低層の木造住宅が多い地域である。また、江戸情緒を感じさせる都内有数の観光地・浅草(台東区)も近い。この点を踏まえれば、もう少し景観を大切にする議論があっても良い。

確かに浅草は明治時代に日本一の高層建築・凌雲閣(浅草十二階)が建設された先進地域であった。伝統を維持するだけの街ではなく、新旧の混在が街の魅力という考え方もある。しかし、凌雲閣も経営的には苦しく、関東大震災であっけなく倒壊した後は再建されなかった。先進地域だからこそ、高層建築のデメリットを認識することができる。高い建物で地域を活性化するという時代遅れの高度経済成長期的な価値観からいち早く脱却することも可能なはずである。

第2に過去の東京タワー建設と重ね合わせて、日本が輝いていたとされる時代の「栄光」の再来を願う幼児性退行現象が感じられることである。第1の点で指摘した景観意識が乏しい点も、東京タワーが高度経済成長期の「栄光」の象徴として無批判にインプットされてしまっている面がある。

この退行現象はスカイツリーに限らず、社会の各方面に及んでいる。昭和30年代の東京を舞台とした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が人々の郷愁を誘い、ヒットした。また、東京の2016年夏季オリンピック招致活動がコンセンサスのないまま強引に進められた背景にも、1964年の東京五輪の「成功体験」という世代的幻想がある(林田力「東京都議会が東京五輪招致失敗検証で参考人招致」PJニュース2010年5月15日)。

確かに現在の日本は解決困難な多くの課題に直面しており、高度成長期と比べて希望は持てない時代である。しかし、今日の問題の多くは高度成長に突き進む中で生み出されたものである。日本の問題は、焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない発想が随所で行き詰まりを見せた結果である。

それ故に過去の「成功体験」にあやかるという発想は問題を深刻化させるだけである。例えばワーキングプアに苦しむ就職氷河期世代に「モーレツに働けば何とかなるから頑張れ」と説教するようなもので、構造的な格差問題から遠ざける結果になる。

日本社会の閉塞観を打破するためには、高度成長期の「成功体験」が真に「成功」と呼べるものであったのか批判的に吟味しなければならない。その反省の一つが鳩山政権のキャッチフレーズ「コンクリートから人へ」である。鳩山政権の言行不一致は批判されているが、スカイツリーへの賞賛一辺倒になっている社会の側にも意識改革が求められる。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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トヨタ自動車が信用失墜工作

トヨタ自動車が信用失墜工作
プリウスのブレーキ欠陥など大量リコールが相次いだトヨタ自動車では、トヨタ自動車に不利な主張をする告発者の信用を失墜させるための工作が検討されていたと報道された。東急不動産だまし売り裁判でも消費者の信用を失墜させるための卑劣なネット工作が行われた。

中野区長選挙

中野区長選挙
中野区長選挙は5人が立候補した。コンクリートから人へに逆行する駅前再開発や警察学校跡地の開発など問題山積みである。

2010年5月17日月曜日

東アジア歴史・人権・平和宣言と行動計画が作成中

【PJニュース 2010年5月17日】東アジアのNGO諸団体・市民運動家有志(徐勝実行委員長、前田朗事務局長)による「東アジア歴史・人権・平和宣言と行動計画」の作成が進められている。これは東アジアの近現代史を全面的に見直す過去清算のための平和宣言・行動計画で、日本の韓国併合(朝鮮併合)100年にあたる2010年8月に完成させる予定である。

これはアフリカの奴隷制に焦点を当てながらも普遍性を持っている「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議」(ダーバン会議)の宣言と行動計画(2001年)の精神を引き継ぐ活動である。
http://news.livedoor.com/article/detail/4772759/
http://www.pjnews.net/news/794/20100515_11
「東アジア歴史・人権・平和宣言」では東アジアにおける人種主義と人種差別を克服するために、その根源である戦争と植民地支配に視野を広げながら、日本と東アジア諸地域との関係史を振り返り、現在抱えている問題や向き合うべき課題を明らかにすることを目指す。第一次案は事務局が作成し、東アジア諸地域の運動体によって修正していく。

行動計画では日本の戦争の反省、克服をきちんと済ませるために、被害者への謝罪と補償の責任を果たすために、さまざまな分野で取り組んできた運動体の現在の課題を明示する。諸団体、諸個人が執筆する予定である。

構成案では様々な問題を取り上げる。日本の植民地支配や戦争犯罪に関連した、関東大震災での朝鮮人虐殺や強制連行、日本軍性奴隷制(従軍慰安婦)などがある。また、少数民族差別(アイヌ民族、琉球民族)や在日外国人差別など現在も続いている差別がある。さらに女性や若者・セクシュアル・マイノリティなどへの差別もリストアップする。

公開済みのドラフトから宣言と行動計画の特徴を2点指摘する。

第1に東アジアの定義である。宣言の総論・第一次案(2010年4月16日)では東アジアを以下のように定義する。

「近代日本国家が、18世紀以来の西欧帝国主義のこの地域への膨張と侵略に触発されて、対外的膨張を試みて、軍事的、政治的、経済的、文化的に支配した植民地、軍事的に侵略行為を行った結果としての占領地、さらに軍事的に侵略行為を行って当該地域の軍隊、準軍隊ないし武装勢力と戦争を行った交戦地を含む。」

このために東南アジアや太平洋地域も含み、地理的な東アジアとは異なる。それ以上に歴史的概念として捉えている点が重要である。

宣言II第一次案(2010年4月16日)が以下の懸念をするように現在の日本では右傾化・排外主義の動きがある。

「人種主義・外国人排斥の現代的形態と現象が、ある種の政党や政治機関の綱領、人種的優越の観念に基づく見解の現代的コミュニケーション・テクノロジーによる散布によるなど、多くの方法で政治・道徳・法的認知を回復しようとしていることに懸念を表明する。」

そこでは日本の戦争犯罪や植民地支配、民族差別などを外国の行為を持ち出して相対化する主張もなされている。たとえば南京大虐殺に対して通州事件を持ち出す主張である。しかし、被侵略国に居留する侵略国民が被侵略国内で侵略に抵抗する被侵略国から攻撃された事件で、侵略国軍が侵略先で被侵略国民を大虐殺した事件を相対化することが筋違いである。

宣言案では東アジアを日本の侵略の歴史から定義することで、日本の侵略が問題意識の出発点であることを高らかに宣言する。これによって克服すべき人種主義や人種差別に外国政府が加害者になっているものも包含させながらも、それによって日本の加害を相対化する卑怯な主張を封じ込めることができる。

第2に行動計画で若者や女性への差別も対象としたことである。若者や女性は人数的には必ずしもマイノリティではない。その若者や女性への差別を含めることで日本人に囲まれて生活し、人種差別に関心の乏しい日本人にとっても身近な問題にすることができる。外国人に不寛容な社会は自国民にも不寛容である。民族的なマイノリティへの差別と若者や女性への差別は連続的な問題である。

現代日本では非正規雇用に代表される格差社会化が大きな問題になっている。その被害者の中心は女性や若者である。そして以下の宣言II第一次案にあるように経済格差の問題も、過去を清算しない日本の体制と決して無縁ではない。

「貧困、低開発、周縁化、社会からの排除、経済不均衡は、人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容と密接に結びついており、さらなる貧困を次々に生じさせる人種主義的態度と慣行の存続につながることを強調する。」

本来ならば経済的な不合理に苦しむ若者が体制批判に進んでも不思議ではない。記者(林田)自身、大手不動産業者から新築マンションをだまし売りされたことが社会性に目覚めるきっかけになった(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。しかし、現実は反対に格差社会化が若者の右傾化を進めている状況である。ここには左派の側にも者の課題に応えていなかったというという反省点はある。

行動計画の内容は多岐に亘っており、日本の戦争犯罪や在日外国人差別だけでも大変なボリュームであり、それを網羅するだけでも十分に意義のある作業になる。その上で若者や女性の現代的な課題に深く切り込むことを期待する。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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不動産業者プロパスト民事再生

不動産業者プロパスト民事再生
マンション分譲のプロパストが民事再生法を申請した。

賃借人への脅迫状

賃借人への脅迫状があるならば、それだけでニュースになると思います。

2010年5月16日日曜日

『直江兼続』軍記物風歴史小説

本書(中村晃『直江兼続 宿敵・家康も惚れた名軍師』PHP文庫、1995年5月15日発行)は戦国武将・直江兼続を描いた歴史小説である。『大軍師直江山城守』(叢文社、1986年)を再編集して文庫化した。

同じく兼続を主人公とした火坂雅志『天地人』(日本放送出版協会、2006年)が2009年のNHK大河ドラマの原作となったために改めて脚光を浴びた。PHP文庫では近衛龍春『前田慶次郎』や星亮一『上杉景勝』などとともに大河ドラマフェアの対象作品としたほどである。兼続を多面的に理解するために有益な一冊である。
http://www.janjanblog.com/archives/2332
本書は坂戸城主・長尾政景の溺死から始まる。この事件は上杉謙信が政景の遺児・景勝を養子にするきっかけとなった。これは兼続の運命にも大きく関係することになる。大河ドラマ初回放送も豊臣秀吉の謁見シーン後の実質的な物語の冒頭は政景の溺死事件である。本書も大河ドラマに影響を及ぼしているのではないかと思わせる一致である。

『天地人』に比べると本書は淡々と進行する。『天地人』では義に適っているかと葛藤する兼続の心理描写が詳細であった。また、初音やお涼といった架空人物との恋愛譚もある。これに対し、本書では謙信・兼続に限らず、他の戦国武将の動向にも頁を割いている。豊臣五奉行の一人・長束正家の伏見城攻めでの活躍など、歴史に埋もれた武将にもスポットライトをあてている。『天地人』が現代小説風であるならば、本書は軍記物風と言えるだろう。

兼続の名を歴史に残した関が原の合戦時の上杉家の思惑に対する解釈も両書では異なる。石田光成が挙兵すると、会津征伐に向かっていた徳川家康の軍勢は光成への反撃のために反転した。これに対し、兼続は追撃を進言したが、景勝は受け入れなかった。この景勝が拒否した理由が両書で異なる。

『天地人』での景勝の論理は、上杉家は家康に売られた喧嘩を買っただけというものである。会津を攻める気のない家康を追撃して奥州を混乱に陥れることは義の精神に反するとした。これに対し、本書の景勝は領土の平面的な拡大を狙い、家康の追撃よりも最上攻めを望んだ。本書では義という精神性は後退するが、戦国武将らしいリアリズムがある。

反対に関が原の合戦後の徳川家への降伏に際しては、本書の方が浪花節的である。兼続は家康に「すべての罪はこの兼続にあり。日本一の弓取りの家康公とぜひ一戦交えたかった」と申し開きをした。景勝が家康追撃に反対したことをもって、景勝には責任がないと主張した。

これに対し、『天地人』での兼続は家康の重臣・本多正信に根回しするなど政治家的な腹黒さを発揮している。また、『天地人』では産業の振興など兼続の民政家としての手腕にも着目しているが、本書は上杉家への米沢30万石安堵で終わっているために触れられていない。人間としての兼続を全方位的に描いた『天地人』に対し、本書は武将としての清冽な側面を描いた作品である。(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
http://news.livedoor.com/article/detail/4766094/
http://www.pjnews.net/news/794/20100512_6
林田力「『急に売れ始めるにはワケがある』爆発的な流行のメカニズム」JanJanBlog 2010年5月14日
http://www.janjanblog.com/archives/2305

市民メディアにコメント欄は不必要

市民メディアにコメント欄は不必要
【PJニュース 2010年5月14日】市民メディアにとってコメント欄は躓きの石になる。コメント欄の荒れはJANJANでもオーマイニュースでもツカサネット新聞でも問題となった。かつてオーマイニュースに寄せられた以下のコメントが象徴する。

「オーマイニュースは、右翼的な人や嫌韓的な人々が声高に叫んで感情を煽り、他人の記事・コメントにヒステリックにケチをつける」
http://news.livedoor.com/article/detail/4768418/
http://www.pjnews.net/news/794/20100513_9
コメント欄の管理が編集部の負担になり、コメント欄があるために記事投稿しないと明言する市民記者も出るなどコメント欄が市民メディアの妨げとなる事態も発生した。一方で双方向性が市民メディアのメリットであるとして、自由なコメント欄を擁護する藩論もある。休刊したJANJANの代替サイトとして登場したJanJanBlogでもコメント欄の設置の是非が話題になった。

本記事では3つの観点から市民メディアにとってコメント欄が必須ではないことを明らかにする。

第1に市民メディアの本質論との関係である。コメント欄による双方向性は市民メディアの本質的な特徴ではない。市民メディアの意義は情報の受け手に徹していた市民が発信者の立場になったことである。多くの市民メディアではコメント欄を設けていたが、付随的なものに過ぎない。

市民メディアが社会的に可能になった背景にはインターネットの発達・普及による情報発信・伝播コストの低下がある。一方、情報の受け手が送り手にダイレクトにレスポンスを返せるようになったことも、やはりインターネットの発達・普及が背景にある。
故に市民メディアと双方向性は混同されがちであるが、これらは別個のものである。コメント欄の存在しない市民メディアも十分に成り立つ。反対にマスメディアが自社サイトで自社記事にコメント欄を付すことも可能である。

コメント欄の設置有無はウェブサイトのポリシーであって、市民メディアであるか否かとは関係ない。コメント欄をどうするかは「市民メディアは、かくあるべし」というような形で演繹されるものではなく、その種の主張は議論を混乱させるだけである。

第2に反論権との関係である。反論権を保障するためにコメント欄が必要とする見解があるが、管見は反論記事掲載で反論権を担保すればよいと考える。市民メディアは市民が記者として記事を発信できる媒体であり、記事掲載の敷居が低い。ある記事が掲載されたとして、当該記事に不満を持つ人が反論記事を掲載することも可能である。反論権の保障という観点では理想的な媒体である。

これに対し、編集部の記事採否の恣意性を主張して自由なコメント欄の必要性を説く見解が問題になる。しかし、仮に編集部が偏向していて信用できないならば自由なコメント欄設置を期待することは筋違いである。そこまで決定的に対立しているならば、媒体内で反論権を担保すべきというような議論自体が成り立たない。

市民メディアは多様な意見を掲載するプラットフォームであるべきであり、記事採否に思想的な偏向があることは好ましくない。記事掲載の敷居を低くし、特定記事への反論記事も広く掲載すべきである。これはコメント欄がなくても実現できることであり、コメント欄の必要性は導き出せない。

具体的な記事に対する批判コメントは書けるが、独立した記事までは書けないという人がいるかもしれない。しかし、そのような意見を記事掲載サイトで拾わなければならない必然性は存在しない。記事あってのコメントであり、記事が主でコメントが従である。

第3にページビューとの関係である。通常、記事は一回読めば十分である。一方、コメント欄で活発に議論が展開されればコメントを読むために何度も記事をリロードする。このため、コメント欄はページビュー増加に大いに貢献する。

しかし、ページビューは一つの指標であって、サイト運営の目標ではない。記事掲載サイトならばコメント欄の白熱した議論ではなく、記事で勝負したいという思いがある筈である。そもそも議論ならば掲示板サイトには及ばない。

また、反論がある場合はコメントではなく、反論記事を投稿してもらった方がサイトにとってはメイン・コンテンツを増加させることになる。結論として、自由なコメント欄が記事掲載サイトに有益とは一概に判断できない。

以上のとおり、コメント欄設置は市民メディアにとって必須ではない。あくまで記事が主で、コメントは従である。コメントで自由な議論がなされることの意義を否定するつもりはないが、コメント欄の強制は筋違いである。コメント欄が必須なものではないことを明らかにするだけでも、コメント欄が負担になっている人の気持ちを楽にできるのではないかと考える。【了】(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
http://astore.amazon.co.jp/hayariki-22/
『新版バフェットの投資原則』長期志向で高潔な投資家
http://www.janjanblog.com/archives/2179

二子玉川再開発の公共性を問う補佐人意見陳述

東京都で進められている二子玉川東第二地区第一種市街地再開発事業の審査で、都市工学の専門家である岩見良太郎・埼玉大学教授が2010年5月21日13時30分から15時まで世田谷区玉川総合支所4階会議室にて補佐人として意見陳述する。
http://www.janjanblog.com/archives/2454
二子玉川東第二地区第一種市街地再開発事業は東京都世田谷区玉川に超高層ビルなどを建設し、オフィスやホテル、商業施設などにする計画である。この事業計画に対して近隣住民などから都市再開発法第16条に基づき199通の意見書が提出され、圧倒的多数の191通が反対意見であった(林田力「二子玉川東地区まちづくり協議会が陳情審査結果を報告」JANJAN 2010年3月15日)。意見書提出者による口頭意見陳述も4月20日から開始された(林田力「二子玉川再開発事業計画への口頭意見陳述開始=東京・世田谷」PJニュース2010年4月21日)。

http://news.livedoor.com/article/detail/4729735/

この口頭意見陳述者16名による参考人の申し立てが補佐人陳述の発端である。意見書の審査は行政不服審査法の規定を準用しており(都市再開発法第16条第4項)、それに基づいて意見陳述者らは参考人の意見陳述・鑑定を申し立てた。

最初に1月28日と2月4日に東京都都市整備局市街地整備部民間開発課に口頭で申し入れ、2月12日には過去の区画整理事案で実際に採用された参考人の意見陳述事例を提示した。さらに3月19日には「意見審査にあたっての申立書」と題する書面を提示して、予定する参考人の詳細と必要性を述べた。これに対して都側は「行政不服審査法第25条第2項の補佐人としてならば許可する」旨を回答した。

意見陳述者側は4月9日付で「参考人の陳述、鑑定を求める申立書」を提示し、改めて参考人の採用を求めた。意見書の審査手続きを「単なる反対者の「ガス抜き」のための形骸的な手続きであってはならず、実質的なより多くの住民に受け入れられる計画に作り替えるための都市計画法の目的「公共の福祉」実現のための、都市再開発法の根幹をなす手続である」と主張した。

しかし、都側は補佐人としての陳述を譲らなかった。但し、数十人が傍聴できる場所を会場とすることで、意見陳述者側の要望にも配慮した。既に建築や大気汚染の専門家らによる補佐人陳述が5月13日に行われた。

岩見教授は手続きの経過や上位計画などの精査から、二子玉川東地区再開発事業は都市計画としての公共性に欠けると指摘する。大規模地権者である東急電鉄・東急不動産ら東急グループの私的利潤追求行為に特化しており、都市計画決定段階で数多くの違法性が認められるとする。

二子玉川の再開発が公共性に欠けるとの指摘は、再開発の内容が営利施設(オフィス、ホテル、商業施設)で占められていることから非常に理解しやすい。しかも現在の経済状況では産業政策としても営利施設を建設することに合理性はない。

景気低迷でオフィス需要は乏しい。東京23区のオフィスビルの継続賃料の平均改定率(2009年)はマイナスであった(シービー・リチャードエリス総合研究所「全国オフィスビル賃料改定動向」2010年4月27日)。都心部でも賃貸料の安い築浅のオフィスビルが余っている状態である。

商業施設についても、二子玉川には既に高島屋がある。再開発第1期事業で2010年4月28日に先行オープンした「二子玉川ライズ オークモール」「二子玉川ライズ バーズモール」も大して注目されなかった。このように二子玉川東地区再開発の内容が産業政策としても不合理な内容になっている背景として、都市計画決定時点での誤りを指摘する岩見教授の主張は興味深い。誤ったINPUTから誤ったOUTPUTが作られる一例である。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月15日土曜日

『ハピネス』悲しくも優しい純愛

『ハピネス』悲しくも優しい純愛
本書(ホ・ジノ、キム・ヘヨン著、蓮地薫訳『ハピネス』ランダムハウス講談社、2008年10月1日発行)は2007年に韓国で上映されたホ・ジノ監督の映画「幸福」のノベライズ版の邦訳である。訳者は24年間も北朝鮮での生活を余儀なくされた拉致被害者である。
http://www.janjanblog.com/archives/2117
病に冒された男が恋人も仕事も全て都会に捨てて田舎の療養所に入る。難病を抱えているにもかかわらず、療養所の患者達には希望があった。彼らの希望は現在の病状を好転させることではなかった。壊れた体でもいいから、現在の生をつないでいくことを望んでいた。そのモットーは「今より悪くならない」であった(57頁)。

この発想は非常に新鮮である。日本では患者の生活を闘病生活と表現されることが多い。日本の患者には頑張って病に打ち勝つことが求められる。病気で苦しんでおり、頑張らなくていいような人々にまで頑張ることを強制し、それを美徳とするような息苦しさが日本には存在する。

しかし、その日本でも『がんばらない』というタイトルの書籍がベストセラーになるなど、日本人自身が特殊日本的精神論に嫌悪感を示し始めている。本書のように悲しくも優しさに溢れた韓流の作品が日本社会に歓迎されたのも、この辺に理由があるように思われる。

本作品の主題は幸福であるが、登場人物は中々幸せにならない。むしろ満ち足りている筈なのに別の幸せを求めたくなる。そして最後には全てを失ってしまう。失って初めて過去の幸福に気付く。

厳しい見方をすれば、本作品の主人公ハン・スヨンは相手の信頼を裏切り、自己管理さえできず、酒に溺れる存在である。彼には男性の身勝手さと愚かさが満ちている。結末の悲劇をもたらした原因が外的な不可抗力ではなく、自らの行動に起因するとあっては、やるせない気持ちになる。これでは、とても感動的なストーリーになりそうもない。

しかし、本作品は紛れもなく純愛を描いている。それは主人公が身勝手で愚かであっても、カッコ悪いほどストレートに感情を表現しているためである。そこには飾りもゴマカシも存在しない。読み終わった後に悲しみの陶酔に浸れる一冊である。
http://news.livedoor.com/article/detail/4768418/
http://www.pjnews.net/news/794/20100513_9

脅迫をあしらう東急リバブル不買運動家

フィットネス・ルームで東急リバブル東急不動産不買運動家がトレーニング中に呼び出し音が鳴った。一瞬、東急リバブル東急不動産不買運動家は呼び出しを無視してトレーニングを続けたいと思った。ここ数日は東急不動産だまし売り裁判原告に対する企業工作員への反撃で忙しく、いつもの運動メニューを消化していなかった。
訪問者は二人の悪徳不動産営業であった。嫌らしい方が上司で、醜い方が部下である。上司は座って神経質に指を鳴らし、部下は檻に入れられた猛獣のようにイライラと部屋の中を歩き回っている。東急リバブル東急不動産不買運動家がキビキビとした足取りで入っていくと、二人は険悪な顔で振り向いた。
「ようこそ、お待たせして申し訳ありません。私の仕事ではパソコンに向かうだけと思われがちですが、いつも身体の調子を整えておかなければなりません。このところ運動の時間が取れませんでしたので、トレーニング中でした。ご用件は何でしょう」
「お節介を焼く時間だけは、たっぷりとあるようですな」
部下は険しい口調だった。
「何をお節介と呼ぶかによります」
東急リバブル東急不動産不買運動家は、可能な限り穏やかな口調を心掛けた。
「これだけはハッキリさせておきましょう。私は御社の従業員ではありません。だから御社の指図で動くわけではありません。私はネット市民感情と同じように、現場の営業の意見を無視するほど愚かではありません。建設的な意見ならば営業の意見にも耳を傾けます。しかし、今まで聞かされた言葉は非難と脅迫ばかりでした」
「どういう意味です。不愉快な言い方ですな」
部下がムッとする。上司は片手を挙げて部下を制した。
「君が自分で仕向けているいるのだろう。まあ、君の根性は大したものだと認めよう。だが、我々の仲間に入れてもらえるなどとは思わないことだな。君は雑魚に過ぎない。自分で分かっているかは知らないが」
「私への脅迫は止めることをお奨めします。効果がないことは、お分かりの筈です。」
http://tokyufubai.at.webry.info/201005/article_9.html
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年
http://www51.tok2.com/home/hayariki/
『新版バフェットの投資原則』長期志向で高潔な投資家
http://www.janjanblog.com/archives/2179
鳩山首相の米海兵隊抑止力論の意味
http://news.livedoor.com/article/detail/4766094/
http://www.pjnews.net/news/794/20100512_6

東京都議会が東京五輪招致失敗検証で参考人招致

【PJニュース 2010年5月15日】東京都議会オリンピック・パラリンピック招致特別委員会は5月24日、東京五輪の招致活動を検証するために参考人を招致する。招致対象は招致委員会の河野一郎事務総長、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長、大手広告代理店・電通の前スポーツ事業局長である。

東京は2016年夏季オリンピック(五輪)の開催地として立候補したが、2009年10月2日にコペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会でブラジルのリオデジャネイロに決定した。ブラジルは成長著しいBRICsの一角であり、南米初の開催という記念すべき五輪となる。
http://news.livedoor.com/article/detail/4770823/
http://www.pjnews.net/news/794/20100514_13
東京は決選投票にも残らずに落選した。五輪開催への国民の支持率が他候補都市と比べ低かった点が敗因とされる。日本の夏季五輪招致は名古屋がソウルに敗れた1988年五輪、大阪が北京に敗れた2008年五輪に続いて3連敗である。多くの税金を投入した招致活動が失敗しただけでなく、委託事業費のほとんどを競争入札なしの特命随意契約で電通に受託させるなど不明朗な使途も批判を集めた。立候補の妥当性も含めた根本的な分析と反省が不可欠である。

2016年五輪招致における東京の最大のアピールポイントは環境への貢献であった。しかし、環境への貢献は五輪開催地にならなくても可能である。鳩山政権が温室効果ガス25%削減を打ち出したように日本が環境で貢献できる分野は幅広く存在する。

五輪招致の推進者たちが真に環境問題について考えているならば、別の分野で環境に貢献することを期待する。築地市場の移転問題や外環道など都政は環境に関する問題が山積みである。これらの問題について環境優先の立場から政治力を発揮してもらいたい。

東京の五輪招致は国民の支持が低調であるにもかかわらず、石原慎太郎・都知事に代表されるように一部が異様なほどに熱意を示したことが特徴である。そこには委託事業費の不明朗な使途が象徴する五輪利権が見え隠れするが、1964年東京五輪の「成功体験」の世代的な幻想も大きい。1964年の東京五輪は一般に日本の復興と成長を象徴する出来事として語られることが多い。日本経済にオリンピック景気をもたらしたとも説明される。

しかし、1964年東京五輪は手放しで絶賛できるものではなかった。早くも五輪終了直後に新聞では自省する記事が新聞紙上に掲載された。朝日新聞は「天声人語」で「世界一豪華な体育館はできたが、その一方では、住宅地に住む人間は、下水道さえ持っていない」と指摘した(1964年10月30日)。また、毎日新聞は同年10月26日から31日まで連載記事「東京……これから」で公害対策や下水の完備などオリンピック事業のかけ声から取り残され、忘れ去られた問題を特集した。

立派なハコモノは完成したが、福祉が貧困で取り残された国民が放置される点は現代に通じる日本の問題点である。1964年東京五輪自体がハコモノ行政・土建国家という日本の否定すべき方向性を体現したものであった。1964年東京五輪の再来を期待する発想が「コンクリートから人へ」の現代では時代遅れのものとして批判されなければならない。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月14日金曜日

【 5/23 枚方】介護の現場の実態を明らかに!

第4回社会保障基礎講座 〜 第4回社会保障基礎講座 介護保険 10 年を検証する!
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日時 5月23日(日)13:30開始
場所 枚方市民会館(第4会議室)
   京阪枚方市駅下車徒歩7分
   http://www.hirakatashimin.jp/map.pdf
参加費 一般800円、非正規・障がいなど300円

 介護保険がスタートして10年。介護の社会化を目玉に2000年に導入された介護保険は、2003年、06年、09年の改定でその本質が明らかになってきました。それは福祉の保険化による公的責任の放棄、介護サービスの市場化でした。

 第4回講座では、基調報告、白崎さんの講演、現場報告を通して、介護の現場の実態を明らかにするともに、介護保険制度が抱える本質的な問題点を確認します。そして、必要な人に必要な介護を保障するためには、保険制度ではなく公費負担方式による介護保障制度を実現しなければならないことを考えていきます。

 ぜひ、ご参加ください!

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講演  白崎朝子さん(「介護労働を生きる」著者)
テーマ いのちの現場が派遣でいいのか!
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<講師の紹介>
公務員ヘルパーから派遣ヘルパーの22年。介護福祉士として働いてきた経験に基づき、文字どおり生命に関わる介護労働の実態を伝える活動を精力的にされています。
 反核・平和、協同・連帯・人権擁護などを推進するための報道に寄与したジャーナリストに贈られる平和・協同ジャーナリスト基金賞の荒井なみ子賞を受賞。2009年ZENKO大会に参加。

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− 第4回講座プログラム −
13:00 開場・受付
13:30 基調報告「介護保険10年を検証する!」(公的保障の会)
14:00 講演 白崎朝子さん
15:00 休憩をはさんで講演への質疑
15:30 特別報告「総合相談窓口の設置をめざして」(公的保障の会・阪神)
   介護現場からの報告と質疑交流
   2010年ZENKO大阪大会アピール
16:30 行動提起とまとめ
   
*講座終了後、交流会を行います!

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社会保障解体に反対し公的保障を実現させる会
blog:http://hanhinkon.exblog.jp/
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年
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林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(下) 」PJニュース2010年5月11日
http://news.livedoor.com/article/detail/4762161/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_4

ワンピースサボの件

ワンピース サボの件
週刊少年ジャンプで連載中のワンピースはルフィとエースの回想シーンに突入した。フーシャ村の村長のセリフで言及されたダダンも登場した。

2010年5月13日木曜日

鳩山首相の米海兵隊抑止力論の意味

【PJニュース 2010年5月13日】鳩山由紀夫首相は5月4日に沖縄県を訪問し、「普天間の機能を国外、あるいは県外にすべて移設することは難しい」と述べた。米海兵隊の抑止力を理由とした米軍普天間基地の全面県外移設断念は左右両派から無定見であると批判されたが、日本の安全保障の本質を突いている。

当初、鳩山首相は海兵隊が沖縄に駐留することが抑止力になるとは考えていなかった。しかし、学習を深めた結果、パッケージとして位置付けることで抑止力が維持できるという思いに至ったとする。
http://news.livedoor.com/article/detail/4766094/
http://www.pjnews.net/news/794/20100512_6
海兵隊が抑止力にならないと鳩山首相が考えたことは正しい。海兵隊は遠征の尖兵であって、日本防衛のための部隊ではない。現実に在沖縄海兵隊の多くは訓練やイラクやアフガニスタンなどへの派兵で不在にしており、日本防衛の任に就くことは物理的にも難しい。

米軍が基地を置くことが抑止力になるとする見解がある。日本を攻撃すれば必然的に米国も巻き込まれるために攻撃を控えることになると期待する。しかし、それは海兵隊でなければならない理由にはならない。沖縄県には在日米軍基地の75%が集中し、面積の約10%が米軍基地である。この状態で普天間基地1つが閉鎖したことで抑止力に穴が生じると主張するならば、普天間基地の日本防衛に果たす価値を立証しなければならない。

そもそも抑止力とは侵略を思いとどまらせる力である。もし米国が日本の侵略を絶対に許さないという意思を世界に示しているならば、日本に米軍が駐留しなくても米軍は十分に抑止力になる。反対に米国に日本を守るという意思がなければ、米軍が日本に駐留していても抑止力にならない。実際、米国は尖閣諸島(釣魚台)や竹島(独島)の領土紛争には介入しない姿勢を見せている。

米軍は日本政府の意思で動かせるものではないため、米軍を抑止力とする上で決定的に重要な要素は米国の意思である。米国は日本とは別の国であり、利害関係も完全に一致しない。従って日本が守って欲しいと思う状況と、米国が守りたいと思う状況も一致しない。米国にとっては、米国にとっては都合の良い日本ならば守るが、そうでないならば守らないことが合理的になる。

そのために米国が海兵隊の運用上の都合のためにヘリ部隊の基地を沖縄県内に置くことを望み、それが実現できなければ日本を守らないとまで主張したならば、それに応えなければ抑止力を維持できない。この点がパッケージとしての抑止力に鳩山首相が思い至らされた深層であると考える。鳩山首相は批判されるような勉強不足ではなく、その発言には他国の軍を抑止力とすることの問題点を明確にしたという価値がある。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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二子玉川ライズ在庫物件

二子玉川ライズ在庫物件
東急リバブルは超高層のマンション・二子玉川ライズ タワー&レジデンスの販売促進に力を入れると報道された。この時期に販売促進に力を入れるということは、売れ残っているということである。二子玉川のニーズに合わないという再開発反対運動の批判が現実化しつつある。

ヤワラちゃん谷亮子参院選出馬

谷亮子ヤワラちゃん 参院選出馬
プリウスのブレーキ欠陥など隠蔽体質が批判されたトヨタ自動車から離れることはプラスイメージになる。しかし、「政治でも金」というのは、マイナスイメージでしかない。

『顧客名簿』軽妙なコミカル・ミステリー

本書(ローレンス・サンダーズ著、高野裕美子訳『顧客名簿』講談社、1999年)はアーチィ・マクナリーを主人公としたコミカル・ミステリーである。

アーチィは父親の経営する法律事務所の秘密調査員である。法律事務所のクライアントに持ちかけられた投資話の裏を探ることが今回のストーリーである。それは精緻な仕掛けで名高いロシア皇帝の秘宝「ファベルジュの卵」についてのものであった。
http://www.janjanblog.com/archives/1985
本書は同じ主人公によるアーチィ・マクナリー・シリーズの一冊であるが、ストーリーは各巻で独立しており、この一冊だけ読んでも十分に楽しめる。このマクナリー・シリーズの原題は「McNally's Puzzle」「McNally's Secret」「McNally's Dilemma」という形で「マクナリーの○○」という形になっている。本書の原題は「McNally's Gamble」である。こちらの方が新しいが、『涼宮ハルヒの憂鬱』などの涼宮ハルヒシリーズを想起すれば分かりやすい。

本書は主人公が探偵として活躍するミステリーだが、主人公は知性派でも肉体派とも言い難い。口が達者のお調子者である。料理や酒、女性とのデートの話題も頻繁に登場し、軽いタッチで展開する。

これは舞台が南国フロリダであることも影響している。ビジネス街を舞台にしたリーガル小説に見られる重々しさはない。それは大都市の法律家と異なり、時間にあくせくしていないからである。アーチィには時間的な余裕があり、それが人生を楽しむ余裕にもなっている。

一方でアーチィは軽薄に見えつつも、芯の通った人物である。命を狙われたために友人から「銃は持たないのか」と心配される。それに対し、「持つもんか!どっちに銃口を向ければいいのさえ、わからない。ご心配なく、ぼくは誠意と正義と真心で武装しているから」と応じる(267頁)。小説の中とはいえ、中々勇気ある発言である。

日本という極度に中央集権化された島国に居住していると、アメリカも同じような形で単一的な社会として見てしまいがちである。しかし、本書では金儲け優先で働き詰めの法律家や銃社会というステレオタイプのアメリカとは異なるアメリカ像を見せてくれる。深刻な問題を抱えつつも、やはりアメリカは多様で豊かな社会であると感じてしまう。

本書はだましの手口も犯人の動機も単純である。純粋にミステリーとしてまとめるならば短編で済ませることも可能な内容である。それが一冊の書籍の分量になっているが、決して薄く引き延ばした作品ではない。むしろ人生を謳歌する主人公らの粋な毎日が詰まった作品である。(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
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下落局面での現物株式投資では擬似信用売り
http://news.livedoor.com/article/detail/4760026/
http://www.pjnews.net/news/794/20100510_3

2010年5月12日水曜日

産能大街のイメージ調査と二子玉川再開発のギャップ

【PJニュース 2010年5月12日】産業能率大地域マネジメント研究所のアンケート調査で明らかになった二子玉川のイメージは、二子玉川東地区再開発(街の名称:二子玉川ライズ)とのギャップを改めて印象付けた。同研究所は2010年5月7日に東京都内の5つの街、自由が丘(目黒区など)、代官山(渋谷区)、下北沢(世田谷区)、二子玉川(同)、吉祥寺(武蔵野市)のアンケート調査結果をまとめた。

アンケート調査は東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県の男女1500人を対象として2009年9月に実施した。商業地や住宅地としての印象、一緒に訪れたい相手などについて、インターネット上で質問した。自由が丘は「おしゃれな街」、代官山は「高級な街」、吉祥寺は「いろいろな店がたくさんある街」、下北沢は「若者の街」のイメージが強いという結果になった。
http://news.livedoor.com/article/detail/4764241/
http://www.pjnews.net/news/794/20100512_1
二子玉川のイメージは「緑が豊かな街」で、子育て期や定年後に住みたい街として支持された。この反面、「おしゃれ」「高級」「庶民的」「大人」のイメージ調査では中間に位置し、特徴を示すことができなかった。また、「若者」「いろいろな店がたくさんある」「有名な店・老舗がある」「行ってみたい店がある」のイメージ調査では他の街に差をつけられた。

まとめるならば二子玉川は子育て世代とシニア世代に支持される緑が多くて落ち着いた生活の街となる。この点で緑地だった場所に高層ビルを建設し、マンションや商業施設、オフィス、ホテルにする再開発は二子玉川の特徴を壊すことになる。

第1にオフィスビルやシティホテルは子育て世代と高齢者の街に明らかに不似合いである。

第2に超高層マンションは子育て世代と高齢者の居住には向いていない。高層階では体感できないレベルのものも含めて揺れがある。また、地上へ出るのに時間がかかる高層階住民は外出や人との接触の機会が減る。これらが心身に悪影響を及ぼす。

特に出勤などで毎日外出する必要性がない主婦や高齢者への影響が大きい。子どもの自立発達も遅れる。加えて、高層階居住の妊婦の流産率は低層階居住の妊婦よりも高いという研究結果もある(逢坂文夫「高層居住における健康面からの影響」住宅56巻2号、2007年)。この点は再開発事業計画審査時の意見書及び口頭意見陳述でも以下のように指摘された(東京都「意見書及び口頭陳述要旨整理表」)。

「超高層ビルは、その居住者が近隣との接触等が少なくなり社会性を欠く傾向が強まる。また、子どもの健全なる生育に支障がある」

第3に商業施設についてである。アンケート調査では二子玉川が他の町に比べて、魅力的な店があるというイメージが乏しかった。足りないものを補うという点では再開発で商業施設を拡充するという方向性には一理ある。

しかし、下北沢のような街の性格を形作る魅力的な店舗の蓄積は歴史的なものであり、再開発で集まるのかという問題がある。実際、再開発ビルに入居する料理店にはコスト・パフォーマンスの良い店はないと指摘される(友里征耶『ガチミシュラン』講談社、2008年、10頁)。

この点についても意見書及び口頭意見陳述では厳しい声が続出した。

「商業都市は渋谷や用賀があるので、ここには必要ない」
「業務床を作っても、六本木や丸の内のように人の集まるところであれば活性化するが、二子玉川では人が集まらない。商業にしても田園都市線を使用する人は渋谷へ流れてしまう」
「都心のいくつかの再開発を見ても、結局同じような店舗が並び個性がない。これ以上大規模再開発は無駄である」

産能大の調査対象となった5つの街は5つとも評判の高い魅力的な街である。調査結果によって、それぞれが突出したイメージを持っていることが明らかになった。この点でビジネス中心の再開発は二子玉川のイメージを弱くしかねない。緑が豊かで子育て世代や高齢者が住みやすいというイメージを損なわずに伸ばしていくことが二子玉川の街づくりの課題になる。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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蛯原友里エビちゃん結婚

蛯原友里エビちゃん結婚
モデルの蛯原友里が結婚した。フランスで結婚式を挙げる。押切もえも祝福した。

悪徳不動産業者とネット工作員の謀議

悪徳不動産業者は笑顔であった。見ていて気持ちのいい笑顔ではない。だが、それを無視して、悪徳不動産業者の発言に全神経を集中した。
「時代遅れの発煙弾でもピシャリと当たれば、大抵の人間は怯えて家から出てくる」
「東急リバブル東急不動産不買運動家は並の人間とは違います。私ならば、そんな小細工にかけてみようという気にはなれません」
用心深く首を横に振りながら、答えた。
「東急リバブル東急不動産不買運動家を取材してから、やけに東急リバブル東急不動産不買運動家の肩を持つようになったじゃないか」
悪徳不動産業者が噛み付いた。
「東急リバブル東急不動産不買運動家に丸め込まれて、裏切るつもりではないだろうな」
「馬鹿なことを言うな。私の仕事は事実を言うことだ。それに御社は報酬を支払っている。だから、事実を言っているだけ。今までだって、発言に手加減したことは一度もない」
「手加減しているとは言っていない。東急リバブル東急不動産不買運動家の味方をしていると言っている」
悪徳不動産業者は負けずに言い返し、立ち上がってテーブルを回ってきた。そして指を突きつけ、顔をくっつけるようにして怒鳴った。
「もし、裏切ったら、おしまいだよ。いいな」
「よく分かっている」
悪徳不動産業者とは対照的に落ち着き払った口調である。
「私は幻想を抱いていない。だから、御社に必要な情報を提供している。こんなことは分かりきったことだが、覚えているだろう。御社グループの従業員のマンション住民を唆して、怪文書を配らせたことを。あれを覚えていたら、東急リバブル東急不動産不買運動家を本気で怒らせてみようとは思わないはず」
怪文書配布は悪徳不動産業者のやりすぎであった。あまりにも性急に結果を得ようとしたためにマンション住民は住民同士で対立している場合ではないと気付き、最善の判断を下すことになった。東急コミュニティーの解約である。
「何も当社でやるとは言っていない。ただ、ちょっとあちこちで脅しをかけてやれば・・・・・・」
「私には御社の行動をとめる権限はありません。但し、私が警告したことは忘れないで下さい」
悪徳不動産業者は渋面を作りながらも了承した。
「オーケー。言いたいことは分かった。面倒は起こさないようにする」
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(上) 」PJニュース2010年5月9日
http://news.livedoor.com/article/detail/4758811/
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2010年5月11日火曜日

企業工作員を無視する東急不買運動家

「御機嫌よう、諸君。お仲間に入って宜しいかな」
「入るなと言っても入るんだろう」
東急リバブル東急不動産不買運動家は、そっけない口調で答えた。
「おお、これはユーモアだな」
この言葉の含意が何であれ、東急リバブル東急不動産不買運動家の機嫌を取り結ぶ役には立たなかった。企業工作員は近くのテーブルから空いた椅子を引っ張ってきて、東急リバブル東急不動産不買運動家達の間に座った。東急リバブル東急不動産不買運動家は企業工作員に冷ややかな目を向けた。
「東急リバブル東急不動産不買運動家の諸君は、こうやって夜を過ごされるのか」
企業工作員は皆の顔を見回している。
「そんなこと、誰が知りたいって言うんだよ」
これ以上、話しかけられては迷惑という口調であった。
「これは失礼、まだ自己紹介していなかったかな」
「あなたが誰かは皆知っているよ。どういう目的で来たかもね」
ツララが落ちてきそうな冷ややかな口調であった。
「素晴らしい」
企業工作員はピシャリとテーブルを叩いた。
「私に同情してくれる訳ですな。これは是非とも諸君に一杯ずつ奢らなくてはならん」
「何も飲みなくない」
「俺もだ」
東急リバブル東急不動産不買運動家達はしらっとした顔で答えた。東急リバブル東急不動産不買運動家のグラスは空であった。誰かに奢ると言われて東急リバブル東急不動産不買運動家が断ることはメッタにない。しかし、そのテーブルにいた全員が申し出を断った。
「考えてみれば、今日は十分に交流したから、今夜はこれで切り上げる」
東急リバブル東急不動産不買運動家は意味深長な目でチラッと企業工作員を見ながら言った。一人また一人と次々に理由をつけて出て行った。企業工作員だけが一人残された。
http://blogs.yahoo.co.jp/shouhishahogo/61169857.html
『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(上) 」PJニュース2010年5月9日
http://news.livedoor.com/article/detail/4758811/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_3
林田力「『モンスタークレーマー対策の実務と法』クレームには誠意を」JanJanBlog 2010年5月9日
http://www.janjanblog.com/archives/1813

二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(下)

第1に高度利用などと公共の福祉をイコールに近づける考え方である。ここでは高度利用などが、そのまま公共の福祉につながる。高度利用などは再開発そのものの説明であるため、再開発をすることが公共の福祉に寄与することになる。

但し、「合理的かつ健全」という条件があるために無条件に高層ビルを是とすることにはならない。特に経済優先・開発優先の発想が見直されている現在では合理的・健全の基準も高度経済成長期からは変える必要がある。
http://news.livedoor.com/article/detail/4762161/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_4
第2に高度利用などと公共の福祉を別次元とする考え方である。ここでは公共の福祉に合致する再開発と公共の福祉に反する再開発計画が存在することになる。そこで個々の再開発計画について公共の福祉に寄与するか否かを具体的に検討し、公共の福祉に寄与する計画だけを認可することが求められる。

これまで日本では漠然と第1の考え方が採られることが多かった。実際、東京都による二子玉川再開発の意見書及び口頭意見陳述の審査でも「細分化した土地の共同化を図り、快適な市街地を形成する」から適切としており、二子玉川で土地を共同化することが公共の福祉に寄与するのかという検討はなされていない(林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(下)」PJニュース2010年4月29日)。
http://news.livedoor.com/article/detail/4745569/

前述のとおり、二子玉川再開発では再開発地域の85%以上を東急グループが所有する。これで細分化と言えるのか疑問があるが、この状態で共同化したら圧倒的な割合を有する東急グループによって、小規模地権者が圧殺されるということは容易に予期できる。現実に意見書や意見陳述では以下の主張がなされた(東京都「意見書及び口頭陳述要旨整理表」)。それでも東京都は「細分化した土地の共同化」で済ませた。

「小さな庶民はお金さえもらって地区外に出て行けばいい、それでなければ開発の建物に入ればいい。そのようなことでしか見てもらえない。結局、東急が大きな土地をどうにかしたいという計画である。不安だけで何のメリットもない、明日も見えてこない」

「11haのうち多くは東急が更地で持っている。それを自力で開発することには何の問題もないはずである。なぜ、駅前の1haと合わせて再開発するのか」

第1の考え方の問題点は再開発の判断尺度に欠けることである。再開発が機械的に公共の福祉に寄与するならば、とにかく高くて大きいビルを建設しようということになってしまう。その結果、近隣住民からは反対され、経済的社会的ニーズからは乖離し、地権者には借金が残る再開発が全国各地で強行された。

裁判の場で特定の再開発事業が公共の福祉に反すると主張されても、細分化された土地を高度利用するのだから公共の福祉に合致するという類の再開発の一般論から演繹しただけの反論が返る不毛な応酬となりがちである。そのために再開発の公共性について踏み込んだ議論は難しかった。

これに対して、二子玉川再開発の住民訴訟では住民側が都市工学の専門家である岩見良太郎・埼玉大学教授の意見書や証人尋問によって、公共の福祉の「5つの公準」を明らかにした。その上で二子玉川再開発が「5つの公準」を満たさないと主張した。「5つの公準」は以下の通りである。

公準1:地域環境の優れた資質を引き継ぎ発展させるまちづくり
公準2:持続可能なまちづくり
公準3:法制度の適切な適用と運用
公準4:まちづくりにおける公平性
公準5:住民参加

住民訴訟は2009年11月20日に結審したが、その時点で判決言渡日は明らかにされなかった。それだけ裁判所で慎重に検討していたものと考えられる。再開発の公共性について踏み込んだ判断がなされるか、判決内容が注目される。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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二子玉川の魅力を削ぐ再開発

二子玉川の魅力を削ぐ再開発
二子玉川ライズは二子玉川の魅力を削ぐ。調査結果によると、二子玉川は緑の多い町で、定年世代や子育て世代に人気がある。二子玉川ライズ オフィスや高層マンションは街の価値を破壊する。

2010年5月10日月曜日

『金正日最後の賭け』北朝鮮の冷静な分析

本書(張誠�著、吉崎英治訳、田原総一朗監修『金正日最後の賭け 宣戦布告か和平か』ランダムハウス講談社、2009年7月29日発行)は韓国の政治学者による金正日及び朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のドキュメントである。

北朝鮮は日本が未だに国交を正常化できていない唯一の近隣諸国であり、その動向は日本の安全保障上重要な関心事である。しかし、日本における北朝鮮についての言説は、あまりに感情的なものや、過度に脅威を強調するものが目立つ。これに対して、本書は等身大の北朝鮮を冷静に分析している。
http://www.janjanblog.com/archives/1899
たとえば北朝鮮の特殊性に注目する論者が多い中で、本書は北朝鮮と中国、ベトナムの共通性に着目する(180頁)。共にソ連崩壊後も政治的には社会主義国として残っている。これらの国は日本などの帝国主義国家の植民地支配を受け、人民が命がけで民族解放運動を起こした点で類似する。日帝支配の中で反帝国・反植民地主義に基盤を置く抵抗的民族主義意識が人民の間に浸透している。この点が簡単には崩壊しない北朝鮮の体制分析のポイントになる。

北朝鮮の核開発は北東アジアの安全を脅かすとして国際問題になっているが、現在の国際情勢下では北朝鮮にとって合理的な選択である。北朝鮮がアフガニスタンやイラクと異なり、アメリカから攻撃されないのは核のお蔭であると北朝鮮は考えている。加えて経済不振に苦しむ北朝鮮が通常兵器の維持拡大に資金を注ぎ込み続けることは困難である。核兵器は最新鋭の通常兵器の大量配備よりも相対的に安価である。そのため、核開発には北朝鮮の国防費を縮小する狙いもある(193頁)。

核開発は北朝鮮にとって合理性があるため、北朝鮮に核開発を放棄させる解決策として、本書は核兵器と同じレベルで体制の安全を保障する外交的代替策を提示することを主張する(205頁)。そのためには核問題と経済協力を切り離し、経済的相互依存関係を高めることで軍事挑発の素地を減らし、開放政策を採れるように誘導していくべきとする。

北朝鮮の核開発は国際社会が等しく憂慮するが、米国や中国が憂慮する理由は日本人には予想外なものであった。米国や中国にとって脅威は北朝鮮そのものではなく、北朝鮮の核開発に対抗する日本の軍拡・核開発である(311頁)。米国も中国も過去に日本の軍事攻撃を受けたという共通の歴史を有する。この発想は拉致問題の被害者意識に凝り固まった日本では出てこない。今起きていることだけでなく、歴史的スパンで考えることの重要さを実感した。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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東急リバブル不買運動の聖なる声

この忙しい毎日の中で、我々は時々何かの声を耳にする。無視することはできない声である。恋人の声かもしれないし、母親や妻の声かもしれない。偉いお方の声ということもあるだろう。あるいは、心の底からの静かな声が我々の忘れている仕事を思い出させてくれることもある。これを「聖なる声」と呼ぶ。東急リバブル東急不動産不買運動家は聖なる声に導かれ、東急リバブル東急不動産不買運動を進めている。
http://tokyufubai.jugem.jp/?eid=1195
林田力「多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷(下)」PJニュース2010年5月7日
http://news.livedoor.com/article/detail/4755629/
http://www.pjnews.net/news/794/20100506_2
林田力「『G8サミット体制とはなにか』格差を拡大させるサミット体制」JanJanBlog 2010年5月8日
http://www.janjanblog.com/archives/1669

経管栄養は医療行為

経管栄養は医療行為
2006年、北海道の特別養護老人ホームで看護師のいない時間帯に介護職員が栄養剤を注入していたなどとして行政指導がなされた。
栄養剤の注入、チューブの接続、皮膚のケアなどは全て看護師が行うこととなっている。

2010年5月9日日曜日

鈴木邦男『愛国と米国』左翼に愛国を見る柔軟さ

本書(鈴木邦男『愛国と米国—日本人はアメリカを愛せるのか』平凡社、2009年)は右翼団体・一水会顧問である著者が反米愛国の少年時代を振り返りながら、アメリカについて正面から考えた書籍である。

著者の思想的特徴は民族派右翼として、親米雇われ右翼とは一線を画す点にある。イラクに行った著者は日本がイラク人からアメリカ帝国主義の先棒を担ぐ存在と受け止められている実態を目の当たりにする。イラクでは「カミカゼ」「カラテ」「サムライ」は広く知られている。
http://www.janjanblog.com/archives/1272
しかし、これは日本が尊敬されている訳ではない。「あれだけ米軍と戦った日本が、なぜ今、米軍と一緒になってわれわれを攻めるのか?そう聞かれて答えられなかった」と著者は述べる。ここには著者の右翼思想家としての良心がある。

本書では出版時に話題となっていた田母神俊雄・航空幕僚長(当時)の論文にも言及する。著者は「自虐史観ではこの国を護るという気にはならない」という田母神氏の怒りや憤りに理解を示すものの、全面的には賛同しない。何故なら、自衛隊は日本の現在を護るもので、過去や過去の歴史観を護るのではないからである。自衛隊は自分を否定する者も護る存在であるべきと主張する。

記者も著者の主張には共感できる部分がある。戦前の日本の軍隊は天皇の軍隊であり、国民を守るものではなかった。沖縄戦では日本軍は民衆を守るどころか、反対に盾にしたこともあった。旧満州(偽満州国)において関東軍は満蒙開拓団を置き去りして真っ先に逃走した。もし自衛隊が真に国民を守る組織であるならば、このような旧軍の体質を徹底的に批判することから始めなければならない。

そもそも戦前の日本を批判的に描く歴史観を自虐史観と呼ぶこと自体が誤りである。戦後日本は戦前の軍国主義を否定した上に成立している。それは国の基本法である日本国憲法の前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」と宣言されているとおりである。

戦前を否定した戦後日本で戦前を批判することは決して「自虐」(自分を虐げる)ではない。戦前の日本を否定的に描いた歴史観を「自虐」史観と受け止める発想は、自己が戦前の軍国主義的体質そのものであると自白しているも同然である。そのような思想が自衛隊内で幅を利かせているならば、自衛隊が国民を守ることはあり得ない。

本書のユニークさは全共闘世代の安保闘争を反米愛国と位置付けている点にある。記者は新築マンションをだまし売りした大手不動産会社と裁判闘争を続けたため(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)、左翼側の人と交わることが多かった。記者のような社会悪に苦しむ被害者には左翼の方が共感する人が多いという現実があるためである。

それでも少しの異論も許容しない教条主義的なところに閉口させられることもあった。そこには左翼が否定する戦前の軍国日本と同じ体質があった。狭量な一部の左翼に比べると安保闘争からも愛国を見出す著者の発想は柔軟である。お互いの思想を知ることの重要性を実感した。(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
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林田力「多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷(下)」PJニュース2010年5月7日
http://news.livedoor.com/article/detail/4755629/
http://www.pjnews.net/news/794/20100506_2

ツイッター使えます

ツイッター本来の醍醐味である呟きによる交流からは外れてしまいますが、ブログによっては、ツイッターと連動させることもできます。ブログを更新すると、ツイッターで呟けます。また、1日分の呟きを、まとめてブログに投稿できます。
ブログでは電子メールでブログを更新する仕組みがあるものもあります。そのため、電子メールでブログを投稿し、ツーっターにも投稿されるということも可能です。
http://twitter.com/hayariki

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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佐藤賢一『象牙色の賢者』の感想(林田力)

本書(佐藤賢一『象牙色の賢者』文藝春秋、2010年2月10日)はフランス歴史小説を得意とする著者によるデュマ三部作の最後の一冊である。

最初の『黒い悪魔』はフランス大革命期に活躍したアレクサンドル・デュマ将軍が主人公である。次の『褐色の文豪』ではデュマ将軍の息子で、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ)が主人公である。締めくくりの本書は大デュマの息子で『椿姫』を代表作にするアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)を主人公とする。
http://www.janjanblog.com/archives/1099
本書は形式及び内容面で前二作と比べて大きな特徴がある。形式面では本書は小デュマの過去を振り返る語りで進行する。内容面では前二作には心躍る冒険活劇があったが、本書では小デュマの内省や父親・祖父・文学・フランス社会などへの観察が一人称の語りで続いていく。

著者の作風として『小説フランス革命』シリーズに登場するロベスピエールのような熱血漢のモノローグがあるが(林田力「【書評】『議会の迷走 小説フランス革命4』の感想」JANJAN 2010年1月31日)、本書の語りはタイトルの賢者らしい落ち着いた深みがある。これは三部作としての統一感は壊されるが、デュマ・フィスの人生や作風に合致する。

小デュマの祖父のデュマ将軍も父親の大デュマも波乱万丈の人生であった。デュマ将軍はフランス革命期の大混乱の中を一兵卒から将軍まで上り詰めた軍人である。数多くの戦場を駆け抜けた人生であった。

大デュマも七月革命やガリバルディのイタリア統一運動を支援するなど作家にとどまらない活躍をした。貧しい子ども時代を送り、ベストセラー作家となってからはモンテ=クリスト城などで散財し、後に破産するという浮き沈みの激しい人生であった。自身の人生も小説と同じように冒険に満ちていた。

彼らの物語が冒険活劇になることは当然の成り行きである。それに比べると、小デュマの人生は作家一筋で地味であった。また、小デュマの作風も大デュマの冒険活劇に比べると私小説風である。その点で深い内省に基づく一人称の語りという展開は小デュマらしさが出ている。

前二作と趣の異なる本書であるが、『黒い悪魔』との共通テーマも存在する。小デュマの語りの中で大きな場所を占めたものが父との葛藤であった。これはデュマ将軍の葛藤でもあった。大デュマにとって幼少時に没した父親・デュマ将軍は憧れの偶像であっても、葛藤の対象にはならなかった。それに比べると『象牙色の賢者』は親子の葛藤という原点に回帰する。三部作を締めくくるに相応しい小説になっている。
http://news.livedoor.com/article/detail/4755629/
http://www.pjnews.net/news/794/20100506_2
林田力「二子玉川再開発の審査で専門家による補佐人陳述決定」PJニュース2010年5月8日
http://news.livedoor.com/article/detail/4757660/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_1

二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(上)

【PJニュース 2010年5月9日】東京地方裁判所に係属中の二子玉川再開発に対する公金支出の差し止めを求めた訴訟(平成19年(行ウ)第160号公金支出差止請求事件)の判決言渡日が決定した。東京地方裁判所522号法廷にて2010年5月25日に言い渡される。

この裁判は世田谷区による二子玉川東地区第一種市街地再開発事業(街の名称:二子玉川ライズ)への補助金支出が違法であるとして、世田谷区民約130名が世田谷区を提訴した住民訴訟である。住民訴訟とは地方公共団体による公金の違法な支出に対して住民が提起する訴訟で、地方自治法を根拠とする。

住民側は都市公園の位置変更に関する都市計画決定(1989年6月16日)や事業認可組合設立決定(2005年3月4日)が違法であるため、その違法な決定に基づく二子玉川再開発への補助金支出も違法であると主張する(先行行為の違法性の承継)。

具体的には再開発地域の85%以上を所有する東急グループが世田谷区長と密約し、都市公園予定地を二子玉川駅から離れた場所に移動させ、東急グループの営利のために超高層ビル建設中心の再開発にした。これは都市計画公園・風致地区・景観重視という二子玉川の都市計画の方向性に逆行し、都市再開発法第4条第2項第1号「道路、公園、下水道その他の施設に関する都市計画が定められている場合においては、その都市計画に適合するように定める」などに違反する。

二子玉川再開発に対しては再開発組合を被告とする再開発事業の差止訴訟(民事訴訟)も提起されている(林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(上)」PJニュース2010年4月14日)。
http://news.livedoor.com/article/detail/4717010/

そこでは住民側から再開発事業が周辺地域の洪水被害を増大させると主張・立証されているが、その証拠は住民訴訟でも提出された。それに基づき、広大な人工地盤・巨大な地下建造物を建設する再開発事業は都市型水害の被害の拡大を招き、周辺住民の生命・身体・財産に甚大な被害を生じさせると結論付ける。これは都市再開発法第4条第2項第2号「当該区域が、適正な配置及び規模の道路、公園その他の公共施設を備えた良好な都市環境のものとなるように定める」に違反すると主張する。

世田谷区側は都市計画決定などの違法性を争い、また、先行行為に瑕疵があったとしても行政訴訟の公定力理論から、先行行為が取り消されていないために補助金支出は違法ではないと反論する。

住民訴訟では二子玉川再開発が公共の福祉に合致するかが争点となった。市街地再開発事業が公共の福祉に合致すべきであることは、誰もが同意できる大前提である。しかし、公共の福祉は抽象的な言葉であり、何が公共の福祉であるかは明確ではない。
都市再開発法第1条では法律の目的を以下のように定める。

「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もって公共の福祉に寄与することを目的とする」

ここでは「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新」によって、「公共の福祉に寄与する」という流れになる。「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新」(以下、高度利用など)と公共の福祉との関係が問題になる。

高度利用などとは細分化している土地をまとめ、古い建物を壊し、高層の建物を新たに建設し、都市のインフラを整備することである。これは再開発で行うことそのものである。これによって公共の福祉への寄与を目指すことが都市再開発法の考え方になるが、両者の関係について2つの考え方が成り立つ。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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ネット工作への東急不買運動家の作戦

ネット工作への東急不買運動家の作戦
東急リバブル東急不動産不買運動家の広範囲にわたる知識は多くの人々の尊敬を集めていた。不買運動家が意見を述べることはめったにない。しかし、ひとたび不買運動家が発言すると、誰もが熱心に耳を傾けた。
「東急不動産だまし売り裁判原告へのネット中傷が悪徳不動産業者のせいならば、企業工作員を叩いても一時的な解決にしかなりません」
「トカゲの尻尾切りにしかならない、ということですね」
「ええ。悪徳不動産業者のことだから、きっとまた、東急不動産だまし売り裁判原告を困らせる別の方法を考える筈です。東急不動産だまし売り裁判原告が悪徳不動産業者への告発を止めない限り、工作員は次々と沸いてくるでしょう」
「同感です。ネット中傷の背後には悪徳不動産業者がいると思う。証拠はないが。悪徳不動産業者の無数の嫌がらせに振り回されていると、そのうち別の方面から真の脅威が迫った時に対応する能力を失ってしまいます」
「まさに古典的なゲリラ戦法です」
「何か直接、悪徳不動産業者を捕まえる方法はないものでしょうか」
「それをやると越権行為になります。でも、ギャフンと言わせることはできます。私に任せてください」
http://tokyufubai.blog28.fc2.com/blog-entry-1063.html
林田力「『告発のときIn The Valley of Elah』人間性を破壊するイラク戦争」JanJanBlog 2010年5月7日
http://www.janjanblog.com/archives/1633
林田力「『G8サミット体制とはなにか』格差を拡大させるサミット体制」JanJanBlog 2010年5月8日
http://www.janjanblog.com/archives/1669
林田力「二子玉川再開発の審査で専門家による補佐人陳述決定」PJニュース2010年5月8日
http://news.livedoor.com/article/detail/4757660/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_1

2010年5月8日土曜日

影山明仁『名作マンガの間取り』間取りからキャラや時代を想像

本書(影山明仁『名作マンガの間取り』ソフトバンク クリエイティブ、2008年)は建築コンサルタントである著者がマンガを中心としたフィクション作品に登場する建物の間取り図を作品中の描写を元に作図したものである。

取り上げる間取りは『ドラえもん』の野比邸や『サザエさん』の磯野邸など住宅がほとんどである。一方で『ナニワ金融道』の帝国金融や『機動警察パトレイバー』の特車二課のように事業所の間取りもある。マンガに登場する間取りを集めただけでも斬新な企画であるが、事業所の間取りが出てくるとは想像できなかった。著者の設計経験とマンガ読書量の豊富さがうかがえる。
http://www.janjanblog.com/archives/1588
実際に作品中の建物の間取りを作図すると、様々な無理や矛盾が生じており、著者の想像で補ったという。設計士から見た突っ込みどころを、ユーモラスにコメントしている。

著者は「あとがき」で家族仲がよく、特に母親の存在が大きい作品の建物は作図しやすかったと感想を述べる(110頁)。人間関係における住環境の重要性を示唆している。これは現実世界の問題であるが、マンガの世界にも適合している点が面白い。

本書で取り上げた作品の中で記者(林田)にとって最も馴染み深い作品は『ドラえもん』である。実際に野比邸の間取り図を見ると部屋数の多さに驚かされた。居候のドラえもんを除外すれば、子ども一人の三人家族であるが、間取りは5DKである。のび太の幼い頃は祖母と同居していた描写もあり、2階の一部屋が祖母の部屋だったと推測される。1階には居間(和室)と洋室(応接室)が別々に存在する点が特徴的である。

気になった点は、のび太の机が南向きの窓に面して置かれている点である。直射日光が当たる南向きの場合、一般に集中力が途切れがちで、落ち着いて勉強しにくい。のび太は、机に向かうと5分で欠伸が出る体質の持ち主であるが、机の向きも一因と思われる。机の向きを変えると少しは勉強好きになるかもしれない。

これに対して『あたしンち』の立花邸では子ども部屋を北側の部屋(窓は東向き)にしている。立花家では両親がユニークなキャラクターであるのに対し、相対的に子ども達は常識人である。キャラクターと間取りの相関が感じられて興味深い。

日本人は農耕民族としての伝統のためか、陽光を最大限に享受できる南向きの人気が高かった。しかし、日照が強い南向きは勉強部屋に向かない上に、急激な室温上昇や壁紙・家具・カーテンの退色などのデメリットがある。反対に北向きの窓ならば年間を通して柔らかく安定した採光が得られる。また、植物は南を向く性質があるため、北向きの窓は緑地への眺望に適している。南向き神話は文字通り神話になっている。

それを端的に示したのは記者が原告となって、マンション売主の東急不動産を訴えた裁判である。この裁判では東京地裁平成18年8月30日判決で北側の窓の日照阻害などを理由に売買契約の取消しが認定された(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。

この判決は不動産売買契約について消費者契約法に基づく取消しを正面から認めた点で先例的価値を有するが、北側の窓からの日照阻害を重要事項と認定した点にも意義がある。日照といえば南向きという図式の崩壊が裁判でも裏付けられたのである。

本書はタイトルに名作マンガとあるように、古い作品が多いが、その中で相対的に新しい作品に『カードキャプターさくら』がある。この作品の木之本邸は一戸建てであるが、階段を南側に配置しており、南からの居室への日照は期待できない。ベランダは西向きに設置している。ここには南向き神話は見られない。時代別に作品を整理して間取りを分析すると、時代の傾向も発見できる。

間取り図からキャラクターの特徴や作品の時代に思いを馳せることができる。本書は様々な点で想像力を刺激させてくれる一冊である。(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
http://news.livedoor.com/article/detail/4755629/
http://www.pjnews.net/news/794/20100506_2

『告発のときIn The Valley of Elah』人間性を破壊するイラク戦争

本書(ポール・ハギス原案、古閑万希子著『告発のときIn The Valley of Elah』講談社、2008年)は2008年6月28日に公開された米国映画(ポール・ハギス監督)のノベライズ版である。2003年に実際に起きたイラク帰還兵の殺害事件をもとに、泥沼のイラク戦争で人間性を破壊されたアメリカ軍の暗部を描く。従軍兵士の心を蝕むPTSD(心的外傷後ストレス障害)を直視したサスペンス・ドラマである。
http://www.janjanblog.com/archives/1633
退役軍人のハンクに、イラク戦争に従軍していた息子マイクがイラクからの帰還直後に失踪したとの連絡が届くところから物語が始まる。調査を続ける中で明らかになっていったものは、自由と民主主義のために戦う正義の英雄とは程遠いアメリカ軍の姿であった。

『告発のとき』は邦題で、原題は『In The Valley of Elah』である。これはエラの谷という意味で、旧約聖書サムエル記に登場する。後にイスラエルの王となる羊飼いの少年ダビデがぺリシテ人の巨人ゴリアテを倒した場所である。

果たしてアメリカ兵は巨人ゴリアテに立ち向かう勇敢なダビデと言えるのかと考えさせられるタイトルとなっている。むしろ人間性を破壊するイラク戦争を続けるアメリカ軍に抗議する声こそがダビデなのではないか、と自問したくなる。そして、この問題意識が邦題『告発のとき』につながっている。

原題の意味から離れた邦題は原題のイメージを壊すものとして、英語圏の文化に素養のある人にとっては不満が生じうるものである。しかし、上記のように考えるならば、本作品の真意を汲み取った一つの解釈として、味わい深さが感じられる。

過酷な戦場生活による人間性の破壊は日本でも他人事ではない。イラクに派遣された自衛隊員の自殺が問題を示している。自殺という形で自分を傷つけてしまう人がいるならば、攻撃の対象が他者に向かう人も出る可能性がある。

アメリカと比べて自衛隊が閉鎖的で情報公開に消極的であるために明らかにされない面があるならば、日本の方が深刻である。当事者意識の薄い日本人向けだからこそ、よりストレートな意味合いを持つ邦題にする意義がある。

映像作品の小説版の良いところは、映像だけでは不十分な内容が文字により説明されている点である。これによって読者は映像だけでは分からなかった点も理解することができる。一方、説明が冗長になると物語のスピード感が損なわれるデメリットもある。

本作品でも、警察と憲兵の仕事の押し付け合いやヒスパニックへの差別感情などのアメリカ社会の背景は、本書を読んだ方が理解しやすいだろう。一方、本書は基本的に真実を追求するハンクの視点で描写されており、彼の調査の進展に応じて場面が展開する。そのため、映画を観るようなテンポで本書を読み進めることができる。映画を観た方にも観ていない方にも推奨したい一冊である。(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
http://news.livedoor.com/article/detail/4753664/
http://www.pjnews.net/news/794/20100506_1

二子玉川再開発の審査で専門家による補佐人陳述決定

【PJニュース 2010年5月8日】東京・二子玉川東第二地区第一種市街地再開発事業の審査で街づくりや建築、地質、大気汚染の専門家が補佐人として陳述する。補佐人は卯月盛夫・早稲田大学教授、遠藤哲人・NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議、三浦史郎・一級建築士、坂巻幸雄・日本環境学会元副会長、藤田敏夫・大気汚染測定運動東京連絡会会長で、2010年5月13日午前9時から午後5時まで世田谷区玉川総合支所4階会議室で陳述する。
http://news.livedoor.com/article/detail/4757660/
http://www.pjnews.net/news/794/20100508_1
各氏の陳述の予定時間帯は以下の通りである。陳述状況によって前後する可能性がある。

9時30分〜11時 卯月氏
11時〜12時 遠藤氏
15時〜15時40分 三浦氏
15時45分〜16時20分 坂巻氏
16時25分〜17時 藤田氏

補佐人陳述の発端は口頭意見陳述者16名による参考人の申し立てである。二子玉川東第二地区再開発事業の事業計画に対しては近隣住民などから199通の意見書が東京都に提出され、口頭意見陳述も4月20日から開始した(林田力「二子玉川再開発事業計画への口頭意見陳述開始=東京・世田谷」PJニュース2010年4月21日)。

意見書の審査で行政不服審査法の規定を準用しており(都市再開発法第16条第4項)、複数の意見陳述者が参考人の意見陳述を申し立てた。最初に1月28日と2月4日に東京都都市整備局市街地整備部民間開発課に口頭で申し入れ、2月12日には過去の区画整理事案で実際に採用された参考人の意見陳述事例を提示した。さらに3月19日には「意見審査にあたっての申立書」と題する書面を提示して、予定する参考人の詳細と必要性を述べた。

これに対して都側は「行政不服審査法第25条第2項の補佐人としてならば許可する」旨の回答をした。意見陳述者側は4月9日付で「参考人の陳述、鑑定を求める申立書」を提示し、改めて参考人の採用を求めた。意見書の審査手続きを「単なる反対者の「ガス抜き」のための形骸的な手続きであってはならず、実質的なより多くの住民に受け入れられる計画に作り替えるための都市計画法の目的「公共の福祉」実現のための、都市再開発法の根幹をなす手続である」と主張した。

しかし、都側は補佐人としての陳述を譲らなかった。但し、数十人が傍聴できる場所を会場とすることで、意見陳述者側の要望にも配慮した。

補佐人として陳述予定の卯月氏は二子玉川でワークショップを開催し、再開発に対する住民の不安や要望を具体的に聞き取り、住民提案を作成した人物である。
遠藤氏は卯月氏が作成した住民提案の採算性について裏付け研究を行った(林田力「二子玉川東地区再開発住民提案の採算性分析」PJニュース2010年4月16日)。

三浦氏は超高層ビルを中心とした大型再開発事業の問題点を分析し、低層・低容積の再開発事業にコンサルタントとして携わっている。坂巻氏は再開発地域や丸子川・多摩川を現地調査し、広大な緑地をコンクリートで覆い、約7メートルの人工地盤を建設することで、周辺地域に洪水被害が拡大することを科学的に論証した。

藤田氏は再開発事業による交通量の増加によって大気汚染が悪化し、国や東京都が進めている「自動車排出窒素酸化物削減計画」に水を指すことになると指摘している。街づくりから環境破壊まで中身の濃い陳述になると予想される。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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『G8サミット体制とはなにか』格差を拡大させるサミット体制

『G8サミット体制とはなにか』格差を拡大させるサミット体制
本書(栗原康『G8サミット体制とはなにか』以文社、2008年)はサミット(先進国首脳会議)を頂点とする世界秩序(サミット体制)を批判的に解説した書籍である。サミットの歴史を振り返り、サミットの目的を明らかにし、サミット体制が各国にもたらした影響を説明する。
http://www.janjanblog.com/archives/1669
著者はサミット体制を多国籍企業の利益になるために世界各国に新自由主義的な経済政策を押し付ける体制と位置付ける。僅か8カ国の私的会合に過ぎないサミットがIMFや世界銀行などの超国家的機関を媒介として、世界の政治経済について事実上の政策決定を行っているとする。

1970年代以降、先進諸国はサミットを通して、資本の自由化や貿易上の保護主義の撤廃を進め、多国籍企業が経済活動を行いやすい環境の構築を図った。特に第三世界に対してはIMFや世界銀行を通じて構造調整政策を押し付けた。

この結果、多国籍企業は利益を拡大する一方で、大勢の人々は困窮した。輸入自由化による農業の崩壊や、労働法制の規制緩和による労働環境の不安定化、民営化による公共サービスの低下など人々の生活基盤を破壊し、貧富差を拡大させている。

本書では壊滅的な打撃を受けた例としてソマリアを挙げる。構造調整政策を受け入れたソマリアでは貿易の自由化による安価な輸入作物の大量流入や、農業従事者向け公共サービスの切捨てにより、国内の農畜産業が衰退した。ソマリアの食糧不足・飢餓は、構造調整政策による人災であると本書は主張する。

これまで私は、本書で強く批判されている新自由主義的な経済政策には少なからぬシンパシーを感じていた。日本の公務員の相次ぐ不祥事を出すまでもなく、政府を動かしているのも欲を持った個々の人間に過ぎないためである。政府の役割を過度に大きくするならば、それだけ腐敗と非効率の危険を大きくすることになる。

たとえ政府が適切に経済を管理すれば最適化できるとしても、政府を動かすのは神ならぬ人間であり、そこまで見通す力はない。自由放任により神の見えざる手が働くとは考えないが、政府の誤った政策による弊害の方がはるかに大きいため、政府の介入は可能な限り減らすべきというのが管見であった。

一方で新自由主義者とされる人々が外交・安全保障面ではタカ派の傾向を有することには違和感を覚えていた。小さな政府と軍事費増大は矛盾する。また、人間の不完全性を前提として国家権力の介入による弊害を避ける立場ならば、国家が起こしうる最大の惨禍である戦争に対して否定的になるのが自然と考える。

しかし実際は新自由主義者とされる政治家(サッチャー、レーガン、中曽根康弘ら)は揃ってタカ派である。これは私にとって一つの疑問であった。この疑問に本書は一つの回答を提供する。

1980年代に台頭した上記の新自由主義の政治家は正にサミット体制の申し子であった。そしてサミット体制が進める政策は多国籍企業の利益を守るものにほかならない。その主張する自由とは多国籍企業の経済活動の自由であって、利権の維持・拡大に必要ならば武力行使を躊躇しない。

その例として、本書ではアメリカによるイラク戦争を挙げ、戦争の目的を先進国の経済プロジェクトに従属的な政権を打ち立てることにあったとする。多国籍企業の経済活動を保護し、第三世界に対する経済支配を強化する点でサミット体制は、多くの人々にとって自由の対極に位置するものである。

サミットが開催される度に激しい抗議活動の対象となるのも、このためである。洞爺湖サミットの物々しい警備活動が報道されているとおり、警察権力に守られなければ開催できないのがサミットの実情である。サミットに抗議した人々の境遇と思いに共感するための想像力を働かせることがサミット体制を克服するための第一歩になる。

本書では2005年に中国各地で吹き荒れた反日デモもグローバル化への抗議活動と位置付ける。著者はグローバル化に揺れる中国の実態を以下のように描く。

「工場で働く人びとの大多数は低賃金であり、中国全土が日本の下請工場となりはじめている」「日本企業に出荷するために生産競争にさらされ、没落する農家さえあらわれているし、化学肥料の使いすぎで土壌汚染が進んでいることも否めない」(71頁以下)。

グローバル化による貧富差の拡大や農村破壊への中国民衆の怒りが、中国に大々的に進出しており、民衆にとって分かりやすい日本へ向かったとする。

本書で言及されているとおり、日本のプレカリアート(非正規労働者ら)が政府や企業への怒りを噴出させ始めていることは注目に値する。一方でネット右翼のように排外的な方向に転嫁して自尊心を満足させる傾向も見られる。例えば反日の声に嫌中で応じるのではなく、反グローバリズムとして連帯できるか、日本人の想像力が試されている。(林田力 『東急不動産だまし売り裁判』著者)
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林田力「消費者トラブルの2つの論点」PJニュース2010年5月5日
http://news.livedoor.com/article/detail/4752699/
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2010年5月7日金曜日

無印良品のイスラエル進出反発

無印良品のイスラエル進出に反発
無印良品のイスラエル進出計画が反発を受けている。パレスチナへのイスラエルの圧制容認につながるためである。不買運動に発展する可能性がある。

多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷(下)

【PJニュース 2010年5月7日】(上)からのつづき。反対運動では暫定堤防を不要とするだけでなく、積極的に有害であると主張される。その理由として以下の4点がある。第1に鳥獣保護区・風致地区の貴重な自然環境の破壊である。暫定堤防建設のため伐採される樹木には映画に登場するなど、文化的にも由緒があるものも少なくない(林田力「多摩川暫定堤防の見直しを求めるお花見交流会開催=東京・世田谷」PJニュース2010年4月5日)。

第2に眺望の破壊である。家の前に高い堤防ができると、川べりの素晴らしい眺めが遮られる。その眺望をセールスポイントとする飲食店も立地しており、営業上の死活問題にもなる。もともと二子玉川南地区は景観を売り物にする料亭があり、堤防建設に反対したという歴史がある。

第3に治安の悪化である。高い堤防ができると、堤防の内側は人目がつきにくくなる。現に堤防建設済みの対岸の川崎市側では花火などで深夜まで騒々しい状態である。
これら3点の反対理由は直感的に理解しやすいが、マックス・ヴェーバー流に言うならば堤防推進派との間に異なる価値観による「神々の争い」を引き起こすことになる。自然環境も眺望・治安も価値があることは誰も否定できないものである。一方で堤防推進派は洪水被害から生命・財産を守るという大義名分がある。

こうなると堤防建設の賛否は自然や眺望・治安を優先するか、水害防止を優先するかという問題と位置付けられてしまう。実際、このような二派の対立という形で紹介したテレビ番組があった(TBS「噂の東京マガジン」2009年8月23日放送)。

もし平時の快適な生活と災害時の安全のどちらを優先するかという形で一面的な整理をされると、反対運動の分が悪くなる。それ故に反対運動では根本的な反対理由として、そもそも暫定堤防は不要と主張する。

第4に内水氾濫の危険である。二子玉川南地区は堤防(旧堤防)よりも川寄りの地域である。暫定堤防ができると、二つの堤防に挟まれる。まるでタライの底のような状態で、降雨が滞留し、内水氾濫となる懸念がある。

この点については国土交通省にも配慮が見られる(国土交通省・前掲資料)。二子玉川南地区では雨水は下水道に取り込まれて排水されるが、下水道は北側に延び、南地区の外に出る。これで排水されるというのが国土交通省の説明である。既に2009年10月に下水道工事が行われた。

これは土地の低い方から高い方へ排水するという不自然な処理であり、このような処理をしなければならない点で計画は無理筋である。しかも、下水道が延びる先の旧玉川高校近辺は集中豪雨時に雨水が逆流してマンホールが飛ぶような場所である(林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(上)」PJニュース2010年4月14日)。

豪雨時は南地区からの雨水も逆流してしまい、解決策にならないと批判される。また、二子玉川南地区からの不自然な排水は旧玉川高校近辺の住民にとって納得できないものである。公共事業が地域コミュニティーを破壊する例が多いが、ここでも地区間対立を煽りかねない。

この内水氾濫の危険増大という反対理由は堤防が水害の原因になるとする点で、水害の防止という堤防推進派の大義名分を崩す論拠になる。堤防推進派は「100年に一度」または「200年に一度」というレベルの大洪水の備えとして、堤防の必要性を主張する。

これに対して、内水氾濫の原因となる局地的な集中豪雨(ゲリラ豪雨)はヒートアイランド現象などにより、近年になって頻発している。めったに起こらない大洪水に備えるために、頻発する集中豪雨時の危険を増大させるならば本末転倒になる。

住民らは科学的なデータに基づく堤防の必要性の説明を求め、話し合いを望んでいる。しかし、国土交通省京浜河川事務所側は連休中であることを理由に責任ある立場の人間は出てこなかった。末端の工事業者だけが現れて、樹木を伐採し、工事を進めた。これまでに松や竹が伐採された。それでも抗議活動によって連休終了までに松・桜・椿・銀杏・桑など多くの樹木を守ることができた。抗議活動は今後も続ける予定とする。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月6日木曜日

二子玉川・堤防建設で自然破壊

二子玉川・多摩川暫定堤防建設で自然破壊
世田谷区の二子玉川で多摩川暫定堤防建設のために貴重な樹木が伐採されています。住民を中心に激しい抗議行動が行われています。応援に駆け付けて下さい。報道機関の方は取材お願いします。

2010年5月5日水曜日

二子玉川ライズ オフィスの悪趣味

東急電鉄・東急不動産の賃貸オフィスビル「二子玉川ライズ オフィス」は悪趣味である。2010年5月時点で低層階の窓が黄色とオレンジ色が交互に配置されている。どこの田舎のビルかと思うくらいに趣味が悪い。東急電鉄・東急不動産のセンスを疑う。圧迫感や景観破壊以外の面でも周辺住民の神経を逆撫でするビルである。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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林田力「消費者トラブルの2つの論点」PJニュース2010年5月5日
http://news.livedoor.com/article/detail/4752699/
http://www.pjnews.net/news/794/20100504_4

『東急不動産だまし売り裁判』の衝撃

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』は出発点となった書籍である。暖房を切った底冷えのする薄暗い冬の書斎の片隅で、足が冷えるのも忘れて一心不乱に読み進めた。まるでバットで頭を思い切り殴られたような衝撃であった。悪徳不動産業者に対する怒りに満ちた『東急不動産だまし売り裁判』は、これまで培ってきた価値観を叩き壊し、世界を見る目の基盤となった。
「原告にできる一番大きなことは裁判闘争である。原告のような消費者が東急リバブル・東急不動産のような悪徳不動産業者に一生に一度あるかないかの買い物で騙し売りされる悲劇を食い止めることであった。」
http://tokyufubai.blog28.fc2.com/blog-entry-1059.html
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林田力「奥菜恵『紅い棘』勝ち組的価値観と戦った女優」JanJanBlog 2010年5月5日
http://www.janjanblog.com/archives/1478
林田力「鈴木邦男『愛国と米国』左翼に愛国を見る柔軟さ」JanJanBlog 2010年5月4日
http://www.janjanblog.com/archives/1272

弁護士懲戒請求で対象弁護士が文書閲覧禁止を上申(下)

弁護士懲戒請求で対象弁護士が文書閲覧禁止を上申(下)
【PJニュース 2010年5月5日】(上)からのつづき。対象弁護士側は同じ日付(2010年4月27日)で別の上申書も提出している。そこでは「本件調査においては、慎重な事実認定にご留意いただくよう求めます。」とする。その理由は以下の通りである。
http://news.livedoor.com/article/detail/4752696/
http://www.pjnews.net/news/794/20100502_8
この懲戒請求は宗教団体のキャンペーンの一環としてなされるもので、当該団体の被害者救済に取り組む弁護士を攻撃することが目的である。もし懲戒請求の議決で宗教団体側に有利な事実認定がされれば「懲戒請求事件において認定された事実」として利用される危険がある。そのために懲戒事由の有無の判断に影響を及ぼさない事実に対して慎重な事実認定を求めるとする。

この上申書も「本上申書及びその添付資料の謄写を許せば、これに対してもその不当な矛先を向け、新たな火種をまくことになりかねない」として、謄写対象としないことを求めている。

この上申書の主張は裁判制度に対する2つの考え方のいずれを採るかによって評価が変わるものである。

第1に裁判制度を目的通りに厳格に捉える考え方である。司法手続きは広く事実を明らかにすることではなく、何らかの具体的な問題(法的紛争)を解決することが目的である。ここからは懲戒事由の有無に影響を及ぼさない事実への慎重な事実認定を求める上申書の主張は至極当然なものとなる。

第2に裁判制度を広い視点で捉える考え方である。現実問題として裁判闘争という言葉があるように社会運動の一環として裁判が行われている。裁判での請求とは直接関係しない傍論の違憲判決が市民運動などで積極的に活用されている。このような動きを好意的に評価する考え方である。

この考え方に立つならば、仮に懲戒請求が特定の団体のキャンペーンの一環としてなされたとしても、懲戒請求の内容を公開して広く社会に訴えることも何ら問題ではない。反対に自らの主張を相手方には閲覧させない姑息な姿勢が批判されることになる。

もし対象弁護士が第1の考え方から上申書を出したならば筋は通る。しかし、対象弁護士が裁判制度では第2の考え方を採用しながら、自分の懲戒請求については上申書の主張を採るならば二重基準になる。

いずれにしても懲戒請求者の反論できないところで対象弁護士の主張がなされ、それが判断に影響を及ぼしてしまうならば、懲戒請求者が納得できる公正な手続にはならない。弁護士懲戒請求制度が不公正との不満を裏付ける手続きである。

最後に、この懲戒請求で登場する宗教団体に様々な批判がなされていることは事実である。記者(林田)は新築マンションだまし売りで大手不動産会社と裁判中に、それに付け込む形で宗教勧誘を受けたことがあり、カルトと呼ばれる宗教に対して好印象は抱いていない(林田力「だまし売り被害者にも宗教勧誘の甘い声」オーマイニュース2008年1月21日)。しかし、カルトであることは懲戒請求者の手続きを軽視する理由にならない。それは基本的人権の擁護を使命とする弁護士にとって最もふさわしくない発想である。【了】

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2010年5月4日火曜日

弁護士懲戒請求で対象弁護士が文書閲覧禁止を上申(上)

【PJニュース 2010年5月3日】第二東京弁護士会綱紀委員会に係属中の弁護士懲戒請求事件において、懲戒請求を受けた対象弁護士側が自ら提出した証拠書類や証拠説明書、上申書を懲戒請求者に閲覧・謄写させないことを求める上申書を提出していた。懲戒請求人側だけが相手方の証拠や上申内容を知らない状態で主張立証を余儀なくされたことになり、反発も予想される。
http://news.livedoor.com/article/detail/4750740/
http://www.pjnews.net/news/794/20100502_7
弁護士懲戒請求では裁判と同じように懲戒請求者と対象弁護士が準備書面や証拠を提出し、主張・立証する。懲戒請求者側が提出する証拠を甲第○号証、対象弁護士側が提出する証拠を乙第○号証とナンバリングする点も裁判での原告・被告と同じである。

この弁護士懲戒請求は業務上知り得た情報(懲戒請求者の信仰)の漏洩や品位を損なう広告宣伝などを理由とし、既に複数回の文書の応酬がなされている。対象弁護士側の上申によって、対象弁護士側が提出した証拠・証拠説明書・上申書については懲戒請求者の閲覧・謄写対象とせず、準備書面については閲覧・謄写用に証拠の引用を削除した版を別に作成した。

対象弁護士側が提出した2010年4月27日付の上申書は閲覧・謄写させない理由を以下のように説明する。懲戒請求者側はインターネット上で懲戒請求書や関連資料を公開している。提出証拠には第三者(A氏)のプライバシーに関する内容が含まれるため、公開によってA氏への損害や対象弁護士の守秘義務違反になる可能性があるとする。

ここには対象弁護士側に非公開を求める理由が述べられているが、懲戒請求者側に証拠を吟味して反論する機会が失われてしまうことへの考慮はない。これが公正な手続と言えるか疑問である。

仮に第三者のプライバシーが閲覧禁止を正当化する理由となるとしても、それで機械的に閲覧禁止とするならば問題である。この懲戒請求事件のA氏は懲戒請求の当事者ではないという意味において第三者であるが、懲戒請求者側が提出した陳述書(甲第17号証)の作成者であり、全く無関係な存在ではない。具体的事実に即してプライバシー侵害になるか慎重な判断が望まれる。

弁護士懲戒制度は権力の不当な介入を避けるために弁護士の自治組織である弁護士会で運用される。このこと自体には一定の意義が存在するが、弁護士同士のかばい合いが横行し、非行弁護士に甘いとの不満も渦巻いている。

公正に判断したか、身内に甘い判断をしたかは主観の問題であり、様々な意見があるだろう。しかし、この懲戒請求事件のように対象弁護士側の上申書によって、懲戒請求者側だけは相手方の証拠や上申書を閲覧できない状態では最初から不公正な条件になってしまう。【つづく】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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東急不動産だまし売り裁判提訴5周年記念

東急不動産だまし売り裁判提訴5周年記念
東急不動産消費者契約法違反訴訟アルス東陽町301号室事件が東京地裁に提訴されてから2010年2月で5周年を迎えた。東急不動産消費者契約法違反訴訟は消費者を強い絆で結ぶ事件である。消費者運動を強く結合させた。
東急不動産消費者契約法違反訴訟は2005年2月に提訴され、2006年8月30日に東京地裁で東急不動産敗訴判決が出された。しかし、東急不動産消費者契約法違反訴訟は既に終わった歴史ではない。現在でも大きな影響を持っている。それ故に『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(林田力著、ロゴス社刊)は重要な役割を担っている。
東急不動産だまし売り裁判原告は親しい人を集めて提訴5周年を記念した宴席を設けた。親しい人間ばかりというのは悪いものではない。皆が新築マンションだまし売りの事情を承知していたために上辺の言葉にとどまらない祝福で、原告を包み込んだ。原告の人生という脚本は、この一幕に収斂するために幾百の頁を積み重ねてきたと断言できるくらいに決定的な場面であった。
http://hayariki.seesaa.net/article/148567948.html
林田力「迷走する「普天間問題」における陰謀論の効用」PJニュース2010年5月2日
http://news.livedoor.com/article/detail/4749767/
http://www.pjnews.net/news/794/20100501_8
Wetpaint
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2010年5月3日月曜日

東急不買運動家の正義感

東急リバブル不買運動家の正義感
気安く話す機会が増えていけば、二人とも消費者運動家なのですから、どうしても消費者運動の話になる。してみると、不思議なほど噛み合った。というか、自分は今まで消費者問題の何を知り、何を学んできたのか、にわかに恥ずかしくなってしまうくらい東急リバブル東急不動産不買運動家は博識であった。その博識が音になって口から出る言葉一つ一つの信頼度を高めていた。
控え目であったが、ことごとく確かな感じがした。しかも目線が精妙なくらいに公平で、ひいきや偏見のような醜い主観からは最大限に逃れなければならないのだと、心掛けている胸の内、正義感までがヒシヒシ伝わってきた。

迷走する「普天間問題」における陰謀論の効用

【PJニュース 2010年5月2日】米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)問題が迷走している。鳩山由紀夫首相は4月30日に普天間問題の迷走を否定したが、迷走は事実である。移設先の方針が二転三転し、その度に移設先候補として取り沙汰された地域では強烈な反対運動が起きている。大勢の人が二転三転する方針に振り回されている状態であり、文字通り迷走している。
http://news.livedoor.com/article/detail/4749767/
http://www.pjnews.net/news/794/20100501_8
陰謀論では、この「迷走」が鳩山政権の合理的な戦略であると説明される。そこでは鳩山政権の本音は移設ではなく、普天間閉鎖にあるとする。もともと鳩山首相は「常時駐留なき安保」を掲げていた。小沢一郎・民主党幹事長(当時:民主党党首)も2009年2月に「米国のプレゼンスは第7艦隊の存在で十分」と発言した。

しかし、陰謀論の立場では政治家は面と向かって米国にノーと言えない状況にあるとする。実際、小沢氏は「第7艦隊」発言の直後に、西松建設の献金問題で公設秘書が逮捕され、党首辞任を余儀なくされた。米国の支配勢力は、日本の政治家が米国の支配から脱する動きをすると、検察やマスメディアを使って潰しにかかる。陰謀論ではロッキード事件も対米従属から離れて独自の資源外交を模索した田中角栄潰しの謀略になる。

この状況を鳩山政権は十分に理解しているために慎重に行動している。正面から米国に普天間基地無条件閉鎖を突きつけることはしない。反対に岡田克也外相や北沢俊美防衛相が米国寄りの言動で、米国のために汗を流しているとのアリバイ作りに励んでいる。

本音の普天間閉鎖は、沖縄をはじめとする移設反対の住民運動の熱狂的な盛り上がりを口実にする。「政府としては移設を検討したのだが、反対運動が強くて断念した」という形である。このために普天間問題を意図的に迷走させ、反対運動を盛り上げる。

典型例は鹿児島県の徳之島である。徳之島は政府から正式説明がなされないまま、移設先候補とされてしまった。この経緯が島民の反対意思を強固にした。真剣に移設を考えているならば稚拙な手法であるが、島民を怒らせて移設反対で団結させることが目的ならば深謀遠慮となる。

この種の陰謀論は普天間基地無条件返還を訴える左派市民にも浸透している。左派市民は意外にも鳩山政権に好意的である(林田力「鳩山政権への姿勢に見る左派市民の成熟」PJニュース2010年5月1日)。そして陰謀論を持ち出して鳩山政権の立場を擁護することさえある。

左派の立場では「最低でも県外」の約束も果たさずに迷走する鳩山政権を激烈に批判しても良さそうである。また、陰謀論を鳩山政権の免罪符にする発想も問題がある。反対運動は文字通り命がけで基地建設を阻止している。身を切るような反対住民らの負担を軽減させ、楽にさせためにリーダーシップを発揮することが本来ならば政治家の役割である。反対運動の盛り上がりを密かに期待し、それを口実にすることは政治家として褒められた態度ではない。

このように陰謀論を無批判に受け入れることはできないが、それでも陰謀論には効用がある。鳩山政権と左派市民の本音が一致していることはあり得ない。それでも陰謀論を使うことで鳩山政権を左派の枠組みに引き寄せることができる。陰謀論を流布し、鳩山政権の選択肢を潰していき、陰謀論で説明することしかできないところまで追い込んでいく。それも左派の一つの戦略になる。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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2010年5月2日日曜日

東急不動産だまし売り裁判原告の公平さ

東急不動産だまし売り裁判原告と気安く話す機会が増えていけば、二人とも不動産だまし売り被害者であるために、どうしても不動産トラブルの話になる。この話題になると不思議なほどに噛み合った。むしろ自分は今まで不動産トラブルの何を知り、何を学んできたのか、にわかに恥ずかしくなってしまうくらい東急不動産だまし売り裁判原告は博識であった。その博識が音になって口から出る言葉一つ一つの信頼度を高めていた。
東急不動産だまし売り裁判原告は控え目であったが、その言葉は知識と経験に裏付けられていた。しかも目線は精妙なくらいに公平であった。ひいきや偏見のような醜い主観からは最大限に逃れなければならないのだと心掛けている胸の内、正義感までがヒシヒシ伝わってきた。
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デジタル映像産業誘致は二子玉川再開発の尻拭いか=東京・世田谷
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http://www.pjnews.net/news/794/20100429_8

訴訟上の和解をめぐる誤解

記者(林田)の市民記者としての出発点は自己の経験した新築マンションだまし売り事件を記事として書くことであった(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、106頁)。
http://www.janjanblog.com/archives/960
これに対して、過去の話を蒸し返すことへの批判的な反応がなされることがあった。そこには歴史性に欠ける日本人の浅ましさがある。これは様々の分野の書籍で指摘されている通りである。

「自国・自国民が他国・多民族が受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」(佐藤優『国家の罠』新潮社、2005年、119頁)。

「日本人は加害者でありながら被害者に向かって「すんだことをいつまでもガタガタいうな」と言ってのけることができる民族なのだ」(田中芳樹『創竜伝4四兄弟脱出行』講談社、1994年、138頁)。

「「過去にこだわるよりもこれからどうするかが大切だ」というような考え方はいかにも前向きに聞こえるが、過去を引きずらない現在はない。歴史を無視したのでは、現状に至る本質の認知が半端だから、将来への正しい路線・目標を設定できなくなる。外国からいちゃもんがつくとか何とかの問題ではない。国民性、資質の問題である」(奥井禮喜『労働組合とは何か』ライフビジョン、2005年、33頁)。

新築マンションだまし売り事件への言及に対する批判的な反応には過去を水に流してしまう日本人の一般的な欠点に加え、訴訟上の和解に対する無理解がある。そこで本記事では、この点について検討する。

記者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずにマンションを購入した。引渡し後に真相を知った記者は消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、売買代金返還を求めて東京地裁に提訴した。東京地裁判決では記者が勝訴し、東京高裁において判決に基づいた内容で訴訟上の和解が成立した(林田力「マンション販売トラブルで「お詫び」 東急リバブル・東急不動産」JANJAN 2007年10月4日)。
http://www.news.janjan.jp/living/0710/0710023335/1.php

訴訟上の和解は民事訴訟法に規定された訴訟を終了させる形式の一つである。和解という言葉が使われているが、「仲直り」を意味する日常語的な和解とは別物である。法的紛争の元となった権利関係及び訴訟の終了について合意したに過ぎず、感情的また社会的に仲直りをしたことを意味しない。従って訴訟上の和解後に新築マンションだまし売り事件について記事を書くことに何ら制約は存在しない(決して好ましいことではないが、和解条項で制限されれば別である)。

実際のところ、記者にとって訴訟上の和解は自己の権利主張を推し進めるためのものであった。単純な金銭の支払いを求める裁判ならば確定判決後に強制執行すれば済む。ところが新築マンションだまし売り事件は売買契約の取消しに基づく売買代金の返還である。

単純化すれば「問題物件を返品するから売買代金を返せ」という主張である。売買代金を取り戻すためにはマンションを返品しなければならない。ところが、マンションは通信販売で購入した商品のように相手方に送りつけるわけにはいかない厄介なものである。

そこで訴訟上の和解によって、売買代金の返還、登記の移転、物件の明渡しなどを規定した。ここでは消費者契約法に基づき売買契約が取り消され、売買代金が返還されることを前提に手順や内容を詰めた。つまり一審判決の内容を実現するために具体化したものが和解調書であった。

このように訴訟上の和解は記者の権利を具体的に実現するためのものであって、東急不動産に遠慮したものでも妥協したものでもなかった。この点は東急不動産も認識していた筈であり、だからこそ和解条項を履行する段になって紛争を再燃させ、巻き返しを図ったものと思われる。

即ち、東急不動産は和解調書と異なる形での所有権移転登記を主張し(登記原因を「訴訟上の和解」ではなく、「和解」とするなど)、拒否されると金銭の支払いを拒否した。このような紛争が起きたこと自体が、訴訟上の和解が両者の一切の対立を解消するものではないことを雄弁に示している。

裁判の当事者にも「訴訟上の和解」を相手方への妥協や屈服と捉え、嫌がる人もいる。しかし、このような発想は日常語の和解との混同による誤解である。裁判で重要なものは自己の主張(請求)である。判決か訴訟上の和解かという形式ではなく、請求が認められたか否かが問題である。

訴訟上の和解は裁判を終了させる手続きの一つで、実務上多用されている。判決よりも訴訟の和解で終結する裁判の方が多いのが実態である。従って訴訟上の和解に対する正しい認識を持つことは、新築マンションだまし売り事件以外の他の事件を理解する上でも意義がある。

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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『東急不動産だまし売り裁判』の完成図

『東急不動産だまし売り裁判』の完成図
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社)はパズルを組み合わせる読後感である。構成は周到に吟味されている。東急リバブル東急不動産の新築マンションだまし売りという完成図は最初から確定していた。そのために、ありとあらゆる断片が本来あるべき場所に存在し、ピタリ、ピタリとはまるべき場所に見事にはまっていく。読者は隠蔽されたマンションだまし売りから、遮蔽物を綺麗に取り去り、掃除してサッパリした感覚になる。
『東急不動産だまし売り裁判』には作品の力がある。好意的な書評が寄せられ、通の読書家には絶賛された作品である。自らを前へ前へと押し出し、運命を切り開いていく逞しさが存在した。
http://yaplog.jp/tokyufubai/archive/1227
http://blogs.yahoo.co.jp/shouhishahogo/61156581.html
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
http://astore.amazon.co.jp/hayariki-22/detail/4904350138
ダメマンション、失敗しないマンション選び
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林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(下)」PJニュース2010年4月29日
http://news.livedoor.com/article/detail/4745569/
http://www.pjnews.net/news/794/20100426_20

2010年5月1日土曜日

Maskiot settlement

Deputy Prime Minister and Minister of Defence Ehud Barak
Brigadier General Avihai Mandelblit
Major-General Avi Mizrahi (West Bank GOC Central Command)
Prime Minister Benjamin Netanyahu
Ambassador Nissim Ben-Shitrit

I am so concerned about the ongoing illegal actions of the Maskiot settlers, and demand that the Bedouin community should be allowed to stay free from violence and intimidation.

Hayashida Riki; Author of "The Suit TOKYU Land Corp's Fraud"
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東急不動産だまし売り裁判原告陳述書

書き終えた時、陳述書は48ページになっていた。東急リバブル東急不動産のマンションだまし売りという世界で一番悪辣な商売の実態を細密な筆致で描きあげていた。陳述書の出来栄えに原告は心から満足した。
原告は陳述書を読み返したが、恥ずかしくて仕方がないという文章ではなかった。それどころか、本当に自分が書いたのかと不思議に思うほど、とてもよく書けていた。二度目の読み返しで裁判所に提出する価値のある陳述書であると確信した。
原告陳述書を読む東急不動産担当者が肩をいからせ、眉を吊り上げる姿が目に見えるようである。それどころか、担当者以外の東急不動産従業員が薄笑いを堪えている様子も見えてくる。消費者からの苦情を放置するだけの偽りの担当者・大島聡仁も含めた担当者の言動が彼ら自身を追い詰めている事実は何人も否定できないからである。
http://news.livedoor.com/article/detail/4740842/
http://www.pjnews.net/news/794/20100423_2
林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(上)」PJニュース2010年4月28日
http://news.livedoor.com/article/detail/4743057/
http://www.pjnews.net/news/794/20100426_19

鳩山政権への姿勢に見る左派市民の成熟

【PJニュース 2010年5月1日】社民党の福島瑞穂党首(消費者行政担当相)は2010年4月29日、沖縄県の米軍普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対の姿勢を改めて示した。その上で「鳩山由紀夫首相とともに、問題解決のためこの内閣の下で全力をあげて頑張るべき時だ。今は連立離脱云々という話をする段階では全くない」と都内で記者団に語った。

福島党首の発言は左派市民の一般的な感覚を反映したものであり、左派市民の成熟と位置付けることができる。人権や平和を重視する左派にとって鳩山政権は進歩と限界の両面がある。鳩山由起夫首相や小沢一郎幹事長ら民主党の多くは自民党出身者である。「政治とカネ」をめぐる鳩山氏や小沢氏の疑惑は、民主党が自民党的な体質と完全に決別できていないことを示している。
http://news.livedoor.com/article/detail/4748656/
http://www.pjnews.net/news/794/20100501_1
左派にとっては鳩山政権の失望が日に日に大きくなっている。それでも鳩山政権の全否定が左派の主流にはなっていないことは注目に値する。反対に左派は「政治とカネ」の問題に敏感であり、小沢一郎流の豪腕手法に反感を抱いているにもかかわらず、陸山会事件の捜査経過に気持ち悪さを感じている。

鳩山政権を全否定している勢力は右派の方である。インターネット上では鳩山政権を「売国」と決め付けたバッシングが横行している。鳩山政権の東アジアとの共存を進める姿勢を売国的と断定する右派こそが平和を希求する左派にとって危険な敵である。

鳩山政権に気に食わない点があるとしても、鳩山政権を潰すような言動をすれば結果的に右派の手助けをしてしまうことになる。残念なことに、この種の愚行を戦後日本の左派は繰り返してきた。初の社会党政権である片山哲内閣を総辞職させた直接的原因は社会党左派の造反であった。細川護煕首相に始まる非自民連立政権の終了、自民党の政権復帰にも社会党は積極的な役割を果たしていた。

片山内閣や非自民連立政権の批判者には批判するだけの正しい理由があったと主張するだろう。しかし、正しい理由に基づいた行動が往々にして保守政権の長期化に力を貸す結果となった。この歴史に比べれば、現在の左派の鳩山政権に対するスタンスは驚くほど好意的である。そこには右からの攻撃から鳩山政権を守らなければならないという使命感さえ存在する。

一方で左派市民は決して無条件に鳩山政権を擁護する訳ではない。普天間問題は政府が市民と米国のどちらを向いているのかを占う象徴的な問題となった。左派市民が鳩山政権に好意的であるのはいまだ県内移設が確定していないからに過ぎない。福島党首発言にあるように、鳩山政権を沖縄の民意に応えさせることにエネルギーを注いでいる。ここには左派市民の左翼小児病段階からの成熟がある。【了】

林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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